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Ep.63 隠し事


伝える事は



 洞窟の出口付近、森の中でケーナとサルトが激突していた。


 

 サルトの猛攻を、ケーナは軽快に躱しながら、蹴りや槍で反撃を入れる。見る限りでは、ケーナが優勢に見えるが、


(ずっと、回復、厄介)


 サルトは攻撃を受けた瞬間に回復し、傷は付いていないに等しい。その上、当たれば重傷必死の攻撃が続く。


(このままだと、負ける)


 ケーナは魔力と体力を消費し、1時間もすればジリ貧になるのは、自分がよく分かっている。


 何か打開策が無いかを考えるが、先程の『ヴィナッシュ・シャクティ』が効かない以上、太陽の無い現状では有効打が無い。


(これは、ピンチ)


 


 ・・・・・・




 木々の陰に隠れたクストル達は、怪我の治療を行っていた。


「う、ぐう……」


 クストルは口から血を吐きながら、小さく唸る。木にもたれかかって安静にしているが、あまり状態は良くない。内臓が損傷して、かなりのダメージになっているのだ。リュンケスとイオレ達は、クストルの傍に駆け寄る。


「しっかりしろクストル!!」

「今治療するから、もう少しだけ耐えて!」


 イオレが回復魔術をかけ、傷付いたクストルを治していく。


「俺は、いい……。パルクスは……」

「パルクスは無事だ! 【存在隠蔽】で隠しているから見つかることは無いぞ」

「他の、皆は……?」


 その問いに、全員が俯き、首を横に振った。


「さっきの一撃を受けた皆は、ダメだった……。クストルの様に回避できていなかったから、内臓がやられて……」


 悔しそうに唇を噛み、拳を強く握っていた。クストルもまた、苦しい表情になっていた。


 死んでしまった半数の中には、ラグナ商会を監視していたメガロ、最初にオルカの監視していた女性団員もいた。高い技術を持った者達が、たった一撃で死んでしまった。


 一瞬ではあったが、サルトの巨大化した腕と『加護』の力は、一撃で即死する程の威力だったのだ。


 悲しみに浸る間もなく、ユラマガンドが近付いて来る。


「君達が大切にしてる少女は見つからないが、まあいい。先に見つけた君達から処分しよう」


 ユラマガンドは、十字架が付いたメリケンサックをはめ込み、格闘家としての戦闘態勢に入る。


 団員達はクストルを守る様に立ち上がる。人数はリュンケス、イオレ含め6人しか残っていない。


「イオレはクストルの回復を優先してくれ!」

「こいつは俺達が倒す!!」


 リュンケスを筆頭に、5人がユラマガンドの前に立つ。


 直後、リュンケス達は【存在隠蔽】で姿を隠した。散開してユラマガンドを取り囲み、懐から短剣を取り出す。この間、足音もしなければ、草木が擦れる音もしなかった。足跡も残らず、完全に追跡不能にできるのだ。彼らはこの方法で王国の貴族を暗殺してきた。


 ユラマガンドは葉巻を吸いながら、腰を低くする。


「その手はもう把握済みですよ」


 葉巻の煙を吸った息を、地面に向かって一気に吐き出した。


 周囲一帯に紫色の煙が立ち込め、あっという間にリュンケス達を包み込んだ。紫色の煙で前が見えなくなる。


(くっ! 目暗ましか!?)


 リュンケスは短剣を構え、ユラマガンドの出方を伺う。



 瞬間、懐にユラマガンドが飛び込んできた。



「な」


 リュンケスが反応するよりも早く、ユラマガンドの攻撃が飛んで来る。


 左フックが顔面を捕らえ、顎を打ち抜かれて怯んだ所にすかさず右、左のパンチが叩き込まれる。


「がは?!」


 素早い攻撃に何も反応ができず、全ての攻撃をモロに受けてしまった。


 リュンケスは意識が飛びそうになったが、何とか気力で踏ん張る。


(どうしてこちらの位置が?! 【存在隠蔽】は完璧だった。この煙が原因か!?)


 慌てて剣を構えるが、ユラマガンドは既に目の前から消えていた。近くから、殴る様な音が聞こえる。


(何のつもりだ? 俺はまだ倒れていないのに―――)



 そこで、リュンケスの思考が途切れた。



 短剣を地面に落とし、そのまま地面に倒れたのだ。


 

 ・・・・・・



 煙が晴れたのは発生してから数秒後だった。



 イオレとクストルが見たのは、ユラマガンドの周囲に倒れているリュンケス達と、ユラマガンドただ一人が立っている姿だった。


 ユラマガンドは葉巻を吸い、煙を軽く吹いた。


「【死の十字架(デスクロス)地獄の三つ首(ケルベロスハウンド)】。汝らの生は三度で尽きる」


 手で胸に十字を描き、黙祷する。


 イオレは、何が起きたのか分からなかった。何故リュンケス達が倒れているのか、理解できないでいた。


「皆、どうしたの? 何が起きてるの?!」


 取り乱すイオレに、ユラマガンドが立ちふさがる。


「私の十字架は死に至らしめる呪具。これで三度攻撃を受けた者は、心臓を失う」


 クストルは回復をされながら、ユラマガンドの言葉を聞き逃さなかった。


(呪具、心臓……?)


 ゆっくりと目を見開き、表情は怒りに染まっていく。


「まさか、パルクスを、師匠を手にかけたのは……!!」


 ユラマガンドはクストルに向かって拳を構える。


「察しが良い。だから死ぬんですよ」


 目にも止まらぬ右ストレートが放たれ、クストルを襲う。


 

 だが、それをイオレが身を呈して守った。



 そこへ間髪入れず、左のジャブが二連撃叩き込まれた。


 これで、三度だ。


「イオレ!!?」

「クストル、ごめん、なさい―――」


 全ての言葉を言い切る前に、イオレの心臓、呼吸が止まり、そのまま倒れてしまう。


 その顔から呼吸する音が聞こえなくなり、眼から生気が消える。糸が切れた人形の様に、動かなくなってしまった。


「そんな、そんな……!!」


 クストルはまだ動かない身体を無理矢理動かし、イオレを抱き締めた。


「うう、ぐぅ……!!」


 1人生き残ってしまったクストルは、死んだ仲間を思いながら、涙を流した。


 ユラマガンドはそんな事一切気にせず、もう一度拳を上げる。


「安心しなさい。すぐに仲間の元へ連れて行ってあげますよ」


 クストルは振り下ろされる拳を躱す余裕は無く、覚悟を決める他無かった。目を閉じ、歯を食いしばってその時を待つ。



 

 【20連(トゥエンティタイムズ)】【遅延(スロウ)】!!!



 

 拳はクストルに届く前に、極端に遅くなった。まるでユラマガンドだけ時間の流れが変わったかのように、遅くなったのだ。


「これは、まさか……!!」


 ユラマガンドは声がした方向に視線を向ける。そこにいたのは、


「クストルさん!!」


 オルカだった。


 そしてその隣から飛び出す存在がいた。


「オオオオオオオオオオオ!!!」


 叫びを上げながら、双剣を振りかざすアージュナである。


 双剣はユラマガンドの首目掛けて薙ぎ払われ、見事に直撃する。硬い鱗に覆われているせいで、ガキィン!!! という強烈な金属音が鳴り響く。


「硬い!?」


 だが、徐々に鱗を砕き、すぐに血の出る位置まで切れていく。


(このままでは、マズい!?)


 ユラマガンドは【浸蝕魔術】の煙を口から吐き出し、すぐに【遅延】を無効化する。


 身体を大きく仰け反らせ、首にめり込んだ剣を振り払い、寸での所で回避した。それと同時に、すかさず後退し、距離を取った。


(あの2人がここにいるという事は……)


 オルカ、アージュナの他に、ファン、セティ、ルーが集結していた。サルトの方には、バルアルが加勢していた。


 クストルは拠点から出た時、拠点の中にある魔術を全て解除していた。


 そのため、オルカ達はすぐに合流でき、ケーナの放った『ヴィナッシュ・シャクティ』の爆発音を頼りにここまで来たのだ。


 ユラマガンドは、オルカに対応した葉巻を取ろうとするが、ファンの弓矢で狙われているのを察知し、動けずにいた。【死の十字架】を使おうにも、オルカのデバフ、セティの盾で阻止されれば、他のメンバーに攻撃されるのがオチだというのが分かっている。


 逆に追い詰められたと理解したユラマガンドは、溜息をついてメリケンサックを外す。


「ここまでですね。……撤退しますよ」


 遠くにいるサルトはユラマガンドの声を聞き、すぐに後退する。


 後退した先に宙に浮かぶ魔法陣が出現した。


 バルアルはすかさず炎を巻き起こす。


「今度は、逃がさない!」


 炎をサルトに向かって放つ。だが、サルトは単身魔法陣に入り、寸での所で回避された。


「では、私も失礼します」


 ユラマガンドもまた、背後に現れた魔法陣に入り、姿を消した。


「また逃げられたか……」


 バルアルは舌打ちして悔しがる。ケーナは肩で息をしていた。


「太陽、あれば、撃てた、ゴメン」


 ケーナは謝っていたが、1人であの怪物を抑えていたのだから、バルアルは責めなかった。


 むしろ、頭を撫でて励ました。



 

 オルカは、瀕死になったクストルの傍に近寄る。


「クストルさん、しっかりして下さい……!」


 クストルはさっきまで動けていたが、ダメージがぶり返し、もはや起きる事すらままならない状態だった。今は横になって安静にしている。


 アージュナ達も何か治療できないか模索する。


「ファン! 何か治療薬は?!」

「無理っすよ兄貴! 全身の骨が折れてるし、内臓もやられてる! 手持ちの薬じゃ……!」


 バルアルも眉間にシワを寄せていた。


「俺も何とかしたいが、どういう理屈か、魔術が効かない」

「私の魔術、効かない」


 【回復魔術】が効かないのは、さっきユラマガンドが吐いた紫色の煙に、回復魔術を阻害する成分が混ざっており、それがクストルの全身に染み込んでしまったのだ。


 呼吸が浅くなっていくクストルは、ぼやける視界でオルカの方を見る。


「オルカ、さん……。最後に、話したい、事が、あります……」

「そんな事言わないでください……! ここで死んだら、妹さんはどうするんですか……?!」


 オルカは強い口調で言うが、クストルは弱々しく話を続ける。


「隠していた事が、謝りたい事が、あるんです……」

「謝りたい事……?」

「はい……。……貴方の作った、強化薬を、盗んだのは、俺です……」

「え……」


 オルカは驚きで目を丸くする。バルアルはあまり驚かず、


「なるほど。確かに誰にも気付かれずに行動するという点では、合点がいった」

「で、でも、何で盗みなんか……!?」

「資金調達の、ためでした……。連中が、『堕ちた林檎』が、多額の金銭で、依頼してきた、のです……」


 何度か咳き込み、その度に血を吐く。


「金銭的に、焦っていた俺は、快諾、してしまいました……。だから、どうしても、謝りたくて……。本当に、すみません……」

「もういいです……! もう、大丈夫ですから……」


 謝るクストルを、オルカは許した。


 酷い目にあったけれども、オルカは彼らに嫌悪することなく、許したのだ。


 オルカはクストルの手を握る。


「私の方こそ、ごめんなさい……。こんな時に、何もできなくて……!」


 今にも泣きそうな顔で俯く彼女に、クストルは最後の力を振り絞る。


「では、最後に一つだけ、いいですか……?」

「……なんでしょう?」


 オルカは涙を堪えながら聞く。クストルは力が入らない手で、オルカの手を握る。


「妹を、パルクスを、お願いします……。あの子には、罪は、ありません……。だから、どうか……」


 懇願するクストルに、オルカは小さく頷いた。


「分かりました……。妹さんは、私が守ります……!」


 力強く答えると、クストルは小さく笑った。


「ありがとう、ございます……」


 そして、笑みはゆっくりと無くなり、手の力も無くなった。クストルの手は、オルカの手からすり抜け、地面へと落ちた。


「クストルさん!!?」


 オルカは叫ぶが、クストルからの返事は無かった。


 

 クストルの死に、オルカはただただ、唇を噛みしめるしかなかった。



 アージュナ達もまた、その姿を見届けるしかなかった。






お読みいただきありがとうございました。


次回は『業火の街を照らせ』

お楽しみに


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