Ep.82 恋人として Ⅳ
師匠としてか、はたまた
カフェを出たオルカとアージュナは、次の目的地、足湯広場へとやって来た。
足湯広場はその名の通り、幾つも足湯が設置された広場で、多くの人達が利用している。
円形の広場に温泉が水路のように張り巡らされ、水路の周りには座るための石のベンチが設置されている。
聖都の足湯には血行促進はもちろん、地下から湧き出た聖泉水には魔力が混ざっており、魔力回復の効果もある。
2人は魔力回路に問題があるので、早速試してみることにする。
「こういうの、初めてです……」
「俺もだ」
ベンチに座った後、靴を脱ぎ、ゆっくりと足を湯に入れた。
温かい湯が、足をじんわりと温め、優しく血管をほどいてくれる。後から包むように温かさが染みわたり、足から少しずつ登って来るのを感じた。
「温かいですね……」
「これは、気分がいいな……」
思わず表情が緩む二人。
のんびり足湯を堪能していると、
「えい! えい!」
視線の先で、小さい男の子が足湯で足をバシャバシャと振っていた。
「アレックス、足湯で足をばたつかせたら駄目よ」
「はーいお母さん」
それを母親が止め、男の子も素直に足を止めた。
「ねえ、今日の晩御飯なに?」
「今日は蒸し卵とシチューよ」
「やった! シチュー大好き!」
楽しそうな会話をしながら、親子は足湯を楽しんでいた。
「………………」
それを見ていたオルカは、どこか寂しい表情をしていた。
横から見ていたアージュナは、ソッとオルカの手を優しく握る。
「……何か、気掛かりがあるのか?」
その質問に、オルカは静かに頷く。
「……師匠の事を、思い出していました……」
「あの女か……」
アージュナはオルカに酷い傷を負わせた張本人に、良い感情は持っていない。
しかしオルカは、
「実は、以前とは雰囲気が違う気がしたんです……」
嫌悪している様子は無かった。
「前は、とにかく恐ろしい雰囲気しか無くて、どうしようもなく怖かったんです……。ですが、こないだ会った時、その雰囲気が無いように感じました……」
「でも、倒れただろ?」
「あれは、昔の記憶を思い出したからでして……、今はちょっと平気です……」
それを聞いたアージュナは、まだ心配していた。
「……もう大丈夫って確証は、無いんだろう?」
言葉で言っても、実際どうなるか分からない。ただの強がりもしれないし、本当だとしても、心配になる。
オルカはアージュナを見て、
「それを確かめるために、もう一度、会おうと思っています……」
確証を得るための手段を話した。
アージュナはその言葉に、驚きを隠せなかった。
「……本気か?」
オルカは静かに、もう一度頷いた。
「はい……。決めたことですので……」
オルカの目には、強い意志を感じられた。揺るがない、強い意思だ。
「どうしてそこまで……」
アージュナの疑問に、オルカは真っすぐと答える。
「漆黒の六枚翼に来てから今日まで、色々な事を見てきました……。アージュナさんの事、盗賊団の事、そして、テルイアの事。皆さん、様々な形はありましたけど、問題に立ち向かおうとする姿は、とても勇ましく見えました……。それが、私に勇気をくれたんです……」
オルカはその時その時の出来事を振り返る。
「黄金の暁で引きこもっていただけでは得られなかった勇気を、私は手に入れることができました……。その勇気が、辛い過去と向き合う力になってくれているんです……」
その言葉に、アージュナはオルカが強くなったことを感じた。
弱気ですぐにでも壊れてしまいそうだった彼女が、今は、一人で困難に立ち向かおうとする立派な人間に見えた。
「それに、今の私には、アージュナさんがいますから……」
オルカの眩しい笑顔が、アージュナの心を熱くする。
今すぐ目の前にいる女性が、とても誇らしかった。
「……そっか。それは、とても嬉しい」
優しく微笑み、オルカを見つめる。
互いに見つめあい、再び惹かれ合っていく。
思わず唇を付けそうになったその時、
「おかあさ~ん、アレって何してるの?」
さっきの男の子の声で、我に返る。
「シッ! こういう時は黙っておくものよ!」
「え~? 何で~?」
母親が男の子の対応に困っている声が聞こえ、周囲からもアラアラという声がしているのに気付く。
オルカとアージュナは、すぐに距離を離し、一旦冷静になる。
恥ずかしさのあまり、互いに顔を赤くし、思わず隠していた。
しばらく目も合わせられない、初々しい二人だった。
◆◆◆
聖都 教会本部
枢機卿ラファエルは、部下から届いた報告書を、眉間にシワを寄せて目を通していた。
(これは、一大事か)
心の中でそう呟き、急いで教皇の下へ向かう。
(この聖都に魔の手が迫っている。対策を急がねば……)
お読みいただきありがとうございました。
次回は『恋人として Ⅴ』
お楽しみに
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