Ep.85 師と子
師の、子として
オルカとアージュナは、モーフェンに連行され、その日のうちに城へと戻って来た。
城では兵士、アーサー王の臣下達が、引っ切り無しに動き回っている。
「何だ、この騒ぎは……?」
「敵襲です。聖都到達まで1日程度ありますが」
アージュナの質問に素早く答えるモーフェン。
モーフェンの答えに、2人に緊張が走る。つい先日、獣国でも同じような事があったばかりなのだから、無理はない。
モーフェンは2人を先導し、城の隣にある軍部の会議室まで連れて行く。
「入ります」
ノックも無しに扉を勢いよく開け、モーフェンは中に入った。
会議室には、アーサー王を始め、青の八天騎士、ラシファ、バルアル、スカァフが大きなテーブルを囲んでいた。他にも、聖国の諜報部の軍人が数名参加している。
スカァフはモーフェンを睨みながら、
「招集をかけて一番に来るとは、よっぽど暇だったか?」
皮肉めいた口調で問う。
モーフェンは意に介さず、アーサー王の方を見る。
「状況はどうなっている?」
モーフェンの質問に、軍人が答える。
「現在人の大群は、聖都に向けて進行中。監視中の部隊からの報告の距離と移動速度からして、明日未明に到着すると思われます。先程の王の指示で、十二騎士達は迎撃準備に入ったところです」
「ちょっと待ってくれ。人の大群って何だ?」
アージュナは軍人の報告に違和感を覚えた。
通常、この様な報告の仕方はしない。遠目から監視しているなら、どこの人かは推測が付く。それなのに、曖昧な表現にしてあるのはおかしい。
「……人であって人に非ずじゃからだ」
スカァフが苦虫を嚙み潰したような表情で答える。
「それはどういう……?」
「【死霊魔術】でしょう。それも腐乱する前の死体を使った」
モーフェンが話に割って入って来る。
「腐る前の死体を使えばゾンビの様に傷んだ状態になることはない。ちょっと傷口を糸で縫えば、普通の人間と見た目は変わらない」
「そういうものなのか……」
隣で納得しているオルカを見て、とりあえず納得する。
「まあ知らなくても無理はありません。本来表に出ることを禁止している魔術ですから」
ラシファは珍しく真顔でフォローする。同時に、言葉の端から重いものを感じた。
「ちなみに、敵の総数はおよそ100万。とんでもない大群だ」
「100万!!?」
数にも驚くが、その人数をどうやって集めたのか、それが疑問になる。
「どうやって100万なんか……」
アージュナが考え込むよりも先に、オルカは何かを察したのか、顔が青くなる。
「…………テルイアの死者」
オルカの一言で、アージュナも気付いた。
最近多数の死者が出た事件と言えば、それしかない。
アージュナの顔も青くなり、唇を噛み締める。
「その結論には早い段階で行きついた。……確認は、数が多過ぎるから諦めた。した所でどうしようもないしな」
バルアルはテルイアの一件を思い出し、表情を曇らせていた。
ラシファ、スカァフも、沈痛な面持ちになっている。
あの日のことは、誰もが辛い感情を抱いているのだ。
暗い雰囲気が漂う会議室だが、
「感傷に浸っている暇はありません。今は目の前に迫る事態の解決を優先しなさい」
モーフェンが表情、言葉の抑揚一つ変えずに一喝する。
モーフェンの言っていることは正しい。今は迫る脅威に集中すべきだ。
「……これは失礼いたしました。会議を再開しましょう」
「100万の脅威に関してだが、我が十二騎士と軍で対策する」
空気を読んで黙っていたアーサー王が口を開く。
「諸君らは聖都で待機し、別の脅威に備えてもらう」
「別の脅威、ですか……?」
「はい。貴方達もよく知る怨敵です」
オルカの疑問に、青の八天騎士が答える。
鎧越しで表情は見えないが、憤りに近い感情が、言葉に乗っている。
「名はカラー。幾度となく現れ、災厄を巻き散らす害悪です」
◆◆◆
会議は後から来たファン達も交えて進められた。
漆黒の六枚翼はすぐに動けるよう、王族の客人専用宿泊施設で待機。
八天騎士達は教皇の命令により、一度教会へと戻り、モーフェンも城で待機することになり、万全の態勢を取る。
漆黒の六枚翼の面々には、それぞれにベランダ付きの豪華な個室が用意され、大いに優遇された。
オルカは一人、ベランダから外の風に当たっていた。
「はあ……」
溜息をつきながら、アージュナとホテルに入ったことを思い出す。
赤面しながら、両手で顔を隠した。
「うう……、思いっ切りが過ぎた……」
少しばかり後悔していたが、
「でも、嫌われなくて、よかった……」
成果もあったことに安堵した。
今日のデートも楽しかったし、最後まで行けなかったことだけを除けば、充実した一日だった。
その事を思い出すと、頬が緩んでにやけてしまう。
「そんなに楽しかったか?」
突然隣から声を掛けられる。
素早く向くと、ベランダの手摺の上に立つモーフェンがいた。
「ひ!?」
オルカは慌てて距離を取ろうとして、モーフェンとは反対側の手摺に背中をぶつけてしまう。
過去の恐怖で身体がすくんでしまう。
だが、
(ダメ……! 向き合うって、決めたんだ……!)
過去と、師匠と向き合うために、自身を奮い立たせる。
ゆっくりとモーフェンに近付き、
「お、お久しぶりです。師匠……」
恐る恐る声を掛ける。
モーフェンは手摺から降り、オルカと向き合う。
「今更の挨拶ですね。それは城で再会した時に言うべき言葉です」
「す、すみません……」
呆れるモーフェンに思わず謝るオルカ。
モーフェンはオルカに一歩近付く。
「さて、今は二人きり。邪魔者がいない今、伝えなければいけないことがあります」
無表情で淡々と話すモーフェンに、
「は、はい……!」
オルカは緊張を隠せない。
「オルカ」
「な、何でしょうか……?」
モーフェンは少し間を開けてから、ゆっくりと、
「すまなかった」
頭を下げて、謝罪した。
モーフェンからの突然謝罪に、オルカの思考が停止し、
「………………え?」
思わず声を漏らしてしまった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『モーフェンの記憶』
お楽しみに
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