Ep.49 顔の無い盗賊団
攫われ来たり
「顔の無い盗賊団……?」
アージュナは聞き馴染みのない言葉に首を傾げた。
「知らないのも無理は無い。ここ最近になって現れたからな」
ムササビは顔の無い盗賊団について説明を始める。
「『顔の無い盗賊団』は大きな商会、貴族、権力者ばかりを狙う窃盗集団だ。金目の物は片っ端から盗み、抵抗するなら迷わず殺す。構成人数、詳細が全く不明で、何も分かっていないそうだ。あるのは盗賊団の名前だけだ」
「そんな話聞いたことも無いな。本当に存在しているのか?」
バルアルの質問にムササビは顎に手を当て、難しい表情をする。
「我々ラグナ商会も独自に調査を進めているが、分かっているのは顔が見えないことくらいだとか……」
「随分とあやふやだな」
「それより、オルカの件はどうなるんだ?」
アージュナは割って入るように聞く。
「まさか見殺しにするつもりじゃないだろうな」
そして、ムササビを睨みつけ詰め寄った。ムササビは、
「まさか。身代金はちゃんと用意する。必ずオルカさんを助けてみせます」
真面目な表情で答える。アージュナはその表情に嘘は無いと感じた。
「……分かった。信じる」
「そう言ってもらえるとありがたい」
その会話の隣で、セティが手紙を熟読していた。
「……身代金の金額が書かれていない」
「え?」
ファンも手紙を覗き込む。確かに手紙の文の中に身代金の金額が提示されていない。
「こ、これじゃあいくら用意すればいいのか分からないじゃないっすか!!?」
「向こうはどれだけ大事な人質かを見越してこんな条件にしたんだろう。……嫌な手口を使ってくる」
流石のバルアルも舌打ちをして悪態をつく。
「その辺はどうなんだ?」
「金額については部下達と検討中だ。最低でも3億は出すつもりでいる」
「そんなに出して大丈夫なのか?」
「ギリギリと言ったところだ」
そうか、とバルアルは一先ず納得する。
「本来ならこちらが全額出すべきなんだが……」
「相手の要求先はラグナ商会だ。他の所から借りる訳にはいかない。商会のメンツにも関わるからな」
「……なるほど」
ムササビの考えも理解できる。もし他所から金を借りた場合、大きな貸しになる。その事で足元を見られ、無茶な要求にも答えなければならなくなる。それは商会にとって大きなリスクになるだろう。
例え信頼できるところから借りたとしても、ラグナ商会には財力が無いと悪質な噂を流され、信頼を失う可能性もある。
なので、ラグナ商会だけでこの身代金の問題を解決しなければならないのだ。
バルアルはそれを理解し、これ以上金の事に関しては口出ししないことにした。
だが、気になる事があった。
「金銭面はともかく、何故オルカのためにそこまで?」
ムササビがここまでしてくれる理由だ。オルカと出会ったのはほんの数日前。そこまで親しい仲でもない。それなのに大金を払って取引に応じようとしてくれている。何か理由があるはずだ。
バルアルの質問にアージュナ達も視線を向ける。
「あー、それはだな……」
ムササビは頭を掻きながら、
「恥ずかしい話、私のタイプだったんだ。彼女」
照れ臭そうに答えた。
ムササビの返答に、アージュナ、ファン、セティの表情が強張った。
ムササビは3人の反応を気にせず話を続ける。
「スタイルは勿論、控えめで奥ゆかしい性格もまた好印象でね、あれで博識なのだから更に良し。料理も上手ければなお素晴らしいと思っている。もし彼女が良かったら結婚を前提とした交際を申し込むつもりだったんだよ」
笑いながら答えるムササビに、アージュナ、ファンの表情が引きつりまくる。その様子を見ていたセティとルーは、視線がそちらに向いてしまった。バルアルは必死に笑いを抑えようと手で顔を隠していた。
「な、なるほど……。それが理由か……」
バルアルは笑いを堪えながら答え、一先ず納得した。少し呼吸を落ち着かせ、何とか正常に戻す。
「それなら、彼女の救出に協力したい。相手は殺しも厭わない犯罪集団だ。不測の事態に対応できるだろう」
「その申し出はありがたい。依頼料は後程相談させて欲しい。先に身代金の調整があるのでね」
バルアルの提案にムササビは快諾し、握手をして契約成立を確実にする。
「オルカの身柄を確保するまでは共に行動させて頂きます。いいですか?」
「それはもちろん」
互いに不敵な笑みを浮かべ、しっかりと握手を交わした。
ムササビは今後の方針について簡単に説明する。
「身代金の用意が出来次第、連絡を取って相手と交渉を行う予定だ。おそらくはこの獣国内で済むと思うが、相手の要求しだいでは大きく変わって来るだろう」
「臨機応変に対応ですね!」
ルーが簡潔にまとめる。ムササビは頷いて、
「皆さんにはその都度動いてもらうので、それまでは待機をお願いします」
「了解した。それまでは各自待機しておきます」
それで打ち合わせは終了し、解散することになった。
ムササビは城を後にしようと廊下を歩いていると、
「ムササビさん」
後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこにはアージュナがいた。
「何かな?」
「オルカの話、本気なのか?」
アージュナは真剣な表情でムササビに尋ねる。
「オルカに惚れたって言うのは建前で、他に理由があるんじゃないのか?」
「いや、あれが本音だ。他に何も無いと言えば嘘になるが、9割惚れたからが正しいな」
ムササビの答えに、アージュナは歯噛みする。
「オルカは、そんな簡単な人間じゃないぞ」
「だろうね。少々奥手な部分がある。そこは時間をかけてゆっくりと詰めるさ」
「正直苦手意識持たれてるんじゃないか?」
「それも時間はかかるだろうが、解決してみせる」
アージュナは他に色々言いたい衝動に駆られるが、ぐちゃぐちゃになってまとまらなくなる。頭を掻いて次の言葉を探すが、すぐに出てこない。
その様子を見て、ムササビは小さくを溜息をついてから、
「アージュナ殿下、貴方こそどうしてそこまでオルカさんにご執心なんですか?」
「え?」
アージュナは、ムササビの質問に不意を突かれる。
「私からしてみれば、ただの同じギルドの一員に対してどうしてそこまで必死なのか、疑問に感じる程だ。確かに仲間を大切にする気持ちは大事だが、殿下からはそれ以上に関わろうと必死になっている。これに疑問を持たない方が少ないほどに」
「そ、それは……」
「どうしてですか殿下? お答えください」
ムササビの質問に、アージュナは答えが出せない。
アージュナにとって、オルカはどんな存在なのか、それがハッキリしていない。
関係性の線引きが、曖昧のままなのだ。
そのせいで、アージュナは答えを出せずにいる。
ムササビはアージュナが答えられないと悟り、背を向けて再び歩き出す。
「分からないならそれでもいい。それなら先に進ませてもらう」
「っ!?」
アージュナは何も言えず、ムササビの背中を黙って見送るしか出来なかった。
(オルカは、俺にとっての、何だ……?)
自問自答を繰り返すが、答えは出ない。
・・・・・・
翌日
バルアル達はミンファスにあるラグナ商会の店に来ていた。
ムササビの使者が、身代金の金額が決まったと知らせに来てくれたからだ。
石造りで3階建ての巨大な店に入ると、表は客で活気に満ちていた。その場を素通りして、使者に案内されて従業員専用口から更に奥へ入る。
奥は従業員達が慌ただしく右往左往しており、大声で情報交換をしたり、魔導通話で連絡を取っていたりしていた。
「そっち連絡入ったか!!?」
「まだです!!」
「はい。はい。報道にはまだ伏せておいて下さい。……よろしくお願いします」
「そっちは混乱してない? 大丈夫? 何かあったらすぐに連絡を……」
オルカ誘拐の件で、情報漏洩をしないために奔走しているのが分かる。
獣国も協力を申し出たが、下手に刺激すると人質が危ないと判断し、ラグナ商会だけで対処することは昨日の時点で話が付いていたそうだ。
バルアル達は2階にある作戦本部が仮に置かれているスペースに案内される。
ラグナ商会の全店で情報収集をし、集まった情報をまとめたボードが置かれ、テーブルには『顔の無い盗賊団』の資料が大量に置かれていた。
テーブルの奥にムササビが座っており、リーダーとして取りまとめていた。
「……来たか」
バルアル達に気付いたムササビは立ち上がり、使者を持ち場に戻した。
「身代金の金額が決まった。2億5000万。それが我々が出せる最高金額だ」
「少し下がりましたが、それでも十分過ぎる程の大金だ。相手も納得するでしょう」
バルアルは納得するフリをし、周囲を見る。
周囲の重役はどうも渋々と言った雰囲気だった。この様子でどうして下がったのか、バルアルは察した。
「で、連絡手段は?」
「あれだ」
ムササビの視線の先にあったのは、魔導印刷通信機だ。文面のみで通信する魔道具で、文書を取り込む部分と、吐き出す部分が付いている。
「あの印刷通信機にコードを打ち込んでこちらの文面を送れば届くことになっている。さっき送ったばかりだからまだ返事は来ていない」
「なるほど。声を聞かれる心配を無くした訳か」
バルアルが感心していると、印刷通信機から一枚の文書が出て来た。
部下の1人が文書を取り、読み上げる。
「『金額は確認した。取引に応じよう。
取引場所は、ゴルニア王国 トーパイ 森林地区
ラグナ商会会長一人で持って来ること。現金のみしか受け付けない。
時刻は7日後の夜
もし破った場合は、女の命はない。
顔の無い盗賊団より』」
ムササビは、今までにない程険しい表情になっていた。
「ゴルニア王国、か」
バルアルは、口元だけニヤリと笑っていた。
「ゴルニア王国。これはまた何とも奇遇な……」
「……………………」
近くにいたファンは、眉間にシワを寄せて嫌な顔をしていた。
アージュナはファンとバルアルの反応に気付く。
「ゴルニア王国に何かあるんですか?」
バルアルは口元を押さえながら、
「いやあ、今ラシファ達がいるのがゴルニア王国だから、何とも奇遇なと思ってな」
「え、何でまた王国に……?」
「それは話すと長くなるから、後で教えよう。それより、最も因縁が深いのはムササビだろうがな」
アージュナ、セティ、ルーは頭の上に疑問符を浮かべながらムササビの方を向く。
ムササビは大きな溜息をついて、
「……お見通しなわけか」
「前に一度会ってるからな」
互いにフッと笑った後、
「ならば本名を明かそう。私のムササビという名は仮の名」
「私の名は『ジーク・ロマネスク・ゴルディア―』。ゴルニア王国第1王子だ」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『王国』
お楽しみに。
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