Ep.84 恋人として 一線を
一線を踏み越える
店で食事を始めてから2時間後
「うえへえ」
オルカは酒を飲んでベロベロに酔っていた。
グラス5杯を飲み干し、顔を赤くしてフラフラになっている。
アージュナはその様子を心配そうに見ていた。
「だ、大丈夫か? オルカ?」
「ら、らいひょうふへふう……」
呂律が回っていない状態で答えるオルカ。
気分が悪い表情ではなく、笑っているので余裕はあるとは思うが、いつ崩れるかも分からないので、アージュナは警戒する。
心配するアージュナを余所に、オルカは、
「ふいまへん。お酒おかわり」
酒の追加注文をしようとする。
「ストップストップ!!? それ以上は危険だオルカ!!」
「らいひょうふへふよお。ほれふらいへーひへふ……」
「もう何を言ってるか分からないから!?」
これ以上は良くないと判断し、勘定を払って退店した。
外はすっかり陽が落ち、空は暗く、建物のあちこちに明かりが点いている。
この聖都では、魔導具で灯りを点けているため、どの街よりも明るい。そのため、不審者が少なく、治安が自然と良いと評価されている。
アージュナはオルカを支えながら、皆がいる宿泊先まで戻ろうと歩き始める。
(戻るにしても、距離があるんだよなあ……)
ここに来るまで徒歩1時間もかけているので、最低でも同等の時間がかかる。
加えて、酔ってふらついているオルカがいるため、更に時間がかかるのは明白。
(さて、どうしたものか)
一人で悩んでいるアージュナの顔を、オルカが覗き込む。
アージュナの顔を見て思い出したのは、昨日のパラメデスの言葉だった。
この歳のカップルがすることは、周囲の会話や、本の知識で大体知っていた。
しかし、いざ実戦となると、臆病になってしまう。
それが本当に正しいのか、合っているのか、思い切って行動して失敗してしまったら、考えに考えてしまい、行動に移すことができない。
それこそ取り返しのつかない事となれば、尚更だ。
だからといって、何もしなければ、前進することはない。
好きな人にもっと好かれたい。もっと親密に、深い関係になりたい。
その感情が、オルカの背中を押す。
一線を今、踏み越える。
オルカはアージュナの服を引っ張った。
「どうしたオルカ? 具合でも悪いのか?」
心配するアージュナの顔をチラリと見てから、オルカはゆっくりとある建物に指を差した。
そこは、
「あほこで、やふみましょう……」
大人向けの簡易宿泊施設だった。
◆◆◆
アージュナは今までにない緊張感に襲われていた。
アージュナがいるのは、大人向けの簡易宿泊施設、所謂『ラブホテル』だ。
窓の無い薄暗い室内に、大きなダブルベッド、壁の薄いシャワー室、そして芳香剤の独特な香りが漂っている。アージュナはベッドに腰掛けていた。
オルカに休憩という目的で引っ張られながら入ったが、こう言った所に入るのは初めてで、緊張している。
(女の子に頼まれてデートしたことはあったが、こ、ここまでは無かった……!)
内心焦るのも無理はない。
アージュナはこの様な経験が皆無だからだ。一度も女性を抱いた経験が無い。
(落ち着け……。まだそういう事をするとは決まった訳じゃない。本当にただ休憩するだけかもしれないんだ。こんなことで慌ててはいけない)
そう心の中で言い聞かせるアージュナだったが、オルカはシャワーを浴びていた。
そして、シャワーを浴び終えオルカが、タオル一枚で濡れた身体を隠しながら、シャワー室から出てくる。
「シャワー、いいですよ……」
アージュナはオルカに言われるまま、シャワー室でシャワーを浴びる。
冷水で頭と体を冷やし、落ち着きを取り戻す。
「さっぱりした……」
身体を綺麗にし、バスローブを着て、タオルで頭を拭きながらシャワー室から出る。
「あ、アージュナさん……」
そこで待っていたのは、ベッドで横になり、タオルケット一枚だけで生まれたままの姿を隠したオルカだった。
それを見たアージュナは、持っていたタオルを落としてしまった。
オルカは恥ずかしさで顔を赤くしながら、タオルケットを持ち上げ、生足を見せる。
「こ、こういうのは、嫌いですか……?」
小声で問いかけるオルカ。
そんなオルカの言葉は、アージュナの耳には入っていなかった。
アージュナはバスローブを脱ぎ、屈強な肉体を隈なくオルカに見せつける。そして、ゆっくりとベッドの上に這い上り、オルカをベッドに押し倒した後の様な態勢になる。
「…………どうしたいって質問、答えてなかったよな」
アージュナは静かに、オルカに語り掛ける。
「俺は、オルカと一つになりたい。身も心も、これからの人生も」
その言葉に、オルカは嬉しさで胸が一杯になる。
期待していた以上の返答は、興奮を超えて、全ての行動が止まってしまう。
「アージュナ、さん……」
「オルカ……」
アージュナはタオルケットを取り、抱き着こうと身体を寄せる。
刹那、オルカの表情が恐怖で硬直し、アージュナの背後から強烈な殺気を感じ取った。
アージュナは咄嗟に振り向く。
そこにいたのは、無言で二人を見下ろすモーフェンだった。
「うわアアアアアアアアアアアアアアアア!!!??」
突然現れた来客に、アージュナは叫ばずにいられなかった。
ベッドから転げ落ち、腰を抜かしてしまう。
その様子を見ていたモーフェンは、表情一つ変えることなく、
「緊急招集だ。急いで支度なさい」
要件を伝えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『師と子』
お楽しみに
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