Ep.62 蹂躙する色彩
逆転、追い打ち、そして、色彩
時は遡り、バルアル達が取引の日時の変更を知らされた朝
ゴルニア王国 首都 テルイア
『漆黒の六枚翼』の懲罰会議も10日目に入った。
今日は『黄金の暁』のメンバーからの証言尋問となった。しかし
(何故、誰も来ていない……!!?)
アイシーンは怒りに震えていた。
昨日の夜、尋問に出るメンバーを選出し、打ち合わせをした。そして今日の懲罰会議に出席し、ラシファを陥れる証言をしてもらう手筈だったのだが、時間になっても会議室に姿を現さない。
議長に連邦側、ゴルニア王国側のメンバーも困惑していた。
ラシファはいつもの様に微笑んで座っている。
アイシーンは、ラシファの様子を見て、背筋が凍るのを感じた。
「ま、さか……!!」
確信に近い物を感じ、席から立ち上がり、狼狽する。
それを見ていたラシファは、微笑みから、不敵な笑みへと変わる。
直後、扉が勢いよく開かれ、大勢の鎧を着た戦士が入ってきた。
突然の事態に、ラシファ以外の全員が混乱する。
「今度は何だ?!」
議長が叫ぶと、戦士達の中を掻き分けて、1人の男が現れる。
髭面で大柄、白髪交じりの緑色のオールバック、強面で睨み殺すような眼。スーツにマントを羽織った服装で、杖をついている。
その姿に、ゴルニア王国側が顔面蒼白となった。
「あ、あなたは、『ゼニウス』?!! 隠居されたはずでは……!!?」
テルイアのギルド長が狼狽えていると、ゼニウスはアイシーンを睨む。
「ひっ!?」
アイシーンは蛇に睨まれた蛙の様に委縮し、壁に激突する程後退した。
ゼニウスの横にもう1人、ローブで全身を隠した、装飾からして高位の人物が現れた。
この人物に驚いたのは、連邦側の役人達だった。
エーデンファは無言で表情が険しくなる。
(まずい、四国同盟裁判官か……!)
四国同盟裁判官
四国同盟内の中で、国を跨いで起こった犯罪を平等に裁く機関『同盟裁判所』がある。
その同盟裁判所に属している裁判官が、四国同盟裁判官である。
裁判官は懐から一枚の紙を取り出した。
「此度の懲罰会議、多くの偽装された証拠が挙げられたことが確認された。そのような証拠で罪を問うなど言語道断。よって、懲罰会議は現時点を持って中止とする。これは同盟裁判所の決定である」
淡々と伝えられた事実に、ざわめきが起こる。
「偽の証拠だと?!」
「そんな筈は……!?」
一同慌て始めるが、ゼニウスが手に持っている剣を地面に突き立て、周囲を驚かして黙らせる。
「静粛に! これは正式な捜査によって判明した! 噓偽りはない!!」
アイシーン達はすぐにでも逃げ出したかった。不正献金もしているため、バレれば一環の終わりだからだ。しかし出入口が押さえられている以上、脱出は出来ない。
「こんな、こんな事が……」
アイシーンは頭を抱えて大量の汗を流していた。
それを横目に、ラシファは席を立った。
「懲罰会議が終わった以上、私が席に着き続ける理由はありませんね。では失礼します」
微笑みながら会議室を出ようとする。アイシーンはラシファを睨む。
「これも、全て掌の上か?! ラシファ!!!」
ラシファは少しだけ、アイシーンの方を見る。
「さあ、どうでしょう?」
一言言い残し、戦士達が開けてくれた道を通って部屋を後にした。
ラシファが部屋を後にした後、懲罰会議に参加していた面々が個々に呼び出され、聞き取り調査が行われた。
アイシーンは『黄金の暁』のメンバーに偽証させようとしたことがバレ、処分待ちの身となったのだった。
肩を落として冒険者組合から出るアイシーンの前に、ゼニウスが立っていた。
「と、父さん……!」
ゼニウス・アルガ
アイシーンの父親であり、元『黄金の暁』のギルド長である。
ゼニウスは深く長い溜息をつき、アイシーンを睨んだ。
「言いたい事が山ほどある。ギルドに戻り次第、話を聞かせてもらうぞ」
ゼニウスは背を向け、『黄金の暁』へ向かおうとする。
「ま、待ってくれ父さん!! 誤解なんだ!!」
アイシーンは慌てて引き留めようとするが、ゼニウスは眉間にしわを寄せた。
「誤解だと? 証拠が挙がっているのに誤解な訳が無いだろう!! 公正文書偽装、不正献金、詐欺、偽証!! 全部裁判官が提示してきたぞ!! 証言も取れているとも聞いた!!」
この人は簡単に情報を信じない。きちんとした裏付けがない限りは信用しない性分だ。ゼニウスの性格は息子であるアイシーンが良く知っている。そんな人がここまで信じ切っているという事は、しっかりとした証拠を突き付けられたのだろう。
アイシーンは顔面蒼白で狼狽えていた。それを見たゼニウスは、怒りと悲しみで溢れた表情になっていた。
「私はお前に立派な人間になるよう教育した。見識を広めるために様々な伝手も教えた。なのに、何故この様な事を……!」
歯を食いしばり、顔を押さえた。実の息子の不甲斐なさに、相当参っているのだろう。
「……とにかく、ここで言い合いをしても恥を晒すだけだ。行くぞ」
ゼニウスに引っ張られ、ギルドへ向かう姿は、まるで子供を無理矢理連れて行くかの様だった。
そして、『黄金の暁』のギルドへ到着したのだが、
「な、何だ、これは?」
ゼニウスは絶句していた。傍にいたアイシーンも開いた口が塞がらなかった。
何故なら、ギルドに大勢の衛兵が押しかけ、何十人もの冒険者が連行されていたからだ。
その中には、トゥビィス、マドゥアもいた。
「これはどういう事だ?!!」
アイシーンは慌てて衛兵に詰め寄る。
「『黄金の暁』のギルド長、アイシーンさんですね?」
「ああそうだ。それよりもこれは一体どういう事だと聞いている?!」
焦るアイシーンに、衛兵は冷静に対応する。
「数日前、『黄金の暁』内で詐欺、業務上過失致死傷、所得隠し等の証拠付きの告発状が届き、逮捕に値すると判断し、該当する者達全員を逮捕しています。もちろんアイシーンさん、貴方にも容疑がかかっています。後程、任意での聴取のため出頭をお願いします」
「な、に」
アイシーンは眩暈を起こし、その場で尻餅をついた。
(何が、何が起こっている??? どうして立て続けにバレているんだ……!!?)
頭を掻きむしりながら、状況の理解が追いつかずにいた。
隣にいたゼニウスは、拳を必要以上の力で握り、怒りを抑える。
「すまないが衛兵。詳しく教えて貰えるか? それがちゃんとした証拠なのか知りたいのだが」
「申し訳ありません。守秘義務がありますので」
「そうか。いや、当然か……」
ゼニウスはアイシーンに軽蔑の眼差しを向ける。
「ギルドは使えない。私が止まっている部屋で話をしよう」
力無く塞ぎ込んだアイシーンを引っ張り、その場を後にした。
その様子を、ラシファとスカァフが向かいの屋根の上から見ていた。
「ここまで上手くいくとは、驚きです」
「全部想定内のくせによく言う……」
微笑みながら見るラシファに、スカァフは呆れた様に呟く。
ラシファが先日連絡を取っていた相手は、ゼニウスだった。
ラシファはゼニウスにアイシーンと懲罰会議の事を知らせた。その時偶然にも、裁判所からの証拠提示も相まって信用してくれたのだ。そして、こちらへ出向く事となり、今日に至る。
ラシファは懐にある紙を取り出す。
「『依頼人』の『協力者』のおかげもあって、証拠はたんまり出てきましたから。おかげで腐敗した貴族達も一網打尽にできるようですよ」
「……なら、あのクズもか?」
スカァフの表情に陰りができ、殺気が満ちる。ラシファは微笑みながら
「そっちはまだの様です。どうも決定打に欠けるとのことでして」
「そうか」
スカァフは舌打ちしてそっぽを向く。
「さて、『依頼人』が来るまでこの街で待機です。それまで自由行動で」
「分かった分かった。ならワシは美味い物でも食べに行くかの」
そう言って屋根から屋根へ飛び、遠くへ行ってしまった。
ラシファはゼニウスに連れられるアイシーンを見る。
(あと一手です。投了するか、敗北するかしか、選択肢はありませんよ?)
口には出さず、その場を後にした。
・・・・・・
その日の夜
テルイア 王宮
シグーは自分の書斎で憤慨していた。
「クソ!!!」
机を思いっ切り叩き、苛立ちを隠せずにいた。
(何てことだ……! 俺を支持していた貴族の殆どが同盟裁判所に拘束されるとは……!!)
シグーを支持していた貴族の大半が、権力を恫喝、違法な人身売買等、四国同盟の制定した同盟法に抵触する犯罪を多数犯していたのだ。
それが露呈した今、シグーの立場も危うくなっているのだ。
(このままでは兄上に王位継承権が渡ってしまう! そんな事になったら今までの努力が全て水の泡だ!!)
頭を抱え、悩んでいると、
「あら、随分と悩んでらっしゃいますね」
窓から一人の女性が入ってきた。
その女性は、目もくらむような美女だった。
どこに行っても美女と言われても良い顔立ち、紫色の瞳に緑色の淡い口紅を付けた唇、女性にしては背が高く、月の光をバックに煌く銀色でくるぶしまである長髪がなびいている。
服はどこかミスマッチしている女神の様な布一枚を折った服に黒のローブを羽織っており、背中に8枚の翼が生えている。赤、青、緑、茶色、黄色、紫、白、黒とカラフルな色合いをしている。
『堕ちた林檎』のリーダー、カラー・ゼクロ・パラスペナだ。
カラーは優雅に床に着地し、シグーへ近付く。
「よかったら、ご相談に乗りますよ?」
「カラー! おお、愛しのカラー!」
シグーはカラーをしっかりと抱き締めた。
「聞いてくれカラー。長年積み上げてきた物が、今にも崩れそうなんだ……!」
「あらあら、そんなに深刻なの?」
シグーとカラーはソファに移動し、座る。そしてシグーはカラーに膝枕をしてもらうのだった。
「カラーが私に、王の器があると言ってくれた。それが嬉しくて、その言葉に答えたくてここまで頑張った。けどそれが台無しになりそうなんだ。どうしたらいいのか、分からないんだよ……」
まるで母親に訴えるかのように話すシグーの頭を、カラーは優しく撫で始めた。
「それは大変ね……。今まで一生懸命努力してきたのに、それが一瞬でダメになってしまうのは、誰だって耐えられない苦痛。辛いわよね……」
語り掛けるカラーの手を、シグーは優しく触れる。
「こうやって話を聞いてくれるのは、カラーだけだ。とても安心する……」
カラーは聖母のような微笑みでシグーを見つめる。
「ねえシグー、私良い事を思いついたわ」
どこか楽しそうに囁き、シグーの手を引く。
そのまま部屋を出て、王宮からテルイアの街を一望できるテラスまで、恋人の様に引っ張っていく。
テラスには心地いい夜風が吹き、街には暮らしの灯りが点いて、賑やかさを感じられた。
カラーは大きく呼吸をして、気持ちよさそうな表情をする。
「良い街ね。とても良いわ」
「ああ、何せ300年の歴史がある街だからな」
カラーは後ろにいるシグーの方を向く。
「こんな良い街なんだから、良い人も沢山いるのでしょう? なら―――」
「そんな人達を助けた貴方は、きっと歴史に残る王様になるわ」
直後、街の各地が爆発した。
爆発した場所から、何百ものサイクロプスが姿を現す。
サイクロプスは建物を次々と破壊し、暴れ回り始めた。
突然の出来事に、シグーは驚きを隠せなかった。
「な、何が……?」
驚いているシグーに、カラーはすり寄った。
「さあ、貴方の出番よ、シグー。貴方は英雄になるの」
頭の中をかき回す、甘く、溶け込んでくるような口調で迫る。
「私が、英雄?」
「そうよシグー、貴方ならできるわ。だって、貴方は王の器を持つ人、そして、英雄になるべき人よ。そんな人が、些細な事で止まってはいけないわ。さあ、武器を持って街を救うの。そして、英雄王になるのよ」
カラーの言葉は、シグーの精神と心に絡みつき、蝕んでいく。まるで黒い墨汁が紙に染み込んでいくかのように。
シグーは言葉に飲まれ、侵され、カラーを信じ切っていた。
「……ああ、そうだ。私は英雄王になる! ならなければ!!」
シグーはそう言って、街を救うべく走り出した。
カラーはシグーを見送り、悲鳴と炎が上がる街を見下ろす。
その表情は恍惚とし、美しい物を見る様に見つめていた。
「ああ、素晴らしいわ。綺麗な物が壊されていく様は、いつ見ても良い物だわ」
両手を広げ、街から上がる熱風をその身に受ける。
「そして、そこから見える愛を、絆を、私に見せて頂戴! この世の真実を、私に頂戴!!」
口が裂ける程の笑みを浮かべ、懇願する。
「私が受けた不条理こそが真理だと、証明するのよ!!!」
美しい笑顔、その眼には、誰にも理解が及ばない、腐った泥の様な、狂気に満ちたモノが詰まってい
た。
この日、テルイアは最悪の日を迎える。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『隠し事』
お楽しみに
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