Ep.52 幕間:『第二の崩壊』
その崩壊は突然に
バルアル達がコルコスに到着した頃、懲罰会議9日目が始まった。
相変わらずの質問攻めとうんざりするような罵詈雑言の繰り返しが再開される。スカァフはいないが、ラシファは涼しい顔で受け流し、のらりくらりとやり過ごす。
流石のアイシーン側も苛立ちを隠せないでいた。しかしここで下手にまくしたてると、上げ足を取られる可能性があるので抑える他無かった。
そんな硬直状態を崩す人物が部屋に入って来た。
顔立ちは普通よりも良く、黒髪で瑠璃色の眼、色白の肌、瘦せ型の体型、20代前半の感じの悪い青年だった。服装はこの部屋にいる誰よりも豪華で、身分が高いと誇示していた。
ラシファはすぐ後ろに来た人物に目をやり、その姿を確認する。
青年の傍には鎧を着た兵士が4人立っている。青年は値踏みするかのように会議室にいる全員を見た。
「……随分と無駄な時間を過ごしているようだな」
部屋の状況を見た青年は不満げに感想を漏らした。
ラシファ以外の全員が勢いよく席を立ち、背筋を伸ばした。
「シグー殿下! わざわざご足労頂き感謝申し上げます!」
議長が深々と頭を下げる。それに合わせて周囲の人間も頭を下げる。
この青年こそ、ゴルニア王国第2王子『シグー・ロマネスク・ゴルディアー』である。
シグーはラシファを睨む。
「お前がラシファか。次期国王に礼もしないとは身の程知らずだな」
「一応懲罰会議の最中ですので、議長の許可無しに席を立つのは禁じられていますから」
「そうなのか? 議長」
シグーは議長を見る。議長は肩を一瞬震わせる。
「は、はい。今回の懲罰会議ではそのようになっております」
「……そうか。なら不問にしてやろう」
フン、と鼻を鳴らして歩き出す。兵士を傍に連れながら、議長の隣の場所まで移動する。
「諸君らは今回の懲罰会議で9日も無駄な時間を浪費していると聞く。ここまでの権力者を集めて長々と時間を掛けるのは無益だ」
そう言ってシグーは、懐から一つの書状を取り出した。それを全員に見える様に開いてみせた。
「よって、我がゴルニア王国王族の権限を持って『漆黒の六枚翼』を処罰することを決定した!! これがその許可証である!!」
声高らかに上に突きあげたのは、ゴルニア王国の紋章が入った書状だった。
ラシファは眉を少しひそめる。周囲を見渡すと、アイシーンと貴族の面々が勝ち誇った様な顔をしていた。
(なるほど、予定の内ですか)
王族の書状は発行までに時間がかかる。
国内にいる多くの貴族達から承認を得なくてはいけない。これを通過するのは決して容易ではない。更に、物理的な距離もあるため、最低でも7日以上かかるのだ。
アイシーン達も長引く事を予測してこんな大掛かりなことを仕掛けていたのだろう。
(なら、想定内です)
ラシファが考えている姿を、アイシーンは勝ち誇った顔で見ていた。
(これで奴は処罰を免れない。後は処分内容を伝えるだけだ)
今回の件でかなり出費したが、その分を取り返せる財源が手に入る一歩手前まで来た。
ここから先はもう決まっている。
賠償金支払い、差し押さえ、『漆黒の六枚翼』の解体、S級3人の奴隷化、オルカの身柄確保、他の冒険者を出身国へ帰還。
事前にここにいる重役、上流階級の面々に打ち合わせ済みだ。
少々骨が折れたが、これで手に入れたい物が全て手に入る。苦労したかいがあった。
(あのラシファという男、前々から目障りだったからな。どん底へ突き落すことが出来て最高の気分だ)
アイシーンは今すぐにでも大笑いして蔑んでやりたい気持ちだったが、それを抑えてラシファに視線を向ける。
「結論がでましたね。それでは処分の内容を決めましょうか」
他のメンバーも嫌な笑みを浮かべながら
「そうですな。大分時間を浪費してしまったから、早々に決めてしまいましょう」
「ああ、それがいい」
「ならば賠償金の金額からだ。すぐにでも決めてしまおう」
口々に処罰の内容を決めようと言い始める。
シグーはその様子を、兵士が持って来た大きな特注の椅子に座りながら見守り始めた。
アイシーンはラシファへの勝利を確信した。
しかし、ラシファが慌てる様子が無い。
それどころか、カフェで注文した品を優雅に待つ様な雰囲気まで放っている。
アイシーンはその様子に違和感を覚えた。
(何だ? どうしてあそこまで悠長にしていられる? もう打つ手が無い筈なのに……)
アイシーンの中で焦りが生まれ、額から汗がにじみ出す。
(この嫌な気配はなんだ? 何故汗が出る? 何なんだ一体!!?)
そして、この焦りの正体が、現実となって襲い掛かる。
「失礼します!」
会議室に1人の男性が入って来る。服装からして、位の高い軍人だと分かる。
「こちら、『漆黒の六枚翼』懲罰会議の会場でよろしいでしょうか?」
「だ、誰だね君は?」
議長が慌てて尋ねると、軍人は背筋を伸ばし、敬礼をする。
「私はゴルニア王国将軍『イルシュア・ケルミンガルラ』と申します。今回は大事な書状を届けるためにやって参りました」
会議室が騒然とし始める。議長の隣にいるシグーも驚いているのが表情で分かる。
イルシュアは書状を開き、読み上げる。
「読み上げます!! 『漆黒の六枚翼懲罰会議は司法と事実に基づいて公平に判決するため、ゴルニア王国国王ニーベルンガン・ロマネスク・ゴルディアーの名の下に、本懲罰会議に関して、ゴルニア王国王族は不干渉とすることを、ここに宣言する』!!」
「な、何だと?!!」
衝撃の内容に、ラシファを除く一同が立ち上がった。
それもそのはず、国王自らが王族が今回の件に口出ししないと明言したからだ。
つまり、シグーの書状と権限は無効化されたのだ。
「この書状には実物証明として国王陛下、各大臣、最高司法官の署名が書かれている。これは勅令に匹敵するものである!!」
イルシュアの大声による宣言は全員に響き渡る。
一番に響いていたのは、第2王子だ。
ここまで来て、自身が持って来た書状が何の役にも立たない紙くずと化したのだから、無様に他ならないだろう。
ましてや、ここにいる事すら許されなくなったのだから、とんだ無駄足になったのは、言うまでもない。
シグーの顔は悔しさと怒りで真っ赤になり、身体は震えていた。
イルシュアはシグーの方を見る。
「シグー殿下、これ以上ここにいる必要はありません。迎えの馬車を用意しておりますので、ご案内します」
「っ……」
シグーは怒りに震えながら席から立ち上がり、会議室を出た。
「お、お待ちくださいシグー殿下!!?」
慌てて貴族たちは立ち上がり、後を追う。
シグーが会議室を出る直前、アイシーンを鋭く睨んだ。その睨みは、自身に恥をかかせたこと、無駄な労力を働かせたことへの怒りから来るものだった。
アイシーンは、心の中で途轍もない失敗を犯したことを理解していた。
(終わった。完全に終わった……)
今回の一件が仮に上手く行っても、王族の信頼を損なった人物として貴族達から煙たがられるだろう。これで出世の道も断たれたと言っても過言ではない。
だが、ここで諦めないのがこの男だ。
(……こうなったら、意地でも有罪にしてこいつを破滅させてやる……!! 何もかも失ってなるものか……!!)
アイシーンは方向性が違えど、上へ向かう努力はしてきた。そう簡単に諦める性分ではない。
ラシファを睨み、拳を血が出そうな程握る。
(戻り次第、『黄金の暁』を使って証人をでっちあげる。リスクが高すぎてやりたくは無かったが、ここまで来たらやるしかない。徹底的にやってやる……!!)
ラシファは余裕の微笑みで席に着いていた。
(流石『依頼人』。手際がいい)
シグーが来る時点でこうなる様になるのは分かっていた。
『依頼人』が事前にシグー対策用に用意してくれていた一手があることは、依頼された時には知っていた。なのでラシファは余裕を持って対応できたのだ。
(さて、あと三手でチェックメイトです。アイシーン・アルガ)
微笑みの瞳の下で、切り裂くような殺意が垣間見える。
(貴方の悪行、討伐させて頂きます)
心の中で宣言し、断罪の時を待つ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『黒豹の思いは』
お楽しみに。
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