Ep.66 壊れゆく街に朝日を
それでも、明日は来る
崩壊するテルイア
その中で一組の親子が瓦礫に巻き込まれていた。
子供が瓦礫の下敷きになり、父親が何とか救出しようと瓦礫に手を掛ける。だが、瓦礫が重すぎて押しても引いても、ピクリとも動かない。引っ張り出そうにも、隙間が狭すぎて出す事もできない。
子供は血を流しており、全く動いていない。
「マリア!! しっかりするんだ!! マリア!!」
「……………」
父親の声にも反応せず、沈黙している。
その沈黙は死を連想させ、父親を焦らせる。
ついさっきまで一家団欒の時間を過ごしていたのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
妻も一緒にいたが、部屋が崩れた時に真っ先に落ち、魔物にやられてしまった。何とかして娘だけでも助けたい。その気持ちで一杯だった。
「はあ、はあ、はあ……!!」
瓦礫を取り除こうと力を入れるが、指が擦り切れるばかりで動かない。
そして、足元に娘の溢れた血液が流れて来る。
「うわあああああああああああ!!!!!」
父親は絶叫し、瓦礫を殴り始める。
「壊れろ! 壊れろおおおおお!!!」
涙を流しながら、全力で瓦礫を殴り続ける。
冷静さを失い、打つ手が無くなったのも相まって、半狂乱で自分の拳を使って瓦礫を破壊しようとしているのだ。
しかし、そんな事で瓦礫が壊れる訳がなく、拳の皮膚と肉が削れて、血が大量に出るだけだった。
「うっ!?」
痛みのあまり、殴るのを止めてしまう。それと同時に冷静さを取り戻し、己の無力さと非情な現実に打ちひしがれてしまった。
涙を零しながら膝から崩れ落ち、絶望に震えていた。
「どうして、どうしてこんなことに……?」
どうにもならない状況に、もう悲しみに暮れるしかなかった。
「私達が、一体何をしたと言うんだ……?! どうしてこんな目に合わなければいけないんだ……!!」
追い打ちをかけるように、背後からゴブリンが集まって来る。その手には凶器である包丁や鉈を持っていた。
「GIGIGI……!」
汚い鳴き声を鳴らしながら、父親に向かって凶器を振り上げる。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
父親は絶叫しながら泣き叫び、この世の全てを恨んだ。
【30連】【遅延】!!!
ゴブリンの攻撃が、父親に届く前に急激に遅くなる。
「? ?」
遅くなったという理解できない現象に驚き、状況を確認するゴブリン達。
その直後、ゴブリン達に斬撃が入れられ、一撃で致命傷となって倒れて行った。
斬ったのは、双剣を持つアージュナだ。
「要救助者2名! 内1名が瓦礫の下だ! 手伝ってくれ!!」
アージュナの大声に反応して、兵士数人が集まる。兵士達は瓦礫に手を掛ける。そこへ、オルカが近付いて来る。
「瓦礫にデバフをかけます! 【10連】【軽量】!!」
【軽量】は、ハンマー、メイスといった重量のある武器を軽くし、その威力を弱めることを目的としたデバフだ。
オルカのデバフにより、瓦礫の重さが劇的に軽くなる。
「行くぞ! 一斉の、せ!!」
軽くなった瓦礫を持ち上げ、下敷きになっていた少女を引っ張り出して救出する。兵士の1人が少女の状態を確認する。
「……まだ生きてる! だが出血多量と骨折が酷い! 急いで治療を!!」
「担架持ってきました!!」
兵士達が迅速に対応し、少女を担架に乗せて安全な場所へ移動する。
「マリア! 良かったマリア……!」
父親も一緒に付いていき、その場を後にした。
オルカとアージュナは、その様子を見送っていた。
「これで12人目ですね……」
「まだ救出しなきゃいけない人は多い。それに魔物も山ほど残っている。……これで3割って一体何体いたんだ?」
想像するだけでゾッとする量だが、今は目の前の問題を解決することに注力する。
「次は東2区画か。急ぐか」
「はい……!」
アージュナとオルカは次の区画へと向かうのだった。
・・・・・・
セティ、ルー、ファンもまた、救助活動を行いながら魔物を討伐していた。
「【標的集中】!!」
セティは多数いる魔物の視線と進路方向を自分に向けさせる。盾に突っ込んできたところを、後ろにいる兵士達が槍や剣で討伐していく。
「……そこ!」
ファンは捌き切れていない魔物を弓矢で打ち抜き、その数を削っていく。
「【魔導砲】!!」
ルーもまた、魔法の攻撃で魔物を複数貫き、次々と薙ぎ倒していく。
「調子が戻ったようだな、ルー」
「本来の強さはこんなもんです!!」
セティの言葉に鼻息をフン! と鳴らしながら堂々と答えるルーだった。
しかし、魔物は休む暇なく襲ってくる。
3人と兵士達は気合を入れて戦闘を続行する。
・・・・・・
ラシファ、バルアル、スカァフは、大型、超大型の魔物を中心に討伐していた。
ラシファの光の大剣が両断し、バルアルの超火力が燃やし尽くし、スカァフの槍が貫いていく。
倒されていく巨体は、轟音を響かせ、巨大な振動を上げながら、次々と倒れていく。
「これでやっと半分ですね。テルイアは広くて移動するのに時間がかかります」
「移動の方がまだ大変だと言える辺り、余裕の様だな」
「そうみたいですね」
ラシファとバルアルは翼を広げて空を飛び、上空から魔物達を強襲している。制空権がラシファ達にある以上、魔物達に勝機は無い。
その表情には笑みがあり、余裕が垣間見える。
スカァフは高速で移動するため、そもそも魔物は目で捕らえられない。結果、一方的な一撃必殺で終わってしまう。
「ここら辺は片付いた!! 次へ行くぞ!!」
飛んでいる2人に声を掛け、屋根から屋根へ飛び移り、次の戦場へと向かう。バルアルは少し溜息をつく。
「そんなに慌てなくても、朝が来れば俺達の勝ちなんだがな」
・・・・・・
一方で、ケーナは治療が必要な人たちを集めた広場の守護をしていた。
広場は全ての区画に通ずる蜘蛛の巣の中心の様な場所で、兵士達が次々と患者を運び、野戦病院となっていた。
治療ができる兵士、衛生兵の経験のある兵士達が集まり、治療を続けている。
他にも、怪我は無いが住んでいる所が破壊されたことで行き場の無くした者達も集まっている。
そんな人間で溢れた場所を、ケーナは1人で守り続けている。
「………………」
目を閉じて敵の気配を探り続け、来る敵全てを蹴散らしている。
だが、彼女の魔力も限界に近い。
ここに来る前のサルトとの一戦で、かなり魔力を消耗してしまったのだ。故に、【ヴィナッシュ・シャクティ】はもう打てない。槍を使っての近接戦闘でのみ対応している状況だ。
それでも慌てていないのは、理由がある。
(朝日まで、あと、少し)
・・・・・・
オルカとアージュナ、それに付いて来る兵士達は、オーガの群れと遭遇していた。
オーガのサイズは5m前後、通常の攻撃でも当たればひとたまりもない。だが、
「【20連】【遅延】!!」
オルカのデバフが有効なため、ただの的にできてしまう。
「今だ! かかれ!!」
兵士達は一斉にオーガへ襲い掛かり、あっという間に横倒しにして、首を斬る。アージュナも単身オーガの背後に跳んで、首を両断した。
オーガの群れは瞬く間に半分以上減り、更にペースを上げて倒していく。
(これなら、後2回くらい使うだけで倒しきれそうですね……)
オルカがそう考えていた直後、オルカの背後に、地面から魔物が飛び出した。
飛び出してきたのは、B級相当の魔物『メタリカモール』。鉄の鼻先を持つ、体長3mもある巨大な土竜の魔物だ。
不意を突かれたオルカはすぐに対応できず、振り向くだけで精一杯だった。
「オルカ!!?」
アージュナは気付いて駆け寄るが、絶対に間に合いそうにない。
オルカは目を閉じて、なるべく怪我をしないよう防御態勢に入る。
メタリカモールは覆い被さる様にオルカに襲い掛かった。
次の瞬間、メタリカモールが横っ腹に一撃を貰い、ブッ飛ばされてしまった。
勢いが強かったせいか、建物の壁に激突し、それをぶち抜いて瓦礫に沈んだ。
オルカは一瞬の出来事に、理解が追いついていなかった。
「相変わらずだな、オルカ」
オルカはその声に聞き覚えがあった。20年近く世話になった、その恩人の声を。
「…………ゼニウス、さん?」
「元気そうで何よりだ」
声の主は、ゼニウス・アルガだった。
その手には巨大な剣が握られており、軽々と振ってみせる。
アージュナはオルカの傍に駆け寄り、身体を支える。
「大丈夫か、オルカ?」
「は、はい……。大丈夫です……」
ゼニウスは会話をするオルカ達に背を向ける。
「こんな形で再会することになったのは残念だが、言っても仕方ない。早々に決着をつけよう」
「は、はい……!」
3人は武器を構え、迫りくる魔物と対峙する。
(この混乱の隙にアイシーンは逃げてしまったが、死んではいないだろう。後でじっくりと探すか)
ゼニウスは行方が分からなくなったアイシーンを思いながら、戦闘へ突撃する。
・・・・・・
ケーナは魔物を薙ぎ倒し、侵攻を食い止めていた。
返り血を浴びながら、広場に向かって行進してくる魔物を槍の錆にしていく。
(そろそろ、か)
ケーナは残りの魔力を振り絞り、膝を大きく曲げて跳躍した。
跳躍の高さは500m。一瞬で街全体を見渡せる高度に上がり、西の方角を見る。
そこには、上がって来たばかりの太陽が見えた。
これがこの状況を終わらせる一手だ。
ケーナは槍を天に掲げ、太陽の魔力を受けて、この絶望的な状況を終わらせる技を起動する。
黄金の鎧全体が光りだし、その光が拡散を始め、赤い閃光へ変貌し降り注ぐ。
【バーハマー・シトラ】
その赤い閃光は、全ての魔物を焼き尽くし、無へと返した。
『陽の神宝』という名は、伊達ではない。
オルカ達は目の前から消えていく魔物を見届け、一夜の戦いが終わったのを理解した。
こうして、テルイア最悪の日は、朝日と共に終結した。
・・・・・・
その様子を、カラーはつまらなそうに見ていた。
「あらあら、随分と早く終わってしまったわね」
カラーは街に背を向け、怪人と共にその場を去ろうとする。
そんなカラーの目の前に、ウルパが現れた。
ウルパの手には、直径30㎝もある赤い水晶玉と、廃れた鞘に収まった剣があった。その手と全身は、血で真っ赤に染まっている。
「あら、ちょうどいいタイミングで合流できたわね」
「王がごねなければもうちょっとスムーズに手に入ったけどな」
ウルパは水晶玉と剣をカラーに渡す。
「頼まれていた『龍の宝珠』と『天の剣』だ。血が付いているが問題あるまい」
カラーはそれを見て、パアっと明るい笑顔になる。
「まあ、まあ! 素晴らしいわウルパ! とっても偉いわね!」
ウルパをまるで子供を褒める様に抱き締め、優しく頭を撫でる。
「いい子いい子、沢山褒めてあげないと」
「い、今はいいだろ!? 離れてくれ!」
ウルパは照れ臭そうに離れ、少し赤くなった顔を隠す。
「もう、照れなくていいのに」
「照れてない!」
視線を合わせないウルパと視線を合わそうと回り込み続けるカラーだったが、
「おほん」
怪人の咳払いでピタリと止まる。怪人は帽子のつばを摘みながら
「ここでの長居は無用です。早々に帰還しましょう」
カラーに進言する。カラーは微笑みながら怪人を見る。
「そうね、サルトとユラマガンドも褒めてあげないと。今日はご馳走を作らなきゃ」
カラーはスキップしながら、怪人の出した魔法陣へと入っていく。その後を怪人、ウルパの順で入っていった。
この時、王は宝物庫で死体となって発見された。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『因縁とその先』
お楽しみに
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