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Ep.53 黒豹の思いは


黒豹は喪女に何を思う



 コルコスに到着した一同は、着陸した場所からすぐに馬車で役所に移動させられ、入国手続きをさせられた。


「……入国の手続きまでは省けない訳か」


 バルアルは一言呟きながら、役所の待合で待っていた。他のメンバーも待合のソファに座って待つ。


 その傍にジークとラグナ商会の関係者数名が立っていた。


「申し訳ない。こればっかりは特例を作れないんだ」


 ジークは申し訳なさそうに謝罪する。


「いいさ。本当なら5日掛かっているところを数時間で済んだんだ」

「そう言ってくれると嬉しい」

「今度は自費で乗ってみたいものだよ」


 そんな会話をしていると、ジークの傍にラグナ商会の関係者が近付く。


「すみません商会長。飛行龍機の請求書なのですが……」

「ああ、ありがとう。後で支部に持って行ってくれ」

「分かりました」


 関係者が方向転換した時、バルアルは関係者が持っている書類の請求書を見つけた。



 そこには9桁にもなる金額が書かれていた。



 バルアルは口元をヒクリと少しだけ歪ませてしまう。慌てて口を押さえて戻す。


「………………もう飛行龍機はいいかな」

「どうした急に」


 バルアルの変わり身の速さに驚くジークだった。



 ・・・・・・



 それから1時間後



 ようやく手続きが終わり、ラグナ商会コルコス支部へと早速向かう。


 支部では森林地区の取引場所の把握と、金の用意が着々と進んでいた。バルアル達は不測の事態に備えて待機となった。


 支部内での行動は制限されていないので、アージュナは1人、飲食ができるフリースペースの席で飲み物を飲みながら待機していた。


 忙しいせいか、周囲には誰もおらず、フリースペースにはアージュナ1人だった。


 黙って飲み物を飲んでいると、向かい側にケーナが座って来た。そして、アージュナと向かい合う。


「……何か用か?」


 アージュナは何気なく聞いてみると、ケーナは持って来た飲み物のカップを両手で回しながら


「身体、大丈夫、そうだな」


 アージュナの体の心配をしてくれた。


「……心配とかしてくれるんだな」


 意外な質問に呆気に取られたアージュナは驚きを隠せなかった。ケーナは鼻息を鳴らし


「不満?」

「いや、そうじゃない。もっと人間関係に冷めた奴かと思ったから……」

「酷い、言いがかり、失礼」

「わ、悪かったよ」

「で、話、変わるけど」


 ケーナはいきなり話題を変えてきた。


(す、凄いマイペースだなコイツ)


 流石のアージュナもやりづらく感じる。そんなことお構いなしにケーナは話を進める。


「あの人、どう、思ってる?」

「あの人?」

「あの、傍にいた、黒い、女の人」


 アージュナが知る中で、黒い女性と言えばオルカだけだ。


「オルカのことか?」

「多分、そう」

「多分って、知ってるんじゃないのか?」

「少し、話した、だけ。名前、ムササビから、聞いた、だけ」


 ケーナは飲み物を少しだけすすり、一息つく。


「で、どうなの?」

「どうって……」


 ジークにも聞かれた事だが、未だにハッキリとしていなかった。


 確かにオルカのことで気になったり、心配になったりしたこともあった。


 これをどう思っていると聞かれると、靄がかかっているような感覚になり、言葉で表せなかった。


「……どう、思ってるんだろうな」


 アージュナは困った表情をしていた。


「どんな言葉で言えばいいのか、どう言い表したらいいのか、俺には分からないんだ。どうしてか、答えが出ない」


 伏せてしまうアージュナに、ケーナは呆れた溜息をついた。


「なら、質問、変える。その、オルカ、思い出、ある?」

「思い出……」


 アージュナは、オルカとの思い出を一つ一つ思い出す。


「最初は、冒険者のアピールコンテストだった。新しい人材を確保するために、俺が選びに行くことになったんだ。そこでオルカと出会ったんだ」


 当時の事を思い返し、顔を上げる。


「俺は魔力が少ないから、魔法が使えない。だから高度な魔術を操るオルカを凄いと純粋に思った。それにうちのメンバーに魔法使いがいなかったから、ピッタリ合うなと思って声を掛けた」


 アージュナはそれからの事も思い出していく。


「ギルドに入ってからは色々頑張ってくれた。雑用からクエストまで、とにかく一生懸命こなしてくれた。とてもありがたかったし、感謝してもしきれない。お礼も兼ねて一緒に出掛けたりもしたな」


 その時の感情も、思い出してきた。


「一緒にいて、何だか安心すると言うか、安心させてくれた。ただ楽しいとかじゃなくて、温かい気持ちにさせてくれるんだ。いつも自信が無くてオドオドしているけど、しっかりとした一面があって、頼りになる人間さ」


 オルカとの思い出を楽しそうに語り続ける。ケーナはその姿を見て、アージュナがどう思っているのか、少しずつ理解し始めていた。


 しかし、アージュナは微笑みながらも、心配そうな表情になる。


「でも、頑張り過ぎる所が心配だった。無理や無茶をして、自分が倒れても自分のせいだと言ってしまう所もあった。その姿が、死んでしまったあの人と重なって、怖かった」


 アージュナの記憶にある、苦労をし続け、その果てに死んでしまった人が脳裏に浮かぶ。


「そんな事がまた起きて欲しく無くて、オルカの事を心配するようになっていた。オルカが倒れた時、本当に怖かった……」


 アージュナは俯きながら、頭を抱えてしまった。


 誰かを失う恐怖が、未だにアージュナの心を蝕んでいるのだ。忘れたくても忘れられない、トラウマというものとなってはびこり続ける。


「今も、オルカが悪党に酷い事をされていたら、辛い目にあっていたらと想像すると、怖くて仕方ない。もう、いなくなって欲しくないんだ……」

「……質問」


 ケーナはアージュナの話を聞き、一つの疑問をぶつけた。


「それは、女性なら、誰でも、いいの?」

「……何?」


 アージュナはケーナの質問の意図が理解できなかった。ケーナはもう一度問う。


「そんな目に合ってる、女性なら、誰でも、助ける?」

「それは……」


 違う。


 アージュナは女性に優しくするが、誰でもここまで心配したり、考えたりはしない。


 ケーナはアージュナの表情で否定している事を悟る。


「違う、なら、どうして、そこまで、心配する? 気に掛ける? 楽しかった思い出を、語る?」


 立て続けに質問され、アージュナは一つ一つに答えを出そうとする。


「それは、オルカが」


 そして、全ての質問の答えが、まとまっていく。


「俺は、オルカが……」


 その言葉を、今口には出したくなかった。


 この言葉を、本人に直接伝えたい。そんな感情が出て来た。


 アージュナは口を塞いで、言葉を飲んだ。それを見たケーナは、アージュナがやっと自分の心に気付いたのを確信し、微笑んだ。


「ほら、見つかった」


 ケーナの微笑みには、安堵があった。


 気付けば、外は夕暮れになり、夕陽が差し込んでいた。


 ケーナは夕陽を見て、席を立つ。


「その言葉、端的に、簡潔に、真っ直ぐ、伝えると、いい。きっと、届く」


 アージュナを置いて、その場を去ろうとした。


「お、おい!」


 アージュナは慌てて立ち上がる。


「えっと、その……」


 お礼を言おうとしたが、ケーナが手を突き出して、そこまで、とハンドサインを出してくる。


「感謝、不要。当然の事、したまで」


 ケーナはそう言って背を向け、手を振りながらその場を後にした。フリースペースからいなくなり、またアージュナ一人になった。


「……ありがとよ」


 それでも、アージュナはケーナに感謝の言葉を贈るのだった。




 ・・・・・・



 翌朝



「朝早くすみません!! 大至急商会の支店に来て下さい!!」


 ラグナ商会の専用宿泊施設で休んでいたバルアル達の下に、ラグナ商会の従業員が大声で起こしに来た。声からして、相当焦っているようだった。


 バルアル達はそれぞれ個室だったが、客室は固まっていたので、従業員の声は全員に聞こえていた。


 一番に出たのは、セティとルーだった。


「何事ですか、こんな朝早くに……」

「そうですよ……。クアァァア……」


 ルーはのんびり伸びをしていたが、従業員はお構いなしに詰め寄る。


「緊急事態なんです!! 今朝顔の無い盗賊団から新しいメッセージが届いたんですよ!!」

「何?!」


 流石のセティもその言葉に目が覚めた。


 遅れて出て来たバルアル、アージュナ、ファンも駆け寄る。


「内容は?」


 バルアルがすかさず内容を聞き出す。


「内容は、受け渡しの日時が急遽変更との事です」

「いつ?」


 従業員は緊迫した表情で答える。




「今日の夜です」







お読みいただきありがとうございました。


次回は『暗闇の中の取引』

お楽しみに。


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