Ep.69 聖なる国の教皇
新たな物語の始まり
テルイアを出発して6日
オルカ達『漆黒の六枚翼』は、標高の高い雪山を信者達の馬車で登っていた。
聖国は高い山脈に囲まれた国で、通年で雪が降り積もる。天候を読み違えれば吹雪で死に直面し、簡単には行けない場所だ。
そのため、他国から侵攻される危険性が極めて低く、ある意味安全な国でもある。
そんな雪国の山を、オルカ達は順調に進んでいる。
オルカは窓の外を見ながら、
(馬車が進める位穏やかですね……。前は酷くて来れなかったのに……)
以前依頼で聖国へ向かおうとして、吹雪に阻まれて行けなかったことを思い出す。その依頼はウェイガー達に引き継がれ、無事に達成された。
馬車は列となって、雪道を踏みしめながら、斜面を上がって行く。
馬車に漆黒の六枚翼のメンバーを一人一台ずつに分けて乗車させ、同乗者に同性の信者達が数人乗車させている形を取っている。
オルカの乗っている馬車には、女性の信者3人が向かいと隣、斜め前に座っており、囲まれる様な形になっている。
会話という会話は無く、重い空気が漂う。一応トイレ等の要望を言えば止まってくれるので、その点は問題無い。
(けど、重い……)
獣国の付き人達とはまた別の空気の重さを感じながら、窓の外を眺めるのだった。
◆◆◆
しばらく外を眺めていると、斜面の角度が緩くなり、平坦になってくる。山頂に差し掛かったのが分かった。
同時に、冷たかった窓が少しずつ温かくなってくる。
(そろそろですか……)
温かくなるに連れて、独特の臭いも漂って来る。
それは山頂を超え、下りていくほど強くなる。
下りている途中で雪は止み、視界が良くなっていく。窓から見える雪景色に草木が増え始め、冬の光景は春の光景へ変貌する。
何度か小さい山と谷を越えて行くと、完全に春の光景となった。
道の傍には緑が深い草、生い茂った木々、ゆっくりと舞う蝶の群れ。さっきまで雪山を登っていたとは思えない風景が広がる。
更に進むと、長い下りへと差し掛かる。その先に、目的地が見えて来た。
そこは山脈の盆地に造られた都市があった。
都市は複雑に道路が敷かれ、独特な街の構造をしている。オレンジ色の瓦屋根と白色の壁で造られた大きい住宅達、住宅の5倍以上背が高い神殿の数々、立派な佇まいの城、それら全てを圧倒するたった一つの教会。
都市の名は『聖都』
リュオンポネス聖国の首都である。
「聖都にあと数刻で到着します」
信者の一人がオルカに呟くように報告する。
突然声を出した信者に驚きつつも、
「は、はい。分かりました……」
冷静に対処するオルカだった。
馬車が都市の中に入ると、独特の臭いが一層濃くなる。
都市には大小様々な石造りの水路が張り巡らされ、都市全体に広がっている。
水路の液体からは湯気が立ち上り、雪が降る都市全体を暖め、雪を溶かしていた。
「いつも凄い臭いですね……」
「聖都の名物ですので」
信者はオルカの感想に即答する。
この液体こそが臭いの正体、『温泉』である。
温泉と言ってもただの温泉ではなく、魔力が大量に入った『聖泉水』と呼ばれている特殊な液体だ。
聖泉水には様々な効力があり、魔力回復、疲労回復、滋養強壮等々、健康になれる効能が多数ある。
薬の材料にも使われるのだが、聖都から離れると、効力が無くなってしまう。なので、持ち出しが出来ないのが難点だ。
そんな聖泉水が都市を巡っている光景を窓から見ながら、オルカ達を乗せた馬車は聖都の中心にある教会を目指す。
◆◆◆
1時間程聖都の中を進むと、教会へ到着する。
高さ120mもあり、至る所に設置された見事な彫刻と、神殿と見間違う程がっしりとした造りが見る者全てを圧倒する。
オルカとファン、ルー、アージュナは、首の可動域を限界まで使って、教会を見上げていた。
「デカいっすね」
「そうですね……」
「首が痛いですう」
「初めて見たが、これは凄いな……」
3人と一匹がしばらく眺めていると、
「そろそろ行くぞ」
バルアルが呼びかける。
バルアル、ラシファ、スカァフは先に教会の中に入ろうとしていた。信者達は先に入って、オルカ達を待っていた。
「い、今行きます……!!」
オルカ達は急いでバルアル達を追いかけ、教会の中へと入って行った。
教会の中は高い天井で構成され、どこまでも陽の光が入って明るい。
オルカ達は信者達に案内されながら、教会の奥へ奥へと進んで行く。
何度か厳重な扉を抜け、魔術による警備を通過し、異様に広い階段を昇り、ようやく最奥の部屋へと辿り着く。
最奥の部屋は、明らかに大き過ぎる扉が待ち構えており、神々しいデザインが施されていた。
何の部屋か聞かされていないオルカは、
「あのお、ここは一体……?」
バルアルに質問する。
「教皇の部屋だが?」
「へあ?!」
教皇と言えば、この国のトップ。60年その座に君臨し続け、今もなお現役で助言や政を行っている。
姿を見た者はごく僅かで、各国のトップですらその姿を知らない。
それほどまでに謎で、強大な人物が、この先の部屋にいる。
それは一般人であるオルカにはあまりにも大それた事なのだ。
「ね、念の為聞きますが、もしかしてこれから……」
「謁見だろうな。あの方にしては本当に珍しいが」
「ヒュ」
謁見という言葉を聞いて、緊張のあまりオルカの喉が絞まる。
「落ち着くんだオルカ! 深呼吸!」
アージュナがオルカを支え、何とか持ち直そうと必死に声を掛ける。
「そこまで緊張しなくてもいいんですよ。教皇猊下は優しい方ですから」
「そういう問題では無いと思うぞ」
ラシファが微笑んで助言するが、スカァフがツッコミを入れる。
一方で、ルーとセティは緊張し過ぎて直立したまま動けなくなっていた。
オルカ達が会話している間に、案内していた信者達はいなくなり、最奥の部屋の扉が開き、白い鎧と祭服を合わせた服装をした人物が3人現れる。顔はフルフェイスの鎧で隠され、素顔は見えない。
「こんにちは皆様。私は枢機卿の『ミカエル』と申します」
「同じく枢機卿『ガブリエル』」
「同じく枢機卿『ラファエル』」
「以後、お見知りおきを」
ミカエルからはダンディな中年男性の声、ガブリエルからは清廉な大人の女性の声、ラファエルからは貫禄ある老男の声が聞こえた。
オルカ達は姿勢を正し、頭を下げる。
『枢機卿』は、教皇の次に偉い存在だ。この国のナンバー2の立場の者達でもある。
ミカエルはオルカの前に立ち、
「教皇猊下はオルカ殿をお待ちだ。後の者はガブリエル、ラファエルと共に門前で待機を」
ガブリエル、ラファエルは無言で頷く。
「付いてきなさい」
「え? は、はい」
オルカは何故か自分だけ呼ばれたことに、驚きを隠せない。一瞬動揺したが、取り乱す訳にもいかないので、平静を装って返事をする。
ミカエルはオルカを部屋の中へ案内し、オルカは恐る恐るミカエルの後へ付いていった。
2人が部屋へ入って行くと、扉がゆっくりと閉まり、大きな音を立てて完全に閉まる。
それを確認したラファエルは、
「皆の者、楽にしてよいぞ」
ラシファ達の緊張を解く。
ラシファ、バルアル、スカァフはすぐに緊張を解いたが、残るアージュナ達は、恐る恐る解いた。
ラファエルはラシファの前に近寄る。
「……久しいな、ラシファよ」
「お久しぶりです。ラファエル様」
ラシファは再び頭を下げて挨拶をする。
ラファエルは笑いながら、
「そんな畏まらなくてもよい。お主と私の仲だろう」
ラシファの肩に手を置いて話しかける。
「そういう訳にはいきませんので」
「堅苦しいのう」
ガブリエルは一度咳払いをする。
「ラファエル殿、今は公務中です。控えて下さい」
「ガブリエルも手厳しいのお……」
ラファエルは渋々持ち場に戻る。
ラシファは微笑んだまま、扉を見た。
(何故オルカさんだけを招き入れたのか、気になる所ですが、こればかりは時を待つしかありませんね……)
教皇が何を考えているのかを考えながら、オルカの帰りを待つのだった。
◆◆◆
最奥の部屋の中は、白く長い廊下になっていた。
十数分長い廊下を進むと、突き当りに天幕が見えた。薄いレースで何重にも覆われており、中は薄っすらと、影しか見えない。
ミカエルは天幕の前で片膝を付く。
「教皇猊下。オルカ殿をお連れしました」
「ご苦労。下がってよい」
「は」
教皇の指示に従い、ミカエルは踵を返した。
残されたオルカは、天幕の前で立ち尽くしていた。
「其方がオルカだな」
突然話しかけられたオルカは、
「は、はい!!」
思わず大きな声を上げる。
「緊張しなくてもよい。今は非公式での対面だ。楽にせよ」
「はひい……」
緊張のあまり、ろれつが回らなくなる。
それを見た教皇は、クスクスと笑う。
「其方は真面目だな、あやつが言っていた通りだ」
「?……。それは一体……?」
「さて、この天幕は会話には些か邪魔であろう。今退けよう」
言葉の真意を聞く暇も無く、天幕が開けられていく。
何重にも重ねられたレースの天幕が引き上げられ、光が周囲を明るくする。
オルカは差し込む光の眩しさに思わず腕で目を隠してしまう。
全ての天幕が開いた時、ようやくその姿が見える。
そこには、
「え……?」
光で乱反射する銀色の長い髪、全てを見透かす様な紫と青の瞳、雪よりも白い肌。
そして、どんな祭服よりも神々しく、威厳があり、白と金、銀色の色合いでデザインされた祭服を着た少女がいた。
「初めましてオルカ・ケルケ。余がリュオンポネス聖国教皇、『ヨアンナ』である」
教皇ヨアンナと名乗る少女は、自身の身体よりも大きい椅子に座りながら、不敵な笑みを浮かべてオルカに挨拶する。
オルカは教皇が少女だという事に驚愕し、言葉が出ない。
しかし、それ以上に、
(何、この、魔力量……!!?)
可視化できているのでは無いかと錯覚する程の魔力が少女から放たれており、今にも押しつぶされそうだった。
重圧、畏怖、圧潰、墜落、焦熱、沈溺、あらゆる苦痛を練り固めた物がオルカを襲い続ける。
これほどまでの魔力量は、オルカが生きてきた中で初めてだ。
ラシファ達S級、魔術協会の賢者達を軽く凌駕する魔力量。人が保有していい量を明らかに超えた魔力を有する少女は、果たして本当に人なのか疑問にすら思えてくる。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」
オルカは魔力に呑まれて、過呼吸になり始める。
それに気付いたヨアンナは、
「やはり呑まれるか。……致し方あるまい」
パチン、と指を鳴らす。
鳴らした瞬間、さっきまで放っていた魔力が忽然と消えてしまった。
「魔力を抑えた。これで多少は良くなったであろう?」
魔力が無くなったことで、オルカは何とか呼吸を整えられるようになる。
大きく深呼吸し、呼吸を整える。状態を戻し、オルカは素早く片膝を付き、首を垂れる。
「あ、ありがとうございます。教皇猊下……」
「大丈夫そうだな。だがこれで余が教皇である確証にはなったであろう?」
クスクスと不敵な笑みを浮かべるヨアンナは、どこか不気味さを感じられる。
「は、はい。よく分かりました……」
オルカは理由に納得する。
少女がいきなり教皇だと名乗っても、誰も信じないだろう。だからこうして力を誇示することで証明しているのだ。
少々力業過ぎるが、手っ取り早い方法ではある。
ヨアンナは椅子に座ったままオルカを見つめる。
「其方のみを呼び出したのは他でもない。伝えるべき事があるからだ」
「伝えるべき事、ですか……?」
「そうだ。余の能力は知っておるな?」
「未来予知と、聞いております……」
「正確には【星読み】。この星の力を以って星で起きる出来事全てを見る能力だ。その【星読み】で余に関わる予知が出た。それも生死に関わるな」
オルカはとんでもない事を聞いたと思ったが、今はヨアンナが話しているので、黙る。
ヨアンナは話を続ける。
「予知の内容は、話過ぎると影響が出てしまうが故、多くは語れぬが、其方が大いに関わって来る事だけは確かだ」
「私がですか……?」
「そうだ。それを回避せねば余が死ぬ」
「その内容が、伝えるべき事……」
「察しが良いな。その内容だが」
「オルカ・ケルケ。このままだと其方、死ぬぞ」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『騎士と魔女』
お楽しみに。
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