Ep.50 王国
王国に渦巻く思惑
オルカの所持品が魔術協会に押収されてから10日
ゴルニア王国 辺境 夜
辺境の地には貴族の別荘が存在する。
主に隠居、個人主催のパーティー、休暇など、様々な目的で使用されている。中には密会のために使っている者も存在する。
そんな辺境の別荘で、アイシーンは貴族と会っていた。
互いにグラスで酒を飲み、優雅な雰囲気を楽しんでいた。
「今回もお招きいただきありがとうございます。ラッセル様」
『ラッセル』と呼ばれた貴族の男は、明らかに肥満体型だった。
ぶくぶくと肥え太り、着ている豪華な貴族の服が勿体なく見える程の醜悪さが漂っている。髪はしっかりと整えてあるが、反面顔は潰した爬虫類の様な顔をしている。
「畏まらなくてもいいぞお、アイシーン君。君と私の仲じゃあないか」
「そう言っていただけて、光栄です」
頭を下げるアイシーン。ラッセルはフゴフゴと笑いながら、
「前持って来てくれたお菓子とお人形、あれは良かったなあ。また持って来てくれたら、何かしてあげないとねえ」
「はい。是非ご用意させていただきます」
このお菓子とお人形、どちらも隠語である。
お菓子は『金銭』、お人形は『人』だ。どちらも合法ではなく、賄賂を目的としたものである。アイシーンは貴族に賄賂を渡す事で、他のギルドよりも優遇してもらい、地位を盤石にしてきた。
今では平民ではありえない貴族の別荘の招待までされるようになった。
そんなアイシーンでも問題を抱えていた。
「その意気はいいが、大丈夫なのかい? この間魔術協会に入られたと聞いたがあ」
ラッセルの言葉に、アイシーンの眉が一瞬動く。アイシーンは顔を上げる。
「ご心配なく。手は打ってあります」
「ほほお、そうかあ。それならいい。無粋なことを聞いたなあ」
「いえ、ご心配していただきありがとうございます」
互いに不敵な笑みを浮かべ、グラスの酒を飲み交わす。
「そうだあ、あの女はどうしたあ? クビにするのに協力したあの女あ」
「……オルカのことでしょうか?」
「そうそう、その女だあ。あれはいい体をしていたあ。抱くのには丁度いいからあ、今度お人形として連れて来てくれえ」
ラッセルは下卑な笑みを浮かべ、酒を飲み干した。
アイシーンは少し考え、この前の押収の借りもあるので、仕返しにはちょうどいいと考えた。
「お任せ下さい。必ずや連れて来ます」
「頼んだぞお」
・・・・・・
それからの調査で、オルカが『漆黒の六枚翼』にいることを突き止めた。
アイシーンはその報告を受け、1人ギルドの書斎で考えていた。
(しかし、どうやって連れて来るか……)
問題は相手のギルドが強大だと言う事だ。
大金や賄賂を積んだとしても、簡単にオルカを引き渡してくれるとは思えない。
ギルドの方はまだ赤字が続いているが、少しの間ギルドのメンバーに支払いを待ってもらうことで難を逃れていた。そのため、今金を出す事は難しい。
かと言って交流も無い相手にいきなり賄賂を渡してもあっさりオルカを差し出してくれる保証もない。
現状、有効な手立てがないのだ。
アイシーンは舌打ちして、
(ラッセル様から言われて20日以上経つ。そろそろ引き渡さないと機嫌を損ねてしまうぞ……)
他に手立てが無いか考え続ける。そこに、
「失礼します、アイシーン様。ホルケラス様からクエストの報告が入りました」
秘書のトゥピィスが入って来た。アイシーンは何事もなかったかのように、平然と振る舞う。
「サイクロプス討伐の件か?」
ホルケラスは突如現れたサイクロプスの討伐に出ていた。
何の前触れもなく出現し、ウラテチュン山脈の麓の街に多大な被害が出た。サイクロプスのあまりの強さに、中堅の冒険者でも歯が立たないため『黄金の暁』に依頼が入ったのだ。
ホルケラスを中心とした下請けのギルドを含めたメンバーが現場に向かい、討伐に当たっている。
「それで、現状は?」
「サイクロプス3体を討伐完了。ただ、下請けのギルドの被害が大きいようでして……」
「捨て置け。冒険者である以上死人が出るのは避けられない話だ。それよりもうちのギルドの被害は出たのか?」
「いえ、ホルケラス様及び5名、全員無事だそうです」
「ならいい。下請けのギルドには最初に決めた金額だけ渡しておけ。それ以上は払わんとも伝えろ」
「分かりました」
トゥピィスは手元にある報告書をめくる。
「あと、気になる情報があったのですが……」
「何だ?」
「前に調査するよう言われていた『漆黒の六枚翼』なのですが、今回のサイクロプス討伐に関わっていたようです。突如現れたサイクロプスを見事討伐したそうですが……」
アイシーンはその報告を聞いて、少し考える。
そして、悪い笑みを浮かべ、
「……なるほど、そういうことか」
「何か分かったのですか?」
「簡単な話だ。今回のサイクロプスの出現は、『漆黒の六枚翼』がサイクロプスを逃がしたからだ」
「え!?」
トゥピィスは目を見開いて驚いた。アイシーンは畳みかけるように説明を続ける。
「その討伐報告も虚偽の可能性があるな。でなければこちらに複数のサイクロプスが現れるはずがない。更に言えば、取り逃がしたことも自分達の立場を使って隠蔽したに違いない。状況が物語っている」
「ひどい話ですね……!」
トゥピィスはアイシーンのことを妄信している。なのでこういう不確定な話も鵜呑みにしてしまうのだ。
アイシーンは席から立ち上がり、
「すぐに冒険者組合に連絡しろ。漆黒の六枚翼に罪を償わせるぞ」
「はい!!」
トゥピィスは急いで部屋を出て行く。一方でアイシーンは、不敵で邪悪な笑みをしていた。
(これで責める建前は出来た。後は貴族や向こうの上流階級の者に根回しして徹底的に追い込んでやる。多額の賠償金とオルカを手に入れられるぞ……!)
さっきの推測はアイシーンの想像に過ぎない。だが、責めるには良い口実になると思ったからだ。
それが事実無根だとしても、捻じ曲げれば真実より強力になるのだ。
こうして、『漆黒の六枚翼』への懲罰会議が決まったのである。
・・・・・・
そして現在
ラシファとスカァフは懲罰会議の尋問にかけられていた。
ゴルニア王国の貴族、冒険者組合長、ギルド長達、更にはキヌテ・ハーア連邦の役人まで参加する事態にまで発展していた。その中にアイシーンもいた。
この数日、各重役からの質問攻めにあっていたが、ラシファは事実を伝え、懲罰を受ける理由が無いことを証明し続けていた。スカァフは横で黙ってそのやり取りを聞くだけだった。
ゴルニア王国の貴族の1人がラシファに再び質問する。
「つまり、あなた達漆黒の六枚翼には非が無いと?」
「はい。クエストの報告に虚偽はありませんし、そちらのサイクロプス出現に関してこちらは全くの無関係です」
ラシファの発言に他の貴族、ギルド長が噛み付く。
「見苦しいな。正直に言ったらどうかね、サイクロプスを取り逃がしてしまったと」
「これ以上嘘を重ねるのならば罰は重くなるぞ?」
「そんなにも非を認めたくないのかね。卑しい奴らだ」
口々に非難し始め、蔑んでくる。
こんなことを何日も繰り返され、流石のスカァフも堪忍袋の緒が切れる一歩手前だった。
それでもラシファは平然と、冷静に対応していく。
「ではこれが真実であれば、それ相応の謝罪を頂きます。問題ありませんね?」
むしろ言い返してみせた。
連邦側の役人、エーデンファが舌打ちする。
「図々しいぞラシファ君。相手に謝罪を求めるなど」
「事実無根の懲罰会議をされているのですから、これくらいは要求しても問題無いと判断したまでです」
「(……やはり冒険者は礼儀がなっていないな……)」
エーデンファは周囲に聞こえない小声で文句を言った。
会議を取り仕切っている議長は咳払いをし、
「……時間ですので、一時休憩とします。1時間後に再開します」
各自席を立ち、休憩に入る。ラシファとスカァフも席を立つ。
スカァフはラシファに近付き、小声で話しかける。
「(で、いつまでこんな不毛な時間を過ごすつもりじゃ?)」
「(あと少しですよ)」
ラシファは微笑みながら答える。何を考えているのか分からないラシファにモヤモヤしながら、とりあえず任せることにしたスカァフだった。
・・・・・・
「そんな状況だったのか……」
アージュナは城の一室で、バルアルからラシファ達の現状を教えてもらっていた。
オルカ奪還のためにゴルニア王国へ行く準備をする途中、何故ラシファ達が王国にいるのかをバルアルが話してくれたのだ。
バルアルはソファに深く座りながら
「とりあえずそっちの件はラシファがどうにかする。問題はオルカ君の件だ。顔の無い盗賊団が大人しくオルカ君を返してくれるとは思えない。最悪ゴルニア王国で奴隷として売られたら手が出しづらくなる」
「まだ奴隷制度とかあるのか」
現在、奴隷制度があるのはゴルニア王国だけだ。他の3ヵ国は禁止している。そのため他国出身のメンバーでは奴隷の購入ができない。仮に開放できるとしても相当の時間が掛かる。最低でも3年はかかる可能性があるのだ。
バルアルはソファから立ち上がる。
「ムササビが買い戻してくれるならそれでもいいが、ギルドには戻って来れないだろうな。奴隷という身分からの脱却は王族が絡んでも難しいらしい」
「……早く助け出さないと……」
そう言いつつも、アージュナは俯きながら考え事をしていた。
『アージュナ殿下、貴方こそどうしてそこまでオルカさんにご執心なんですか?』
ムササビに言われたあの言葉が、ずっと頭の中に残っていた。
(…………冒険者よりも、妃の方が幸せになれるんじゃないか……?)
オルカの幸せを考えたら、断然地位が安定している王族の方が良いに決まっている。冒険者という危ない生き方をするよりも、彼女には安全で安心な生活が必要だと感じていた。
そう思わせるのは、彼女が抱える暗い何かだ。
オルカが話さない過去。医者から教えられた傷。何より、彼女の無茶をする姿が見ていられなかった。
だから、冒険者として生きるより、王族として幸せになった方がいいのではないかと思ってしまう。
(なのに、何で踏み切れないんだ……?)
だが、そんな考えを否定したい自分がいる。
オルカに漆黒の六枚翼にいて欲しい。オルカに遠くへ行って欲しくない。オルカと楽しく暮らしたい。
そんな考えが頭の中を巡っている。故に、結論が出せないでいた。
・・・・・・
翌日 早朝
ゴルニア王国へ向かう為、ムササビことジーク、ラグナ商会の関係者数名、バルアル率いる『漆黒の六枚翼』の面々が準備を完了し、ミンファスから出発しようと街の門の前に集結していた。
出迎えにセバスティアンとヘルウィンが来ていた。
「皆さま、どうかお気を付けて」
セバスティアンがしっかりと頭を下げると、アージュナが近寄り、肩に手を置く。
「セバスティアンも、無理はせずしっかりと休養を取るんだぞ。怪我の治療を第一にな」
アージュナがセバスティアンの大怪我を知ったのはつい昨日の夜だった。
「大怪我を自分で無理矢理治して復帰するなんて……、無茶はあまりしないでくれ」
セバスティアンは顔を上げる。
「いえ、これくらいどうという事はありません。アージュナ様も、無理はなさらないでください」
「分かっている。……行ってくる」
互いに身を案じ、無事を祈って歩んでいく。
「アージュナ様、ちょっといいですか?」
ヘルウィンはアージュナに一枚の折り畳まれた紙を渡す。
「これは?」
「オルカ女史に再会できたらこれを渡して下さい。ちょっとした伝言が書いてありますので」
ヘルウィンの表情は分からないが、口調からして、何かしらの重要な情報だと分かる。
「……分かった。必ず渡す」
「お願いします」
アージュナは皆の下へ戻り、門が開くのを待つ。
「そういえば、馬車とか見えないっすけど、何で向かうんっすか?」
ファンは周囲を見渡して質問する。確かに馬車の姿はない。
ジークは門の方を向いたまま答える。
「移動手段は門の外に待機してあります。一刻も猶予が無いので奮発しました」
門が開くと、向こうにその乗り物があった。
それは巨大な籠の形をした部屋があり、両側に合計4騎の籠以上に巨大な竜が幾つもの太い縄で繋がれていた。
「これが最速最短で移動できる『飛行龍機』だ! これでゴルニア王国へ向かう!」
ジークは自信満々に宣言した。
バルアル達は呆気に取られていたが、それ以上に驚いていたことがある。
「な、何で貴方がそこに……?!」
セティの視線は籠の上にいる人物に向けられていた。
その人物とは、
「ああ、この間ぶり、だね」
『陽の神宝』ケーナである。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『王族のしがらみ』
お楽しみに。
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