Ep.68 もう一度、旅立ちを
故郷よ、また
事件の全貌を推測した翌日
テルイアに支援部隊が到着した。
聖国の支援部隊で、馬車が隊列を組んで街の外まで来ており、大量の物資が運び込まれた。
破壊された街の門は、先日ケーナが瓦礫を吹き飛ばして解放した。街の中はまだ瓦礫が散乱しているため、馬車は入れないので、後は人の手で運び込むしかない。
聖国の使者は全員全身を隠した神父の格好をしており、背丈が違う以外違いが無い。
そんな不気味な集団は、テキパキと避難所に物資を置いていく。
「これで全部だ。中にはそちらから要望のあった物が全て入っている。確認を」
代表と思われる聖国の使者が、出迎えに来たジークに物資の内容の一覧が書いてある書類を渡す。
「ありがとうございます。こんなにも早く来ていただけて、本当に助かりました」
「当然の事をしたまでです。我々は一日も早い復興を願っています。そのための援助は惜しみません。と、教皇様から承っております」
「それは心強い」
ジークは笑みを浮かべながら話しを進める。
「話は変わりますが、皆様をお迎えする宿泊施設が現在ない状況でして、大変申し訳ありませんが、郊外でお過ごしいただくことになります」
「お構いなく。我々はすぐにでも帰還しますので」
予想外の返答に、ジークは驚きを隠せなかった。
「それは、随分と急ですね」
「はい。お心遣いに感謝致しますが、これも教皇様の命ですので。それでは、失礼いたします」
深々と礼をして、代表はその場を後にした。
ジークは去っていく信者達の背中を見届ける。
(聖国教皇か……、一度も民衆の前に姿を見せず、聖国の幹部でもその姿を知る者は僅かの謎に満ちた人物。……一体何を考えているんだ?)
不信感を抱きながら、ジーク達もその場を後にした。
・・・・・・
オルカ達は今日も街の支援活動にあたっていた。
オルカ、スカァフは兵士達と共に炊き出しを行っていた。
街が壊滅的な状況の今、どの店も営業できず、食料の確保はできない。緊急用の備蓄が王城の地下にあったので、こうして避難所に炊き出しとして出している。
街の人は全員疲弊しており、元気が無い。先の見えない事態に、誰もが不安な日々を過ごしているのだ。
オルカはかける言葉が見つからず、列で並ぶ街の人達に手際よく炊き出しのパンとスープを出すしかなかった。
次々と渡していく中、
「……オルカちゃん?」
「え……?」
声を掛けられ、顔を上げる。そこにいたのは
「サトナーさん……!?」
この街から送り出してくれた、サトナーだ。
・・・・・・
炊き出しが終わった後、オルカはサトナーと会っていた。
「まさか再会できるなんて。再会できて嬉しいわ」
「私もです……。生きててくれて本当に良かった……」
オルカはサトナーの事を心配していたが、この状況では生存は絶望的だと諦めていた。
だが生きていた。こうして会えたことが奇跡だし、嬉しかった。
「オルカちゃんはしばらくこっちで活動するの?」
「いえ、各国の支援部隊が来ますので、いずれか到着次第撤退することになっています……。今日、聖国の支援部隊が到着しましたので、明日には……」
「そう、もうお別れなのね。寂しいわ……」
悲しい表情をするサトナーに、オルカは思い切って質問する。
「サトナーさんは、これからどうするんですか……?」
この数日で、街から出ていく人が増えてきた。
住居も仕事も無くした人達の中には、出稼ぎに来ていた人達も多く、実家に帰ったりしている。親戚を頼るために離れていった人、新天地を求めて旅立つ人等、様々な理由でこの街から出て行った。
サトナーは連邦に知り合いがいる。その人を頼るのも手の内の一つだ。
しかし、
「私は残るわ。だってこの街が好きだもの」
残るという選択を取った。
王城の城下町である以上、復興はするだろうが、何年かかるか分からない。ましてや、多く貴族の失脚、人が離れて行ってる状況により、資金不足、慢性的な人手不足で更に長引く可能性もある。
そんな暗く、絶望的な状況でも、サトナーは残ると断言したのだ。
オルカはサトナーの決意に、揺らぎない意志を感じた。
「……私も、この街が好きです。だから、出来る限りの支援をしたいと思います」
「そう言ってくれると、頑張りがいがあるわ!」
2人は、互いに顔を見合わせ、笑顔でテルイアの未来を支えようと誓うのだった。
・・・・・・
オルカが避難所がある広場に戻ると、ラシファ達が集まっていた。
「どうしたんですか……? 皆さん集まって……」
「オルカさん、丁度いいところに」
ラシファはいつもの微笑みでオルカの方を向く。
「早急で申し訳ないのですが、我々『漆黒の六枚翌』は聖国に向かいます。やる事ができましたので」
「それは一体……?」
「まだハッキリと言えませんが、重要な任務です。準備が整い次第出発します」
それだけ言い残し、ラシファはその場を後にした。
ラシファの背中を見送るオルカに、バルアルが近寄る。
「そういう訳だ。荷物は殆どないだろうから、少し待ってるだけでいいかもな」
バルアルもそう言ってどこかへ向かう。
残ったオルカ、アージュナ、ファン、セティ、ルー、スカァフは顔を見合わせながら
「とりあえず、テントに置いてある私物を回収してきます……」
「それがいい。俺は物が無いから待機してる」
「俺もそうするっす」
「私も待機してます」
「私も!!」
「ワシは少し野暮用がある。後で会おう」
スカァフだけ跳躍してどこかへ行き、オルカも私物、薬品を取りに戻る。
・・・・・・
ラシファは王城のすぐ傍、破壊された貴族の屋敷に足を運んでいた。
ここの所有者である貴族は、使用人共々皆殺しにされ、所有者不在の状態となっていた。
中は破壊され尽くし、屋根、床、壁には無数の穴が開いており、自然光がどこからでも入ってくる廃墟状態だ。
広いラウンジも酷く傷だらけになり、至る所が破損している。改装しない限りはとても住めそうにない。
そのラウンジの中央に、ラシファを待つ先客がいた。
「こうして面と向かってお話しするのは久し振りですね。『依頼人』」
「ああ、改めて自己紹介した方がいいかな?」
姿を現した先客の正体は、ジークだ。
ラシファの言う『依頼人』とは、ジークだったのだ。
「と言っても、貴方も私の事はご存じか」
「ええ、嫌でも知ってます」
ラシファは微笑みながら返答する。
「さて、依頼の件ですが」
「そうだな。貴方に依頼したのは『貴族と不正な取引を行っているギルドの炙り出しへの協力』だった。結果、上手くいって多くの貴族の悪事を暴くことができた。感謝する」
今回の懲罰会議は、悪事にまみれた貴族の不正を暴くため、糸口となるアイシーンを利用して一気に捜査に乗り込み、一網打尽にするための囮だった。
ラシファはその話を懲罰会議招集のタイミングで聞かされ、依頼として受けることを承諾したのだ。
「依頼ですので。……それより、予想外の事が起きて大分混乱しましたが、首尾はどうなりましたか?」
「アイシーンは逃亡を図ったところを私の送ったスパイによって確保、現在は王国の大監獄に勾留しています。関係していた貴族達も拘束していますが、テルイアにいた貴族は全員死去しました」
「そうですか。結果だけ見れば上々ですが……」
「素直に喜べません。全ての元凶であるカラー。そそのかされたシグーも悪いですが、それを利用した彼女はそれ以上の悪です」
ジークの表情に怒りが見える。
実の弟をそそのかし悪事に手を染めさせ、多くの貴族と民を巻き込み、何の罪のない民衆を殺戮し、実の父親を殺害した。その元凶を許せる筈がない。
ジークは歯を食いしばった後
「……ラシファさん、私は国を挙げてカラーを討伐するつもりです。もし何かカラーに関する情報があれば教えてほしい。相応の報酬は出そう」
「ええ、喜んで」
ラシファは短く答え
「逆に、こちらでカラーに関する事柄が起きれば、手を貸して頂けますか?」
「それはもちろん。喜んで手を貸しましょう」
互いに意思を確認し、密約という形ではあるが、カラーに対する約束が交わされた。
・・・・・・
バルアルは一人、崩れていない建物の上いるケーナに会っていた。
「何?」
「大した話じゃない。俺達は今日この街を出ることを伝えに来たのさ」
ケーナはバルアルの方を振り向く。
「急」
「そうだな。まあ仕方ない事が起きたんだと割り切ってくれ」
「そう、分かった」
「お前はどうするんだ?」
バルアルの質問に、ケーナは考え込んだ後、
「……しばらく、ここに、いる。魔物、危ない」
「そうか。……あまり無理はするなよ」
バルアルがその場から去ろうと背を向けた。
「最後に、一言」
「何だ?」
ケーナは振り返らずに喋る。
「オルカ、周辺、気を付けて」
「オルカ君の……? それはどういう意味だ?」
「勘、だから、よく、分からない」
ケーナの勘はラシファの【天啓】と似た節がある。根拠は無いが、あながち無視できるものでもない。
「……分かった。気を付けておく」
バルアルはその場を後にし、ケーナだけが残った。
(何、だろ……。嫌な、予感……)
ケーナは風に吹かれながら、空を仰ぎ見るのだった。
・・・・・・
ラシファ、バルアル、スカァフが戻って来たので、テルイアの出入り口へ向かう。
「スカァフ姉さんは何をしに行ってたんすか?」
「ちょいと忘れ物取りに」
「そっすか」
しばらく歩いていると、
「あ! お兄さん!」
途中、少女に声を掛けられた。少女はアージュナに近付いてくる。一同は足を止めた。
「助けてくれてありがとう! これあげる!」
少女はアージュナに花を渡す。黄色の小さい花だ。
アージュナはしゃがんで、少女と視線を合わせる。
「ありがとう、お嬢さん。大切にするよ」
少女から花を受け取り、胸ポケットに入れる。
オルカ達は再び歩き出し、街の外へ向かう。その後ろ姿を、少女は手を振って見送った。その傍らには、少女の父親が頭を下げて礼をしていた。
街の出入り口、門があった場所へ着くと、ゼニウスが待っていた。
「オルカ」
「ゼニウスさん……」
オルカは一度ラシファ達の方を見る。ラシファは微笑んで頷いた。それを見ていたゼニウスは、ラシファ達に一礼する。
「オルカ、街を出るそうだな。さっき避難所で小耳に挟んだぞ」
「はい……。これから聖国に行きます……」
「そうか。……お前には辛い思いをさせてしまったな。追放の件、私から謝らせてくれ。本当に申し訳なかった」
ゼニウスは深々と謝罪する。
「あ、頭を上げて下さい! ゼニウスさんは何も悪くないですから……」
「いや、口車に乗せられての早期退職、愚息の監視不足、ギルドでの不当な解雇、全て私の落ち度だ。だからこれは私の罪だ。謝罪するのは当然だ」
顔は見えないが、声からして相当反省している。とても苦しそうだ。
オルカは頭を下げるゼニウスの肩に手を置いた。
「ゼニウスさん、私は大丈夫です。頭を上げて、見てください」
ゼニウスはゆっくりと顔を上げて、オルカを見る。
「確かに、追放されてしまいましたが、悪い事ばかりじゃありませんでした。こうして、新しいい場所ができて、新しい仲間と会えました……。だからどうか、一人で背負い込まないで下さい……!」
オルカの後ろには、ラシファ、バルアル、スカァフ、アージュナ、ファン、セティ、ルーがいた。
ゼニウスはラシファ達が、オルカの背中を支えているように見えた。
「オルカ……」
20年前、12歳で黄金の暁に入ったオルカを思い出す。
心身共にボロボロで、食事も会話もできなかったオルカを皆で支え、ケアを行った。
最初の2年は大変だったが、徐々に食事、会話ができるようになり、3年目には、内向的ではあったが、人として生活できるまでに回復した。
それからは勉強したり、料理を作ったり、メイドリッドの世話をしたり、魔術師として己を磨いたりと、様々な事に取り組み、成長した。
その間に、黄金の暁のメンバー達とも仲良くなり、家族のようになっていた。
自分が引退する時は、涙を流しながら見送ってくれた。
そんなオルカが、今こうして、新しい道を進んでいることに、安堵と喜びを感じていた。
ゼニウスは零れそうな涙を拭い、
「そうか、オルカはそう言ってくるのか。……ありがとう」
真っすぐオルカを見る。
「しかし、解雇された全員がオルカのように良い結果になったとは限らない。これから解雇された皆の所へ行って謝罪し、助けたいと思っている。息子の尻拭いは、親としてしなくてはな」
オルカはゼニウスとの付き合いは長い。なので、こう決めた時のゼニウスは、何を言われても必ず成し遂げようとする。
「……分かりました。お体には気をつけてください」
「ああ。オルカもな」
互いに握手を交わし、健闘を祈った。
そして、オルカはラシファ達と共に、テルイアの外へ出る。
「オルカ! また会おう!!」
ゼニウス大きく手を振ってオルカを見送る。
「はい! また会いましょう!」
オルカも大きな声を出し、手を振って答えた。
こうしてオルカは、再び故郷から旅立つのだった。
・・・・・・
街からしばらく歩いて、森に入る所でラシファの足が止まった。
「どうしたんすか、ギルドマスター?」
「……お迎えです」
森の中から、聖国の信者達が姿を現した。
「お待ちしておりました。ラシファ様、バルアル様」
「ええ、分かっていました。教皇がもう読んでいたのでしょう」
話が見えないオルカは、バルアルに質問する。
「えっと、どういう事ですか……?」
「聖国の教皇。あの方はラシファの【天啓】の上位互換、【星読み】が使えるのさ。簡単に言えば、未来予知ができるのさ」
バルアルの表情は、どこか緊迫感があり、強張っていた。まるで強敵と対峙したかのように。
信者達の奥に、馬車が待機しているのが見えた。
「どうぞお乗りください。お連れ致します」
『漆黒の六枚翼』一行は、信者たちの馬車に乗せられ、リュオンポネス聖国へと出発した。
・・・・・・
リュオンポネス聖国 山中の一軒家
山の中にポツンとある一軒家、そこには一人の女性が暮らしていた。
家の中は本と実験用の道具で埋め尽くされ、天井には干した薬草と干物にした生き物が吊るされており、人が生活しているかどうかすら怪しい内装だ。
そんな家の中で、リクライニングチェアで紅茶を飲む女性がいた。
その傍には、鎧を着た二人の男性、ウェイガーとメイドリッドがいた。鎧は豪華な金細工が施された、高位の貴族が身に着ける様な仕様になっている。
ウェイガーは紅茶を飲む女性と一定の距離を保ったまま話しかける。
「モーフェン様、そろそろお時間です」
『モーフェン』と呼ばれた女性は、サイドテーブルにカップを置き、窓の外を眺める。
「そうか。来るのか」
ゆっくりと立ち上がり、青白く煌めく、自身の背丈程ある長髪を翻す。
「私の弟子、オルカが、この国に」
お読みいただきありがとうございました。
次回から新展開に入ります。
少々大人っぽい話が増えますので、ご了承ください。
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