Ep.59 追跡と糸
糸を辿って
暗闇の森の中を必死に走り続ける『顔の無い盗賊団』、それを追うアージュナ達。
クストルは団員と共に複雑な森の中を駆け抜ける。
「『メガロ』! まだ走れるか?!」
「飛んで来る炎に当たらなければ!」
背後からバルアルの【火炎短剣】が木々の隙間を通って投げ込まれる。クストル達はそれを最小限の動きで躱しながら走り続けているのだ。
クストル達はただ逃げているのではなく、目的の場所に向かって逃げている。
(もうすぐポイントだ! 合わせて飛び込むぞ!)
(分かった!)
【念話】でタイミングを確認し、速度を合わせて森を走り続ける。
一方でバルアルは、盗賊団の逃げ方である事に気付いた。
(あの2人、どこかを目指して逃げているな。何か逃げる手段があるということか)
【飛行】を使いながら、アージュナ達と共に追跡を続ける。アージュナは獣人特有の身体能力の高さを生かして木を蹴りながら進み、ファンは木の太い枝に飛び移りながら追跡する。
バルアルは【火炎短剣】を投擲して足止めを図るが、後ろに目でもついているかのように正確に躱し、逃走を続ける。
(魔力感知か、それとも音か気配に感づいて位置を把握しているのか……。どっちにしろ、躱され続けるのがオチか)
直後、視線の先にいる盗賊団2人が少しだけ跳んだ。更に奥の景色を見て、バルアルはそれが何を意味しているのか、すぐに理解した。
「速度落とせ!! 落ちるぞ!!」
「っ?!」「え?」
アージュナは木に手をかけ、ファンは枝に捕まり急停止した。
盗賊団の2人は着地するかと思いきや、地面に吸い込まれるかのように姿を消した。
「ちい!」
バルアルは舌打ちして消えた場所まで飛んで行く。
そこには小高い崖があり、下には川が流れている。向こう岸まで距離があり、とてもじゃないが跳んだだけでは届きそうにない。
普通なら彼らは川に飛び込んだと思うが、目の前に広がる光景は違った。空中に穴の様な物が開いているのだ。そこに入っていくのが、バルアルの目に映っていた。
「時空間魔術か!?」
バルアルは完全に入ってしまう前に、炎を投げ込んだ。
投げ込んだ時には2人は既に入ってしまったが、炎も穴の中に入る。その瞬間、穴は忽然と姿を消してしまった。
(逃げられたか……。だが)
バルアルは人差し指を立てる。先端には灯火が灯っており、そこから細い糸が伸びている。糸は場所を差し示すかのように一直線に伸び続けている。
「【追掛けの灯火】。これで奴らのの居場所が分かる」
・・・・・・
何とか逃げ切ったクストル達は、息を上げてへたり込んでいた。
あの穴は【跳躍穴】という時空間魔術で、指定した座標から座標までを一瞬で行き来できる魔術だ。ただし、維持には相当量の魔力が必要で、術式を固定するのに、床に直径5mもの大掛かりな魔法陣を描かなければならないため使い勝手が悪い。
周囲には他の団員達が魔力を送るために手をかざして立っていた。
「団長! メガロ! 大丈夫か?!」
「一応は。ギリギリだったがな」
クストルは立ち上がって、土ぼこりを払う。その横にいるメガロは座りながらクストルを見る。
「……なあ団長。通信機で断れば良かったんじゃないか? 何もリスクのある方法で断ることは無かったろ」
メガロの言う事は分かる。
わざわざ目の前に出て、捕まるかもしれない可能性のある方法を取るのは得策ではない。
クストルはマスクを外しながら答える。
「確かにその方法が一番安全だ。しかし、直接伝える事でこちらは本気だという意思を伝える必要があった。そのためにこちらから出向くという危ない橋を渡った。出発前にも話したろ?」
「……それがちゃんと伝わってればいいな」
メガロは渋い表情で立ち上がる。
「で、オルカはどうする? すぐに返したくても魔力補給に数日はかかるが……」
イオレが術式の状態を見てクストルに説明する。クストルは顎に手を置く。
「……彼女には申し訳ないが、もうしばらくここに留まってもらう。【存在隠蔽】で長距離の移動は魔力量的に厳しいし、何より【跳躍穴】以外の方法で国境を超えるのは難しいだろう。貴族達が雇った冒険者や傭兵がうろついていると連絡があったしな」
連絡役からの情報で、どうやら業を煮やした貴族達が行動を始めたらしい。中にはS級がいるとの情報もある。
S級は冒険者としてずば抜けて優秀なため、それによっては【存在隠蔽】を看破してくる相性の悪い輩とかち合えば、逃げる事すらままならないだろう。
そういう訳で、オルカを無闇に外へ連れ出して返すのは、得策ではないと考えたのだ。
「リュンケス。オルカはどうしてる?」
「まだ寝てます。相当疲れたのでしょう」
「そうか。起きたら何か食事を出してくれ」
「分かりました」
クストルは団員達の前に立つ。
「パルクスは治ったが、やはり先生の宝物、龍の宝珠を取り返さなければ気が済まない。オルカを返し次第、王城に乗り込むぞ。何としてでも取り返す」
団員達は無言で頷いた。
「……?」
クストルは、魔法陣の上に何かがある事に気付いた。
小さな灯火だ。
それが何なのか、すぐに理解した。
(まずいな、バレたかもしれない……)
眉間にシワを寄せ、静かに拳を握った。
・・・・・・
バルアル達は、【追掛けの灯火】を頼りに魔法の絨毯を飛ばす。
ジークは一度商会に戻り、漆黒の六枚翼とケーナだけで向かう事になった。
「ジークさん、何か微妙な表情してたっすよね。悔しそうっていうか辛そうっていうか」
「色々分からない事が多いからな、今回の件は」
ファンの質問に、バルアルが答える。
「顔の無い盗賊団の目的は何なのか、何故この国の貴族や商人ばかりを狙うのか、何故今回身代金要求にしたのか、何より、突然取引を中止してオルカを手に入れることにしたのか、考えても結論が出ない事ばかりだ」
「確かに。ただの盗賊団と片付けるには、謎な部分が多いですね」
セティは顎に手を当てて考える。
「それは、本人達に、聞けばいい」
ケーナが身を乗り出し、下を見る。
同時に、【追掛けの灯火】が丁度下を向き始めた。森の中に突然、直径20mもある大きな穴が現れ、中は暗闇で、覗いても全く底が見えない状態だった。
「ず、随分と深い穴ですね……」
ルーがビビりながら穴を見る。
「なるほど。こんな所に隠れていたのか。見つからない訳だ」
バルアルは感心した様子だった。
何故ならこの場所、ゴルニア王国と東の国の国境付近、境界線がハッキリしないグレーゾーンと呼ばれる場所にある森林だからだ。
開拓したくても東の国の兵士が隠れていたりするため、全くの手つかずな状態のエリアなのだ。
バルアルは魔法の絨毯を旋回させ、敵がいないかを確認する。
「敵は、待ち構えていないな」
魔法の絨毯の方向を、穴に一直線に向ける。
「突入する! 全員掴まってろ!!」
穴に向かって全速力で飛ばし、中へ突入する。
アージュナは絨毯を掴む力を更に強くし、オルカの安否を気遣った。
(もうすぐだ。もうすぐ助けるからな! オルカ……!)
バルアル達が突入した時、オルカはふと、目を覚ました。
「…………アージュナ、さん……?」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『再会と告白を』
お楽しみに
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