Ep.67 因縁とその先
巡り巡る、因果の果て
ケーナが魔物を全滅させた頃
アイシーンは1人、街からの脱出に成功していた。
暴動や反乱が起きた際、貴族、王族が街から脱出するための秘密の抜け道がある。アイシーンは貴族からその話を聞いており、混乱に乗じて街から脱出したのだ。
燃えている街を背中に、アイシーンは歩みを進める。
(父上の眼を盗んで何とか脱出できたが、あの様子だと『黄金の暁』は全滅か)
舌打ちをして、これからの事を考える。
(連邦にスポンサーがまだいる。彼らの力を借りて西へ逃げるとしよう。そうすればまだやり直せる……!)
アイシーンはまだ企みを止めていなかった。
次こそは権力を手に入れ、真の強者になろうとしていた。
「アイシーン」
アイシーンの前に、大男が現れた。
S級冒険者、ホルケラス・ハーバーだ。
「ホルケラス!? 今頃戻って来たのか!?」
「残念な事にな。急いで戻って来たが、……手遅れの様だな」
ホルケラスの視線は街に向けられ、無惨な姿に表情を曇らせる。
「それよりもホルケラス。一緒に連邦へ行こう! そして西の国でやり直すんだ!」
「………………」
ホルケラスはアイシーンの言葉を黙って聞く。
「今回は色々とボロが出たが、次は失敗しない。完璧な計画で成り上がってみせる! そのためにもホルケラスの力が必要だ。お前がいればどんな強敵にだって負けはしない!」
アイシーンは熱く語る。
「俺の頭脳とお前の力があれば、瞬く間に頂点に君臨できる!! 真の強者は頂点こそが正しい!! それをお前に見せてやる、ホルケラス!!」
仕草と呼吸、目の動きで嘘をついている様子が無いのは分かる。アイシーンは本気なのだ。
ホルケラスは小さく溜息をつく。
「その為なら不正も人身売買もするのか?」
「当然だ。弱者は強者に喰われるだけさ。むしろ強者のために犠牲になれたのだから、感謝してもらいたいくらいだ」
アイシーンは真顔で答える。
これがアイシーンの本心であり、真意なのだ。
ホルケラスはゆっくりと顔を上げる。
「……お前の考え、本心はよく分かった」
「だから、容赦はしない」
アイシーンが何か言葉を発する前に、ホルケラスの平手がアイシーンの頬に直撃した。
アイシーンは叩かれた衝撃で吹き飛び、あまりの威力に森の木々をへし折りながら飛んで行く。
数十m行った所で地面を転がって停止する。全身ボロボロになり、顔面も無惨な状態になっていた。
ホルケラスは吹っ飛んで行ったアイシーンに近付き、見下ろした。
「騙して悪いが、俺はある方から依頼を受けてお前の傍にいた。その依頼の中には、『罪が確定した段階で逃亡した場合、捕獲せよ』という文言も入っている。故に、アイシーン、今ここでお前を確保する」
意識が朦朧としているアイシーンを抱え、森の中へと消えていった。
・・・・・・
戦いが終わって3日が経過した。
テルイアの被害は甚大で、都市機能の殆どが機能しなくなり、遠距離との通信、政治機能、経済活動、交通手段等の機能が完全に崩壊している状態だ。
何より、犠牲者の数があまりにも多過ぎることが問題だった。
テルイアには200万人もの人がいるが、今回の騒乱で避難も出来ず、瓦礫に押し潰されたり、魔物に襲われたり、火災に巻き込まれたりして多くの犠牲者が出た。
おおよそ確認出来ている遺体の数は、100万人はあると推測されている。瓦礫からの救助活動もあるので、もっと増えると予想されている。
その中にテルイア全体の冒険者が9割以上、貴族が8割以上の死亡も確認されているため、防衛面、政治面でも大打撃となっていた。
この事は四国同盟全体に伝わり、他の3国は支援を表明している。
・・・・・・
オルカは瓦礫の街の中を歩いていた。
20年以上暮らしてきた街は見る影も無く、瓦礫の山で溢れていた。未だに燃えた匂いが残り、鼻をついて来る。
ギルドの食料を買っていた肉屋、よく通っていたパン屋、道具を買い揃えていた道具屋、喧しかった酒場、ギルドの玄関に飾る花を買っていた花屋。
その全てが跡形もなく壊れていた。
そして、『黄金の暁』も、石と木の瓦礫と化していた。遺体は全て搬出された後だ。
オルカはギルドの前に立ち尽くす。
追放されるまで、依頼をこなし、研究を行い、仲間と話し、時には食事を共にした。どれも楽しい思い出で、忘れられない事ばかりだ。
それが、何もかも無くなってしまった。
「………………」
口をつぐみ、思い出を嚙みしめる。そして、顔を俯いてしまった。
「変ですね……。去る時は、ただただ落ち込んでいたのに……」
その眼からは、大粒の涙が流れ落ちていた。
失った悲しみが、涙となって流れ落ちる。
「う、うう、ううう…………!!」
スカートの裾を思いっ切り掴み、嗚咽を漏らし続ける。
その傍に、1人の男性が近付く。
「……そうか、無くなったか」
一言呟いたのは、ゼニウスだった。
長年ギルドマスターを務めたギルドが跡形もなく無くなっているのは、どうしても来るものがある。
それでも泣かないのは、オルカが泣いているからだ。
自分まで泣いていたら、誰が彼女を慰めるのか、そんな考えがゼニウスの中に生まれたのだ。
ゼニウスはオルカの肩を摩る。
(『黄金の暁』のために泣いてくれて、ありがとう)
心の中だけで感謝を言い、オルカを慰め続けたのだった。
・・・・・・
オルカは泣くだけ泣いた後、避難所がある広場へ戻った。
『漆黒の六枚翼』は支援活動のために避難所に仮の拠点を置いている。
基本は雑務や瓦礫の撤去だが、避難所での治療の手助けも行っている。前者はラシファ、バルアル、アージュナ、セティ、ファンが担当し、後者はオルカ、スカァフ、ルーが担当している。ケーナは単独でどこかへ行ってしまった。
今の怪我人の状況は大分落ち着いており、落ち着いている。休憩がてら気になる所があれば言ってみればいいとスカァフに言われ、オルカは『黄金の暁』まで行ってきたのだ。
オルカはスカァフ達が待つテントに入る。
「あ! お帰りなさい!」
ルーは尻尾を振りながらオルカを出迎える。
「……スカァフさんは、どちらに?」
いると思っていたスカァフの姿が見えない。
「スカァフ様なら野暮用と言ってどこかへ行ってしまわれましたよ」
・・・・・・
テルイア 王城
地下牢
王城の地下には地下牢がある。その昔、不正を働いた者、不敬を働いた者を尋問するために造られた。
スカァフは兵士に案内され、目的の牢の前で止まる。
「面会は1時間だけとなります。くれぐれも手荒な真似はしないようお願いいたします」
「分かっている」
そう言って牢に入っている人物を見る。その人物は、王族であるシグーだった。
シグーは鎖と手錠で拘束され、自由に動けない状態にある。顔面にはスカァフが殴った後がしっかりと残っている。
「……あんたか」
忌々しそうにスカァフを睨む。スカァフも眉間にシワを寄せて睨みつけた。
「まだ元気そうじゃな」
「あんた程じゃないさ」
吐き捨てるように喋るシグーに、スカァフは悪態をつく。
「本当ならこの手で殺しておきたいのじゃがな」
「そうか、それは残念だったな。殺せなくて」
「減らず口を」
シグーはスカァフと視線を合わせる。
「お前の弟を殺したのが、そんなに憎いか?」
直後、スカァフから強烈な殺気が溢れる。空気が痺れる感覚が襲い掛かり、呼吸が苦しくなる。
スカァフの眼には強い怒りが宿っていた。
「血を分けた弟を殺されて、怒らない姉がいると思うか?」
その怒りに、シグーは不快感すら感じていた。
「……俺には分からない。兄弟なんてものは、障害でしかない。ただの邪魔者だ」
王族は兄弟で王位を争う。そして周囲はどちらかにすり寄り、権力というおこぼれを貰う。
そんな環境で育てば、普通を理解するのに苦しむのも無理は無い。
だからといって、スカァフは容赦をするつもりは無い。
「お前は、大切なモノが無かったのじゃな。だから平気で他人の大切なモノを壊す。……そんな誠意の欠片も持ち合わせてない奴に無理矢理謝罪してもらっても、何の気も晴れんわ」
「俺を侮辱するつもりか!? スカァフ!!」
いきなり激昂し、食って掛かる。
「お前だって王族だろう!? 理解できない筈がない!!」
「一緒にするな青二才。ワシはその程度のしがらみで落ちる魂では無いわ」
スカァフの本名は『スカァフ・ロマネスク・ギンガダム』
この国の王族の遠縁にあたる一族『ギンガダム家』の長女である。
王族に強気で出られるのも、シグーとの関連があるのも、彼女がギンガダム家の人間だからだ。
「やはり俺の苦しみは、俺だけにしか分からないんだ……!! 誰も理解してくれない!!」
「……勝手に言ってろ。貴様の様な気をおかしくした奴の精神を正そうとは思っておらん」
「だったら何をしに来た? 俺が落ちぶれた姿を見に来ただけではあるまい」
スカァフは短い溜息をつく。
「そうじゃな。正直後悔か懺悔している姿が見れれば鼻で笑ってやろうと思っておったが、それも無さそうじゃな」
シグーに顔を近付け、本題に入る。
「全て話せ。噓偽り無しでな」
・・・・・・
オルカ達が仕事を終えた頃には、日が暮れて暗くなり始めていた。
今日は行方不明者、死亡者、生存者の安否を知らせる掲示板を作成した。これで避難所にいる人達へ情報を伝えられる様になり、多少役に立てる。
オルカ達は自分達のテントに集合し、今日の成果を報告する。一つのテーブルを囲んで、会議形式で報告を進める。
「以上で報告を終わります……」
「オルカさん、お疲れ様でした。次はスカァフですね」
ラシファは微笑みながらことを進める。さっき戻って来たスカァフは報告を始める。
「ワシからは今回の首謀者について報告がある。あちこち聞き回って有力な情報を得たぞ」
一枚の金貨を懐から取り出し、テーブルの真ん中に置く。
「まずは今回の魔物の出現についてじゃ。どうやった魔物達は街中に出現したのか、その仕掛けがこれじゃ」
金貨を摘まみ、スライドさせる方向に力を入れると、パキッ、という音を立てて金貨がずれ、2枚になった。
「え?」「何?」「はい!?」
オルカ、アージュナ、ファンは驚いて声を出してしまう。
普通金貨は鋳造して作られる。それがスライドしてずれるなんてことはあり得ない。
スカァフは2枚になった金貨の間にある模様を見せる。
「これが魔物を呼び出すきっかけになっておった。オルカは分かるじゃろ?」
「……これは、使い捨ての召喚術式魔法陣……!?」
「そうじゃ、この金貨が殆どの冒険者ギルド、貴族の所にあった。だから最初にギルドが潰されたのじゃ」
「ですが、偽物の金貨ならバレるのでは? 見た限り強度もお粗末に見えますが……」
セティの質問に、スカァフは金貨を見ながら答える。
「そうじゃな。確かに本物の金貨と比べて出来も強度もお粗末じゃ。だが、これが信頼できる所からの出なら、疑わんじゃろ?」
「どういう事です?」
「この金貨を渡したのは、何を隠そう王族であるシグーだからじゃ」
「何だと!?」
セティは思わず立ち上がる。
「では今回の件は王族が……?!」
「いや、違う。確かに出所はシグーじゃが、ゴルニア王家は関わっていない。正確に言えば、シグーの傍にいた奴が黒幕じゃ」
「そ、それは一体誰ですか?」
ルーは緊張した様子で質問する。
スカァフは険しい表情で、その名を口にする。
「カラー。今回の首謀者はカラーじゃ」
カラーの名に、場の空気が硬直する。
「あのカラーさんが、今回の首謀者……」
オルカは破壊されたテルイア、黄金の暁の事を思い出し、拳を握る。
アージュナはオルカの背中をさすり、落ち着かせる。
スカァフは説明を続ける。
「仕組みはこうじゃ。シグーは裏で貴族と上流階級、上位ギルドのトップ達や商人達に賄賂を渡していた。その中にこの金貨を紛れ込ませた。結果、テルイア中に違和感なくばら撒く事に成功したのじゃ」
「それに加えて、アイシーンとか言う奴が下請けの支払いにも使ってたから、テルイアにあるギルド全部に上手い事散った訳か。カラーにとっては嬉しい誤算だったろうな」
バルアルが捕捉し、今回の被害が大きくなった理由を説明した。
オルカ達は今回の事件の全容、巧妙に仕組まれた計画だった事を知り、カラーの底知れぬ恐怖を感じた。
「ワシからは以上じゃ。最後はラシファの報告じゃろ」
「そうですね。では私からも報告があります」
ラシファは手を組みながら話し始める。
「今回の件の裏で、ゴルニア王国の王城において強盗殺人が発生しました。殺されたのは20名。その中にはゴルニア王国国王も含まれています」
バルアル、スカァフを除いた全員が驚愕した。ラシファは話を続ける。
「犯人は王を人質に取りつつ宝物庫へ移動、その間行く手を遮った近衛兵を全員殺害。宝物庫に到着した後、国王に宝物庫を開けさせ、『龍の宝珠』、『天の剣』を奪取。そして最後に国王を殺害したようです。その際にある女性が王宮内にいた事が分かりました」
「それってまさか……」
「ええ、カラーです。彼女、シグー王子の恋人として王宮内に入り込んでいました。女中さんは目撃してましたが、シグー王子にきつく口止めされてたそうです。そのため、シグー王子はテルイアの事件の首謀者を招き入れたとして、王城の地下牢に入れられました」
「……ワシが敢えて言わなかった事を知っているとは、全部知っておったな?」
「すいません。ですが、メンバーの報告を台無しにするのも忍びなかったので」
「ぬかせ」
スカァフは不貞腐れて視線を逸らす。ラシファは苦笑いしつつも更に話を進める。
「ですが、王城に押し入ったのはカラーではなく、別の女性だったそうです。ただ、目撃者が殆どいないため、容姿は分からないそうです。まあ、『堕ちた林檎』の工作員なのは間違いないでしょう」
(女性工作員って……、まさかね)
ファンは獣国で会った女性を思い浮かべるが、証拠が少ないので喋らないことにした。
「それと、ジーク王子が明日、国王になることが決まったそうです。いつまでも王が不在という訳にはいきませんから」
「ムササビさん、ジークさんが王様になるんですね……」
オルカにとっては、知り合って数日の人間であるため、その人が国で一番偉い人物になるということに実感が湧かなかった。
「そのジーク王子からのお達しで、我々は各国の支援部隊が来た段階で連邦へ帰還します。いつまでも頼りっぱなしもよろしくないと」
「それはありがたい話だ。何時までも国外活動と言う訳にも行かないからな」
バルアルは席を立ち、テントから去ろうとする。
「どちらへ?」
「もう終わりだろ? 俺は一足先に眠らせて貰う」
手を振りながら、バルアルは去ってしまった。
「まあ確かにこれで報告は終わりです。では解散としましょう。今日もお疲れ様でした」
ラシファの号令で、それぞれのテントへ戻って行く。
オルカは月明かりが眩しい夜空を見上げながら歩いていると
「オルカ」
アージュナに話しかけられた。ここ数日、忙しくてまともに会話らしい会話をしていなかった。
「アージュナさん……」
「その、何て声を掛ければいいか迷ったけど……」
アージュナは頭を掻きながら
「俺で良ければ、どんな話でも聞く。遠慮しなくていいから」
オルカの気持ちを全て受け止める。その覚悟で言った言葉だった。
オルカはアージュナの言葉に優しさを感じ、少しだけ微笑む。
「ありがとうございます……。もう少し落ち着いたら、聞いて貰ってもいいですか?」
「!! ああ!」
アージュナは頼ってくれたことに、嬉しくなった。
2人は肩を並べてテントへ戻るのだった。
・・・・・・
1人残ったラシファは、今後の活動について考えていた。
カラーを追いたいが、権力者と絡んでいて情報が手に入りにくい事が分かった今、どうやって追うかを考える。
その時だった。
「っ」
突然、頭の中に言葉が降りて来た。
ラシファの持つ【天啓】が、言葉を知らせてくれたのだ。
ラシファはその言葉を口にする。
「『聖国へ向かえ』、ですか」
時を同じくして、聖国からの支援部隊が、テルイアに近付いていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『もう一度、旅立ちを』
お楽しみに
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