Ep.60 再会と告白を
再会、そして
アージュナ達は魔法の絨毯でゆっくりと降下する。
穴の中は、自然の力で削られた岩肌が丸出しになった壁で出来ていた。高い湿度と暗闇で覆われており、肌に纏わりついてくる感覚が拭えない。下に行くほど暗闇が濃くなり、近くにいる仲間の姿も認識するのが困難になってきた。
それから着地できたのは、200m前後降下した時だった。魔法の絨毯を地面に確実に着地させ、バルアル達は一斉に降りる。
「どこに敵がいるか分からない。全員警戒を怠るな」
あまり大声を出さないようにしているのは、敵にこちらの動きを知られない様にするためだ。
それが分かっている他のメンバーは無言で小さく頷いた。
各自周囲を見渡し、敵がいないのを確認する。同時に、複数の横穴があるのを見つけた。
「分かれて探すのが一番だが、敵の本拠地だ。まとまって動くぞ」
バルアルの指示に従い、全員が固まって移動する。
横穴の一つに入り、中を進んでいくと、通路が複雑に入り組んだ迷路のようになっていた。通路に明かりは無く、前に進むのも躊躇いたくなる状況だった。
通路は狭く、一列に並んで進む他無かった。バルアル、アージュナ、ファン、セティ、ルー、ケーナの順番で並ぶ。
先頭を進むバルアルは、手から火を出し、明かり代わりにして前に進む。
「間隔はあまり開けるな。逸れるかもしれないからな」
しばらく前進を続け、突き当りに差し掛かった。T字路になった通路を両方確認するが、どちらも先が暗く見えない。
「さて、どっちに進むか……。どっちがいい?」
バルアルが振り向いて行き先を相談する。
振り向いた時、ケーナがいない事に気付いた。
「…………おい、ケーナはどうした?」
「え?」
アージュナ達が後ろを振り向いて見渡し、ケーナがいない事に気付いた。
「ケーナ、どこ行った?」
「わ、私も今気付きました」
「私もです! 一体どこに……?!」
セティとルーも慌てて周辺を探すが、暗過ぎて見つからない。
「まさか逸れたんすか?」
「そんな筈はない。ここまで直進しかしていないのに逸れる訳が……」
ファンとアージュナは敵の襲撃の可能性を感じ取り、武器を構える。
バルアルは、片手で顔を抑えていた。
「……後者だ。ケーナは多分、逸れた」
全員がバルアルの方を見る。バルアルの顔は抑えられて全部は見れないが、眉間にシワが寄って、頭を痛めている様な状態だった。
「逸れたって、本気で言ってるのか?」
アージュナがバルアルに問うと、バルアルは頷いた。
「ケーナは方向音痴なんだ。他の奴が先導しないとすぐに逸れる。だから俺が先頭に立っていたというのに……」
大きな溜息をつくバルアルは、少し考えて
「……ケーナは1人でも大丈夫だろう。俺達は先に進むぞ」
「大丈夫なんすか? 太陽出てないっすけど」
「貯蓄魔力は十分だったからな、大技を使わなければ問題無い」
そう言いながら左右を見て、どっちに進むかを決める。
「右に進む。行くぞ」
バルアルはT字路を右に進んだ。アージュナ達も後を付いていく。
しかし
「ん?」
ファンが後ろにいるセティとルーが、T字路を左に曲がったことに気付いた。
「ちょ!? 何で?!」
慌てて引き返し、呼び戻そうと走るが、全然追い付けない。それどころか、自分自身すらどこにいるのか分からなくなってしまった。
(確かにバルの兄さんは右って言ったのに、セティ達は左へ曲がった。あのセティとルーが聞き間違いなんていう凡ミスをするか?)
何が起こったのかを、頭の中で冷静に推理する。
(待てよ。確か敵は魔術を使うってバルの兄さん言ってたな。だとしたら、魔術による何らかの妨害? けど近くに敵はいなかった)
ファンの肩には魔術礼装の【バルトゥラ】がある。蛇の特性を模した能力を持つこの礼装には、周囲に誰がいるのかを感知できる能力も備わっている。しかし、バルアル達以外に反応はなかった。
(そうすると他に考えられるのは……、罠!! クッソ! どうしてそんな典型的な事に気付かなかった!!)
ファンは舌打ちしながら短剣を構える。この狭い場所では弓矢は使いづらいからだ。
(敵はいつ襲ってくるか分からない。警戒しながら迎え撃つ……!)
ファンは慎重に通路を進んでいく。
(けど、バルの兄さんが罠に気付かないなんてことがあるか? あの人ならもっと用心する気がするけど……)
・・・・・・
バルアルは1人、明かりを灯しながら一つの部屋に入っていた。
「やられた。初手で罠にかかるとはな」
バルアルが罠に気付いたのは、最初に降りた時だった。
降りた瞬間、アージュナ達が姿を消したのだ。
バルアルはすぐに周囲を探すが、誰も見当たらず、【人探しの蝋燭】で探した結果、全員が中にいることが分かり、後を追う事にした。
そして今、一つの部屋に辿り着いた。
(中に入って数分でここに来れたという事は、誘われたか)
後ろから、足音が聞こえた。
バルアルは両手から炎を上げ、振り向きざまに構える。
そこには、森で見たフルフェイスのマスクを被った人物がいた。
「……幻影か」
構えているバルアルは、目の前に見えている存在が偽物であるとすぐに見破った。マスクを被った人物は、ゆっくりと両手を挙げる。
「待ってくれ。こちらに攻撃の意思はない」
「……何のつもりだ?」
炎が上がる手が、更に燃え上がる。
「お前達の目的は何だ? 何が理由だ?」
「……一度に全ては答えられない。だが、確実に伝えたいことが一つある」
フルフェイスの人物は、真っ直ぐバルアルを見る。
「無条件でオルカさんをお返ししたい。それだけは確かだ」
バルアルは無言で睨み、張り詰めた空気が部屋に立ち込めた。
「その理由、しっかりと話して貰いたい。俺はそこまで短絡的じゃないぜ?」
・・・・・・
アージュナは暗い通路を1人、ひたすら歩き続けていた。
(どうなってるんだ? セティ達とも逸れるし、目の前にいたバルさんは消えるし、上に行ったり下に行ったり、道が永遠に終わらない。これじゃあミイラ取りがミイラだ……!)
全員と逸れてからも自前のランプを付けて通路を歩き続け、かれこれ一時間は動いている。
息を上げながら突き進み、微かに感じる生物の臭いを辿りながら方向を選ぶ。
「次は……、どっちだ……?」
歩きながら曲がる方向を決めている時、暗い足元をしっかりと確認していなかった。
結果、段差がある事に気付かず、足を滑らせて段差から転げ落ちた。
「うわ!!?」
声を上げて驚きながら、数回転がって下へと落ちていった。
全身土埃にまみれながらも、無傷で停止した。
「痛……、どこまで落ちた……?」
節々の痛みを感じつつも、ランプを拾って周囲を見渡し状況を確認する。
さっきまでの通路とは打って変わり、幾つか部屋がある大型の住居の様な通路になっていた。
アージュナは運よく罠を潜り抜け、『顔の無い盗賊団』の拠点として使っているエリアに入れたのだ。
立ち上がって前へと進み、探索していく。
(ここは、遺跡か? 洞窟を掘って造った様な……)
観察しながら進んでいると、微かに、嗅ぎ覚えのある匂いを感じ取った。
「…………オルカ?」
そう呟いた時には、身体が動いていた。暗くて見えづらい通路を走り出していた。
ここは敵の本拠地、もしかしたら部屋の陰に敵がいるかもしれない。罠があるかもしれない。そんな思考は、アージュナの頭から消えていた。
「オルカ……、オルカ……!」
走りながらオルカの名を呼ぶ。
オルカとの思い出が、その時の感情が、背中を押していく。
伝えたい言葉がある。伝えたい感情がある。
それだけが胸の中を一杯にしていた。
徐々に足の速さが上がり、匂いが強い方へ走り続ける。
オルカは疲れた体を起こし、壁伝いに歩いていた。
(行かなきゃ。行かないと、いけない気がする……)
ただの予感だが、確信に近い物にも感じられた。
ヨタヨタとした足取りは、徐々にしっかりとした足取りへ変わる。
(向こうに、いる気がする……。どうしても会いたい人に……)
ここにいる事は有り得ない。しかし、この先にいると分かっている。そんな不思議な感覚に引っ張られ、オルカは小走りになっていた。
(アージュナさん……、アージュナさんが、いる……!)
たった十数日しか離れていなかったが、永遠にも感じられる程長く感じた。
そうさせたのは、アージュナとの思い出と、抱いた感情だった。
そうして気付いた感情が、心の中に芽吹いた感情が、オルカを走らせる。
「アージュナさん、アージュナさん!!」
気付けば、その名を口にしていた。
2人は走る。
この胸にある感情を、どうしても伝えたくて、走る。
そして、2人は光指す広場へと出た。
そこは森の中に空いた大きな穴の一つであり、地下の洞窟の巨大住居において、天然の吹き抜けとなっていた。
月明かりの光が穴から差し込み、広場全体を明るくしている。
2人は向かい合うようにして、別々の出入り口から出てきた。同時に、お互いの姿をようやく視認した。
互いに走った後で、息が上がった状態だった。
アージュナはゆっくりと、広場の中央、オルカに向かって歩き出す。
オルカもまた、息を上げながら、アージュナの方へ歩いて行く。
そして、2人は光が溢れる広場の真ん中で、再会を果たした。
呼吸を整え、最初に話し出したのは、オルカだ。
「アージュナさん……。私、アージュナさんに、聞きたいことが、あります!」
今まで聞いた事の無い、力強い言葉だった。
アージュナはオルカを見つめながら
「何だ?」
優しく聞いた。
オルカは視線を上げ、アージュナの眼を、力強く見る。
「私は、アージュナさんにとって、何なんですか?!」
オルカの質問に、アージュナは
「……俺にとってオルカは、楽しくて、安心できて、心配になって、助けたくなる、そんな存在だ」
どんな存在なのかを伝える。
アージュナの言葉に、オルカの心拍数が上がる。
破裂しそうな心臓を抑えながら
「それは、特別な、存在ですか?」
質問を続ける。
アージュナも早まる鼓動を抑えつつ、
「ああ」
短く答えた。
オルカは特別な存在という言葉で、思いが、溢れた。
「なら! 私を! 愛してくれませんか!!」
余計な言葉は要らない。思いの丈を、ぶつけ尽くす。
オルカの言葉は、アージュナの胸に響いた。
それは、アージュナも、ずっと言いたかった言葉だったから。
最近になって気付いた、直接伝えたかった言葉が、ようやく言える。
「ああ、俺にオルカを、愛させてくれ!」
理由は沢山あったけど、この言葉を何よりも早く伝えたかった。
2人がようやく気付いた、『愛してる』という言葉を。
「…………うう、うあああああ……!!」
気付けば、オルカは涙を流していた。
もし違ったら、独りよがりだったら、断られたら、そんな不安ばかりが頭の中に渦巻いていた、しかし、違って無くて、互いに思っていて、受け入れてくれて、不安は全て無くなり、涙になって溢れ出した。
「良かった……。よかったあああ……!!」
大粒の涙と共に、大声で泣き叫ぶ。
アージュナには、そんなオルカが愛らしくて仕方がなかった。
(ああ、こんなにも違って見えるんだな……)
微笑みながら、オルカをソッと抱きしめた。
胸の中で泣きじゃくるオルカ、微笑むアージュナの胸中には、『安堵』だけがあった。
そんな2人を祝福するように、月光は降り注いだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『悪意の片鱗、動くは渾沌』
お楽しみに
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