Ep.54 暗闇の中の取引
取引は暗闇の中で
ラグナ商会 コルコス支部
支部の上層部は、朝から騒ぎになっていた。
『顔の無い盗賊団』からの急な連絡で、5日後の予定で準備していた商会は大慌てで間に合うよう動いていた。従業員達は連絡、資料の準備で3階建ての建物を右往左往し続ける。
臨時の作戦本部の席にいるジークもまた、魔導通信機で足りない資金をかき集めるよう指示を出し続けていた。
そこへ、バルアル達が到着した。バルアルを先頭に、ジークの下へ駆け寄る。
「状況は?」
バルアルは真剣な表情で尋ねる。ジークは一旦魔導通信機を置く。
「説明する時間が惜しい。とりあえずこれを読んでくれ」
バルアルに一枚の紙を渡す。バルアルは紙を受け取り、内容を確認する。後ろにいるアージュナ達も紙を覗き込んだ。
内容は、
『 ラグナ商会 ムササビ殿
予定より早くこちらに到着したのを確認したので、取引を今夜行う。
場所と条件に変更は無い。現金は必ず持って来るように。
もし以上の事を一つでも守れなかった場合、取引不成立とし、女の命を頂戴する。
返答不要
顔の無い盗賊団 』
という文面だった。
バルアルは眉を潜めながら、紙に目を数度通す。
「……何か、文章が変わった様な……」
「やはりそう思うか」
ジークもバルアルと同じ様に、文章に違和感を覚えていた。
「理由は分からんが、多少言い回しが変わった気がする。どういう風の吹き回しだ……?」
ジークとバルアルは考えを巡らせるが、
「それよりも準備はどうなんだ?」
アージュナが前に出て遮ってきたので、一旦置いておくことにした。
「身代金の準備は昼までにできそうだ。後は私が持って行き、取引をするだけだ」
「本当に1人で行くのか?」
「そのつもりだ。もし取引に応じてもらえない状況になれば、オルカさんの命が危ない。慎重に、安全に事を進める」
ジークの表情には強い決意を感じられた。意地でもやり通してみせると言わんばかりの強さが、そこにはあった。
アージュナはそれ以上何も言えず、閉口してしまう。
見かねたバルアルはアージュナの肩に手を置く。
「ジークの意思は固い。ここは本人の意思を尊重するぞ」
「……分かりました」
アージュナは渋々下がる。ジークは少しホッとした様子で
「ご理解ありがとうございます」
一言礼を言った。
「しかし、ここまで来て頂いて何もさせないのはあまりよろしくない。なので、皆さんには商会の中と外の警備をお願いしたい」
「警備、ねえ。……やっぱり気になるか」
「何の話っすか?」
ファンの質問にバルアルは不気味に微笑みながら
「分からないか? この文面の通りだとすれば、盗賊団は俺達を見張っていることになる。つまり」
「……まだ近くで見張っている可能性があるってことっすね!!」
「そういうことだ」
「そうと決まれば早速探しに行きましょう!!」
ルーは張り切って尻尾を振り、準備万端であることをアピールする。
「まあ待て、今はあくまで警備だ。探すのに躍起になって隙を突かれる訳にはいかない。動ける範囲で探すんだ。それでいいか?」
バルアルはジークに確認を取る。
「それで構わない。漆黒の六枚翼の諸君、よろしく頼む」
アージュナ達は頷き、建物の警備に向かった。
ジークは椅子に深く腰を掛け、大きな溜息をつく。
(しかし、どうやって盗賊団はここまで移動したんだ?)
ジーク達は飛行龍機で飛んで移動したため、短時間でここまで来れた。盗賊団はそんな移動手段はまず持っていないはずだ。それなのに王国での取引、取引日時の変更までできる程余裕がある。つまり、盗賊団は余裕ができる程の移動手段があることになる。
(だとすれば、相当厄介だぞ……)
盗賊団に懸念しながら、身代金の用意を進めるのだった。
・・・・・・
夕方になり、トーパイ森林地区へ向かう準備を整えていた。
森林までは馬車で移動し、護衛でジークの馬車の周囲に4台の馬車、中には商会の傭兵、ケーナ、バルアル達漆黒の六枚翼が乗り込み、万全の態勢で向かう。
身代金の入った鞄を持ったジークは馬車に乗り、
「発進してくれ」
御者に指示を出し、馬車を発進させる。
馬車はコルコスの街を進み、街を抜けて整備された大きな国道を走る。赤く燃える夕陽に染められながら、足を止めずに走り続ける。
それから1時間して、森林地区へ辿り着いた。
森林地区は歩道のみが整備された地区で、地区の中には希少な生物と植物がいるため、あまり開拓されずにされている。
そのため、森林地区には人が集まれる場所は一ヶ所しかない。
地区の中央、自然観察エリア
そこが取引の場所になるだろう。
ジークは身代金の入った鞄を手に持ち、1人森林地区へ向かう。
「本当に行かれるのですか?」
傭兵の1人がジークに尋ねる。ジークは微笑みながら
「心配するな。無事に取引を成功させてくる」
自信ありげな態度で答えた。
森林地区へ歩を進め、暗くなる森へ入っていくのだった。
付いてきた面々は、ジークの背中が見えなくなるまで見送った。そして、見えなくなったのと同時に、バルアルがその場にいる全員に振り向いた。そして
「全員各出口へ。ファン、アージュナは俺と一緒にジークの後を追うぞ」
「「了解!!」」
「セティ、ルーはケーナと一緒にここで待機だ」
「「了解!!」」
「よし、各自散開。行くぞ」
指示を飛ばし、それぞれ行動を開始する。
これはバルアルの策だ。
ジーク一人で向かうのは守っている。その後を追ったりする事を禁じてはいなかったので、堂々と尾行する事にしたのだ。
もちろんバレれば取引に影響が出る可能性はあるので、隠密行動に長けた少数で尾行することにした。他のメンバーは、森林地区の出入口へ待ち伏せし、もし出て来た場合に迎撃できるように配置した。
バルアル達は音を立てずにジークを尾行し続ける。
(待ってろオルカ。必ず助けるからな……!)
アージュナは1人、オルカ救出への情熱を燃やしていた。
・・・・・・
ジークは1時間程度歩いて行くと、自然観察エリアに到着した。
そこまで広くない整地された広場は、陽が沈んで真っ暗になり、ジーク一人だけがエリアに立っていた。
ゆっくりとエリアの中央に向かい、鞄の取っ手を強く握りしめて足を止める。空いている片手を前に突き出し、
「【ライト】」
あたりを明るくする程度の光を目の前に生み出した。
光のおかげで暗闇に落ちる森の中でも安全に視界を確保できる。ジークはランプ代わりの魔法を出しながら周囲を見渡す。
「約束通り一人で来たぞ!!」
ジークは大声を出して呼びかける。
「そんなに大声を出すなよ旦那」
直後、背後から知らない声が聞こえた。
誰もいなかった場所から、声が聞こえてきたのだ。
ジークは咄嗟に距離を取り、戦闘態勢に入る。まだ声の主の姿は暗闇にまみれて見えない。
「おいおい、いいのかい? 下手な事したらあの女の命はないぜ?」
声の主の言葉に動きが止まり、ゆっくりと戦闘態勢を解く。
「そうそう、それでいい」
声の主の方向から、一歩一歩土を踏む音が聞こえてくる。こちらに近付いているのが分かる。
そして、ジークの【ライト】に見える距離まで詰めて来た。
現れたのは、全身をフードで隠した人物だった。
声と背丈、肩幅からして華奢な長身の男だと予測できる。フードの顔の部分は、不自然に黒塗りしたように見えなかった。
(なるほど、【隠蔽魔術】か)
姿を隠す、暗ます、認識阻害する。そういった事に特化した魔術全般を【隠蔽魔術】と呼ばれている。
ジークは盗賊団の由来からして、そういった魔術に精通していると踏んでいた。おおよそ予想できていたので、あまり驚く事はなかった。
フードの男と対峙し、
「お前が『顔の無い盗賊団』か?」
冷静に話を進める。
「そうだ。俺は『顔の無い盗賊団』の一員だ」
フードの男はゆっくりと顔を上げる。
「だが残念なお知らせがある」
「何?」
ジークが眉を潜める。フードの男は構わず、告げる。
「オルカ・ケルケは盗賊団が貰う。これは決定事項だ」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『オルカと盗賊団』
お楽しみに。
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