Ep.56 顔を無くしたのは
隠したのは顔だけか?
眠っている少女は、まるで半分溶けたスライムの様だった。
人の形を成してはいるが、触れば崩れそうな脆さを持ち合わせているように見える。
溶けて粘度のある液体は真っ黒で、ベッドに染み込んでおらず、途中で溶けるのが止まっている状態だ。
オルカは驚きつつも、その少女を覗き込む。
「これは、東洋の呪術ですか……?」
「一目でそこまで分かるのか。……確かにこれは東洋の呪術だ。俺の師匠も解呪を試したが、全く歯が立たなかった」
団長は少女の傍に近寄る。
「俺は妹の呪術を解くためにあらゆる手段を探した。魔術に魔法、呪術に詳しい連中にも頼った。けど解呪することは叶わなかった」
マスク越しでも、口調で今までの苦労が伝わってきた。
「そんな中、1年前にこの呪術を解呪する方法が見つかった。『龍の宝珠』っていう魔道具だ。それを使えば妹の、『パルクス』の呪術も解ける」
「聞いたことがあります……。あらゆる術を解く、神話の遺物。魔術協会でも真偽が問われて、本物だと断定された珍しい物だと……」
「『龍の宝珠』を手に入れるには、莫大な金が必要になった。一生働いても手に入らない大金だ。だから俺は盗賊団を結成し、クソ貴族や悪徳商会から金品を盗んでいるのさ」
少女の傍から離れ、オルカの前に近付く。
「それが『顔の無い盗賊団』の、俺の目的だ。納得したか?」
オルカは団長を見つめ、悲しげな表情になる。
「……理由は分かりました。けど、盗みは、よくないと思います……」
「師匠にもさんざん言われた。けど、真っ当なやり方じゃ間に合わない。急がないと死んでしまう。例え目覚めた妹に軽蔑されようと、俺は妹を一秒でも早く助けたい」
団長の意思は固く、覆る可能性は万が一にも無い。本人はそれほどまでに助けたいのだ。
オルカは団長から出る雰囲気でそれを察した。
(これ以上、何を言っても変わる気配が無い……。けど、このままだと、この人は処刑されてしまう……)
ゴルニア王国では王族、貴族からの窃盗は重罪になる。
かなり遅れた考えだが、選民思想がある者達が多いこの国では、撤廃されることなく残っているのだ。
最低でも懲役30年、最悪死刑になる。これでも王族貴族に関する法律の中では、まだマシな方だ。
王国で散々盗みを繰り返しているのなら、極刑は免れないだろう。
オルカは団長の身を案じ、どうにかしたい気持ちが沸き上がっていた。
(現状、ここからの脱出は体力的に不可能。なら、この中で出来る事をしたい)
犯罪組織のど真ん中でこんな風に考えていること自体おかしな話だが、それがオルカの良い所でもある。普段オドオドして頼りなく、発言も弱いが、危機的状況、追い詰められた時には強いタイプなのだ。
オルカは縄で縛られているため、顔だけ少女の方へ近付ける。
「……呪術にかかったキッカケは何ですか……?」
「聞いてどうする?」
団長はオルカの質問に質問で返した。オルカは少女を観察しながら
「助けたいんです……。このまま何もしないでいるのは、嫌なんです」
「それは……」
断ろうと思ったが、言うのを止めた。
(……俺がオルカをここまで連れて来たのは、隠していてもいずれバレると思ったから。しかし、本当はそうじゃない。本当は、少しでもパルクスの呪術が解ける可能性があるかもしれない、そんな期待がオルカをここに連れて来た最大の理由なんだろう)
自身の真意に気付き、オルカの行為を止めない事にした。真意は言葉にせず、ただ少し溜息をついて
「……分かった。頼む」
一言そう言って、任せることにした。
オルカは微笑んで、パルクスの状態を入念に見始める。
「黒色の液体化する呪術は東洋の呪術である【黒泥変異】の可能性が高い。でも途中で停止しているのは何故? 文献だと【黒泥変異】は数ヶ月で完全に溶ける。けど止まっているという事は他の術式が絡んでいる可能性がある。それに周囲に染みていないのも気になる。通常の【黒泥変異】とは違うのはほぼ間違いない。その上眠っているのも気になる……」
ブツブツと一人呟きながら、思考を巡らせる。相変わらずこれだけは気味の悪さを感じさせる雰囲気を出していた。
団長もその雰囲気に圧倒され、数歩距離を取ってしまった。
オルカは不意に団長の方を向いた。
「この状態になった時の事を詳しく聞かせて下さい」
「……3年前、俺が師匠の特訓から帰ってきた時にはこうなっていた。師匠に医者も診てくれたが、全く歯が立たなくてな……」
「その時からこの状態ですか?」
「いや、もう少し原形を留めていた。最初は黒い液体をかけられたと思ったよ」
「眠っているのは、いつから?」
「見つけた時からだ」
オルカはそれを聞いて、再び考え込む。
「やっぱり【黒泥変異】だけどそうじゃない。本来なら苦痛で眠ることさえできない。なのに眠っているということは別の何かがある。【黒泥変異】も魔術協会の書庫に少し載っているだけで資料が少ない。そこまで到達した人はいるんだろうけど、そこから先が分からなかった。そうなるとやる事は……」
再びブツブツ言っていたが、急に顔を上げて団長に迫る。
「お願いがあります」
「な、何だ?」
オルカの勢いの余り、少し仰け反ってしまう。オルカは真剣な眼差しで
「羊皮紙と羽ペン、チョークを下さい」
書く物を要求した。団長は思ったより小規模のお願いに
「……そんなのでいいのか?」
思わず聞き返してしまう。
オルカは頷いて団長に頼む。団長もそれくらいならと思い、
「いいだろう。半日待ってくれ」
承諾した。
「ありがとうございます」
「とりあえず、道具が揃うまでは部屋にいてくれ。あまりウロウロされたらオルカが死んでしまうからな」
「は、はい……」
最後の脅しで、オルカは大人しくなった。
・・・・・・
オルカを部屋に戻した後、団長は自室に戻った。
蝋燭だけで照らす部屋の中は薄暗く、今にも暗くなりそうな程だ。
団長がマスクを外し、椅子に座っていると、団員の1人が入って来る。
「何だ?」
団長は静かに来た理由を問う。
「……どうしてあの女を自由にしておくんですか?」
人質を好き勝手させておくことには様々な危険性がある。それこそ脱出や施設の破壊といった事も起きかねない。疑問に思うのは当然だ。
団長は外したマスクをいじりながら
「パルクスを救えるなら、何だって使うさ。それが人質でもだ」
「しかし……」
「それに、師匠の、先生のことも勘づいてる」
団員の言葉を遮るように、団長は言葉を続けた。
「先生はB級魔術師だから、そこそこ知名度はあったんだろうさ。だからオルカも先生のことを少なからず知っている。そうなればおのずと俺達の正体にも辿り着く」
「だから目的を話したんですか?」
団長はマスクをいじるのを止め、机の上に置く。
「いや、そうじゃない。……彼女には、隠し事をしてもバレると思った。それ以上に、話しても問題無いと思えるくらいの何かを、俺は感じた」
「何かって?」
「さあな。言葉には言い表せないが、確かに俺の中にある物だ」
団長の表情は、どこか柔らかく、微笑んでいるようにも見えた。団員は釈然としていなかったが、問題無いと言う団長の言葉をとりあえず信じることにした。
「……分かりました。ですが、問題を起こしたらすぐに拘束しますからね」
「それでいい。俺もそうする」
団員は背を向けて部屋を後にしようとする。
「それじゃあ『クストル』。よい夢を」
「ああ、よい夢を」
団長、クストルは短く就寝の言葉を交わし、明かりを消した。
・・・・・・
翌日
朝かどうかも分からない地下の洞窟での一日が始まる。
オルカは決められた部屋の中だけ縄を解いてもらい、呪術の解析を始めた。部屋には団員が交代で見張っている。
見張られていることを気にも留めず、貰った羊皮紙、羽ペン、チョークを使って術式を書き出していく。
オルカにしか分からない専門的な術式をひたすら書き進め、あらゆる組み合わせの術式を生み出していった。他にも魔法陣、言葉の羅列など、とにかく必要な術式を揃える。
始めてから6時間。休みなしに作業し続け、気が付けば腰が痛くなる程頑張っていた。
「うう……、腰が……」
伸びをして身体を解し、捻ったりして整えていく。
捻った際に、団員の1人が監視をしているのが見えた。顔は認識が阻害されているせいで、相変わらず分からない。
「………………どうして顔を隠してるんでしょう……?」
オルカがポツリと一言言うと、
「気になるか?」
見張っている団員が急に声を掛けた。口、眼の動作が全く無かったので、オルカは驚いた。
「へ、あ、す、すいません! 不躾に変な事を……」
「いいさ。俺だって同じ状況なら同じことを疑問に思う」
団員は大柄な体型の男声で、重い物を軽々と持ち上げられそうな体格をしている。
「だが答えてやる義理は無い。自分で考えな」
素っ気ない返事をし、また黙ってしまった。
オルカはどうして顔を隠すのか考える。
普通に考えれば、人質に姿を見られないためだ。だが、それだけのためにわざわざ大層な魔術を使う理由にはならない。他にも理由があるはずだと考える。
(……隠す理由、私を捕まえたあの箱、【存在隠蔽】の魔術の使い手、師匠……)
過去の記憶を辿りながら、一つの結論に行き当たる。
「…………『蜥蜴の学び舎』?」
「っ!!!」
オルカの喋った単語に、男の表情が一気に険しくなる。
そして、素早くオルカに駆け寄り、首を片手で鷲掴みにした。
首を絞められ、呼吸ができなくなり、何とか呼吸しようと必死に抵抗する。
「―――――!! ―――――!!!」
しかし、相手の力が強過ぎて、抵抗が意味を為さない。
団員は鬼気迫る表情で締め上げる。
「バレた以上、殺すしかないな……!!」
そして、オルカの意識は途絶えた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『蜥蜴と呼ばれた者達』
お楽しみに。
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