Ep.61 悪意の片鱗、動くは渾沌
悪意も渾沌も、ゆっくりと動き出す。
オルカとアージュナは、逸れない様に手を繋いで洞窟の巨大住居の中を歩いていた。
何とか他のメンバーと合流するために、あちこち探している状況だ。
「中々見つからないな」
「私も案内してくれる人がいないと全然分かりません……」
オルカも『顔の無い盗賊団』に案内してもらいながら移動していたのと、毎度道順も変わっていたため、正確な配置は一切分からない。
アージュナが聞き耳を立てて誰か近くにいないかを確認するが、全く音がしない。
(参ったな。早いとこ合流して脱出したいんだが……)
アージュナは困った顔をしていると、オルカが急に立ち止まる。
「どうしたオルカ?」
「今、向こうの方で明かりが……」
オルカが見ている方をアージュナも見る。確かに通路の壁の一部が、ぼんやりと明るくなっている箇所があるのが見えた。
「何だ……? 誰かいるのか……?」
「行ってみましょう……。もしかしたら皆さんの内の誰かかもしれません……」
2人は慎重に歩を進め、明かりに近付いていく。
徐々に距離を詰めていくと、部屋から明かりが漏れているのが分かった。
「部屋の灯りの様ですね……」
「もしかしたら敵かもしれない。けど音が聞こえないな……」
アージュナはずっと聞き耳を立てているが、音は未だに聞こえない。
時間を掛けて、部屋のすぐ傍まで近付いた。
「(どうしますか……?)」
「(このまま乗り込むのが一番だが、目暗ましや先制攻撃できる魔法も持ってないからな……)」
入るなら遠距離広範囲攻撃で先制してから入るのがセオリーだが、2人はそういった攻撃手段を持ち合わせていない。
下手に乗り込んで攻撃を仕掛け、返り討ちにあったら目も当てられない。
どう入るかで悩んでいた時だった。
部屋から大量の炎が噴き出したのだ。
出入口に近かったアージュナは咄嗟に躱し、ギリギリのところで炎を免れた。
しかし、熱気だけはどうしようもなかった。
「アチチチチチ!?!?」
「きゃあ?!」
あまりの熱さにオルカの方へ飛び込み、倒れてしまった。
「熱かったあ……」
アージュナが起き上がると、目の前にオルカが倒れていた。正確には、アージュナがオルカを押し倒してしまったのだ。
オルカは顔を真っ赤にして、アージュナを見つめていた。
「うわ!? 悪い!!」
アージュナは慌てて起き上がり、オルカから離れる。
「い、いえ。大丈夫です……。はい……」
オルカはモジモジしながら、へたり込んだ態勢で、アージュナから少し離れた。
傍から見ればかなり甘酸っぱい状態なのだが、その様子を冷めた目で見る者がいた。
「……何してるんだ、二人共?」
そうやって声を掛けてきたのは、
「「バルさん?!」」
部屋から出てきたのは、バルアルだった。
・・・・・・
遡ること数十分前
バルアルとフルフェイスマスクの男、クストルは部屋の中で睨み合っていた。
クストルはバルアルの潜在的な魔力量を見て、とてもじゃないが太刀打ちできる相手ではない事を理解する。
「……分かった、話そう。無駄に抵抗して大怪我はしたくない」
「賢明だな」
「まずは、オルカさんを誘拐した経緯から話そう」
クストルは、ジークの恋人と勘違いしてオルカを誘拐したこと、それに気付いて解放を考えたこと、しかし、こちらの目的に勘づかれたので、目的を話し、一部だけ協力してくれる流れになったこと、その目的を果たしてくれたこと、故に、敵視している連中に渡すのは良く思わなかったがために、取引を中止し、後日改めて解放する手筈だったことを、全て話した。
バルアルは臨戦態勢を崩さず、全て聞いていた。
「なるほど、理由は分かった。だがそれで許すかどうかはまた別の話だ」
手の炎が更に燃え上がり、部屋全体を熱くし始める。
「確かにそうだな」
「だから、燃えてくれ」
バルアルは炎を巻き上げ、クストルに向かって放つ。
放たれた炎は、クストルを呑み込み、部屋の外まで噴き出した。
だが、クストルは前方にはおらず、バルアルの右側にいた。
(素早く動く気配も、躱す動作もなかった。……幻術か?)
冷静に思考する中、
「アチチチチチ!?!?」
部屋の外から聞き覚えのある声が聞こえた。
(今の声は……)
バルアルが声に気を取られた一瞬、クストルの姿は消えていた。
ここで仕留めるつもりだったが、逃がしてしまったものは仕方ないと諦め、部屋の外を見る。
「……何してるんだ、二人共?」
そして、現在に至る。
・・・・・・
「とにかくオルカ君が無事で良かった。さっきのマスクの男の話は嘘ではなさそうだ」
「バルさんは、あの人に会ったんですね……」
「まあね。だからこそ、君の行いには感心しない」
バルアルはオルカに対して厳しい言葉をぶつける。
「人を助けたいという気持ちも、それによって犯罪組織の行動を抑制させようという試みも一概に間違っているとは言えない。だが、一歩間違えれば君の立場が危うくなる。そういう点では軽率だ」
「申し訳ありません……」
オルカは肩を落として謝罪する。それを見てバルアルはフッ、と微笑む。
「まあ、今回は結果的に良い方向に向いたから、お咎めなしだ。次はダメだぞ」
「はい。以後気を付けます……」
オルカは頭を下げて、再度謝った。
3人は通路を進み、他のメンバーとの合流を図る。
しかし、複雑な通路からは中々抜けられず、堂々巡りをしているような雰囲気だった。
既に1時間以上移動を続けているが、人影どころか物音一つしない。
「やっぱり奇妙だ。こんなにも音がしないなんて……」
「おそらく遮音系の結界が貼られているんだろう。幻術に認識阻害、やり口がえげつない」
バルアルは不敵な笑みを浮かべているが、その裏には苛立ちが見えていた。
オルカも役に立ちたかったが、魔法陣が見えないことにはどうしようもなく、巧妙に隠されているため手の出しようがなかった。
しばらく歩いて、3人は一つの部屋に入って休む事にした。
部屋にはベッド、机、椅子だけが置いてある。
「とりあえず一旦休んでから捜索を再開しよう。このままじゃ体力の方が尽きてしまう」
「ですね」
「はい……」
バルアルは椅子に、オルカとアージュナはベッドに腰掛ける。
バルアルは、オルカとアージュナの距離感が近い事に気付いた。それと同時に、移動している時も、手を繋いでいたのを思い出す。
それに気付いたバルアルは、少しだけ微笑んだ。
(そうか、気持ちを伝えたのか。……上手くいって良かった)
胸の内で安堵していると、
ズン!! と、何かが爆発した様な音が響いた。
かなりの重低音に、地震にも似た衝撃が伝わってきた。
「な、何でしょうか……? 地震にしては何だか不自然な……」
「この音……、まさか……」
バルアルの表情が一気に曇った。
「ケーナか?」
・・・・・・
ケーナはバルアル達と逸れてから、枝を使った棒倒しで行先を決めながら洞窟の通路を進んでいた。
そんなやり方で進んでいたおかげなのか、一つの部屋に辿り着く。そこは、オルカが最初に連れてこられ、『顔の無い盗賊団』が作戦会議をした部屋だ。
部屋には『顔の無い盗賊団』の団員達が集まり、何かを話していた。ケーナは物陰に隠れ、聞き耳を立てる。
「すまない。俺のミスでここがバレてしまって……」
「いずれバレる事だったんだ。気にするな」
「……そう言ってくれるとありがたい」
「それで、これからどうするんだ団長? もう突入された以上、潜伏するのは無理だろ」
「そうだな、彼らが道に迷っている間にここから脱出する。脱出後に洞窟の魔術を解除する。オルカさんは、突入してきたギルドのメンバーに任せよう」
「次はどこへ行く?」
「聖国の近くに遺跡がある。そこに身を隠そう」
「分かった。じゃあパルクスを連れて来ないとな」
「あそこだけは魔術鍵が無いと行けないからね」
盗賊団の話を聞いて、ケーナは奇襲をかけるかどうか迷っていた。
(ここで、仕留めるか、でも、解除してもらわないと、皆、出れる保証、無い)
今ここで奇襲を掛けて、下手に魔術の解除がされなければ、バルアル達はこの洞窟で迷い続けることになる。かと言って、このまま解除するまで放っておけば、取り逃がす可能性もある。
どちらが最善か悩んでいると、部屋から1人出てきた。
ケーナは咄嗟にその場から離れ、盗賊団からは見えない曲がり角に避難する。
「? 何か今いたような……」
出てきた団員が辺りを見渡すが、誰もいない。
「気のせいか……。まあ、ここにも魔術鍵をしているから入られることは無いしな」
そう言って団員は違う方向へ走って行った。
(……良かった、気付かれなかった)
ケーナはホッとして胸を撫でおろした。
(でも、何で入れたんだろう。不思議)
ケーナは気付いていないが、『加護』の影響で、魔術鍵を必要とするエリアに入れる様になっていたのだ。
団員はしばらくして、少女を椅子に固定した状態の物を担いで戻って来た。
「いつでもいいですよ」
「そうか。なら仕上げに」
クストルは魔術を発動し、もう一人の自分の虚像を作り出す。指示を出して、虚像はどこかへ行ってしまった。
「これでオルカさんは共犯者にされる可能性は大きく下がるはずだ。行くぞ」
団員達は、団長の言葉に頷き、移動を開始する。その後を、ケーナが距離を置きながら追いかける。
(逃がさない)
殺気を隠しつつ、尾行を開始した。
この後、バルアルがクストルの虚像と遭遇した。
盗賊団は警戒しながら進み、洞窟の出口へと辿り着いた。
自然に出来た大穴から外に繋がっており、割と体力を使わずにやって来れた。外は森の中で、木々との間はそれなりに間隔が空いている。
クストルは団員に背負ってもらっているパルクスの頭を撫でる。
「長い旅路になるが、もう少し耐えてくれよ」
そう言って顔を上げ、
「皆、もう少し付き合ってくれ。新しい拠点に到着次第、王城襲撃を検討するとしよう」 団員達はクストルの言葉に、小さく頷いた。
「残念だが、君達はここで終わりだ」
クストル達は声のした方に振り向いた。洞窟の出入口の上に、男が1人立っていた。
背丈は170㎝程度、体型は筋肉質でしっかりとしており、目は灰色で、角の様な突起が左右合わせて8本付いている。大きな尻尾も付いていて、とげとげしい風貌、神父と格闘家の服装を混ぜた様な格好をした、赤紫色の鱗で覆われた蜥蜴人族の男。
かつてオルカ達と対峙した、『ユラマガンド・エイダ』だ。
クストルはユラマガンドを見て、険しい表情になる。
「お前は、堕ちた林檎の……!」
「君達が龍の宝珠を手に入れてくれるのを期待して資金援助をしたが、その必要もなくなったようだな」
ユラマガンドの口から煙が漏れる。
「だから、ここで始末することにした。これはカラー様の意向だ。悪く思わないでくれ」
「ちい!!」
クストル達はすぐに後退し、煙が届かない位置へ距離を取る。
「おっと、逃がしませんよ」
ユラマガンドがそう言うと、クストル達が逃げた先に、地面から何かが飛び出してくる。
「何だ?!」
驚いているのも束の間、出てきた何かから横薙ぎで攻撃が飛んで来る。
攻撃が当たるまでに時間があった半数は十分跳躍できたが、残りの半数が攻撃を喰らってしまう。
骨が砕ける音を響かせながら、四方八方へ吹き飛んでしまった。
「くそ!!? 誰だ?!!」
クストルが出てきた存在を睨みつける。
そこにいたのは、全長5mある大男『サルト・ブラック』だった。
「ウンガアアアアアアアアアアアア!!!!!」
雄叫びを上げながら、拳の二撃目を打ち込んでくる。
「退避!!」
クストルの号令で各自散開する。
しかし、狙いはクストル1人のみ。二撃目は迷わずクストルの腹に直撃した。
「う、げぇえ……!!?」
肉と骨が潰れる感触を直に感じながら、地面に叩きつけられた。
血反吐を出しながら、地面を数度跳ねて、止まった。何とか立とうと踏ん張るが、頭の大怪我、胸の痛みが酷過ぎて、思考もまとまらない。
その隙を見逃さず、サルトがもう一撃振りかざす。
「「「団長!!」」」
味方の絶叫にも近い叫びが聞こえたが、もはやそれに答えることすら出来ずにいた。
(ここまで、か)
クストルが諦めた時だった。
『ヴィナッシュ。シャクティ』!!!!!
洞窟から一筋の光が飛び出し、サルトの顔面を捕らえた。
「うがあああああ?!!」
あまりの痛みに膝を付き、苦しんでいた。
このサルトの痛がり方に、ユラマガンドも驚いていた。
「ほう。サルトを一撃で……。どなたですか?」
ユラマガンドの言葉で、洞窟からケーナが出てきた。
「ケーナ、だ。悪趣味、だから、倒す」
ケーナはもう一度、『ヴィナッシュ・シャクティ』を放った。
爆音と共に、ケーナとサルトが衝突する。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『蹂躙する色彩』
お楽しみに
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