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Ep.45 逆転の魔術師


形勢逆転



 目の前に現れたウシェスとヘルウィンによって、パナディを使う作戦は阻止された。



 ウルパは伸びて来るツタを躱し、部屋の中まで後退する。


 その隙にヘルウィンがパナディを確保した。


「身柄は確保させてもらいます」

「更に!!」


 ウシェスは宝剣を発動し、うねる炎を放つ。放った炎はウルパを通り越し、中にある通信機へ飛び、直撃する。直撃した衝撃で操作していた堕ちた林檎の構成員は吹き飛び、機器は破壊される。


「ちい!!」


 ウルパはユラマガンドとサルトの傍まで後退し、ウシェス達と対峙する。


「あと少しだったのに……!!」


 ウシェスは前に出て、部屋とバルコニーの出入り口の所に立つ。


「誰かは知らんが、これ以上好きにはさせん!!」


 ウシェスの周囲に炎が纏わり、堕ちた林檎達を威圧する。


 ユラマガンドは眉を潜めながら葉巻を吸う。


「参ったな。それに関しては煙で対応できていないんだ」

「それは好都合!! 丸焼きは好きか?」

「食べる側としてなら」

「そうか、残念だ!!」


 炎が強風の如くユラマガンド達に襲い掛かる。部屋全体を埋め尽くす程の火炎が迫りくる。ユラマガンドは懐からある物を取り出し、炎に向かって突き出す。


「【贖罪の十字架】」


 ユラマガンドが呟き、十字架に炎が接触した瞬間、全ての炎が消滅した。


「何!?」


 ウシェスが驚いている隙に、サルトが床を掴む。


「ウンガアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 掴んだ床を取り上げ、尋常ではない握力で潰し、塊を作り上げる。塊を持った腕を振りかぶり、ウシェス目掛けて投擲する。


「っ!!?」

「ウシェス様!!」


 ウシェスの前にヘルウィンが割って入り、何も無い両手から小さなカボチャを指の間に隙間なく出現させる。そして、小さいカボチャを飛んで来る塊に向かって投げた。カボチャは塊と接触した瞬間、大爆発を起こし、塊を見事粉砕した。爆風と閃光が互いに降り注ぎ、衣服を大きくたなびかせる。


「ご無事ですか?」


 ヘルウィンは後ろにいるウシェスの安否を確認する。


「ああ、問題無い!! しかし何故宝剣の炎が……?」

「……その事に関しては、私よりあちらの御仁に聞いた方が早いかと」


 ヘルウィンはバルアルに視線を向ける。バルアルはバツが悪そうな表情をしていた。


「……聖属性魔法。しかも、聖騎士のみが使用できる高位魔法だ」

「え!?」


 ファンが驚くのも無理は無い。聖騎士の情報は聖国によって厳重に秘匿されている。


 その魔法をテロリストが使っているのだから、驚かない方が難しい。


「そ、そんな魔法を何故あんな奴が?!」


 ユラマガンドは葉巻を吸い切り、吸殻を携帯吸殻入れに入れる。


「それは秘密だ。手の内を喋るのは趣味じゃない」


 その時、ユラマガンドとサルトの間に魔法陣が現れる。転移の魔法陣だ。


『時間です。撤退して下さい』


 魔法陣から怪人の声が聞こえる。


「分かっている。部下の回収は済ませたんだろう?」

『無論です』


 オルカは周囲を見渡す。周囲にいたはずの構成員が一人もいなくなっていた。


「いつの間に……」


 ユラマガンドはウルパに視線を向ける。


「撤退です。行きますよウルパさん」

「っ……」


 ウルパは険しい表情をするが、渋々転移の魔法陣へ入る。


「待て、ウルパだと?!」


 ウシェスはウルパの名前を聞いて驚いた。


「ウルパはあの時死んだはずでは?!!」


 ウルパはウシェスを睨んだ。


「ご覧の通り生きている。……次は必ず滅ぼす」


 それだけ言い残して魔法陣の中へ消えて行った。続いて、ユラマガンドとサルトが入ろうとする。


「逃がしませんよ」


 ヘルウィンは大量のツタと小型のカボチャ爆弾で猛襲する。オルカも慌てて杖を取る。


「【40連】【遅延】!!」


 オルカとヘルウィンの魔術と魔法が同時に襲い掛かる。


 それをサルトがユラマガンドを護る様にして身体を被せた。


「ウンガア!!!」


 両者の魔術と魔法がサルトに直撃する。動きは遅くなり、大量のツタが巻き付き、カボチャ爆弾が炸裂する。


 爆炎と轟音が部屋一杯に響き渡り、サルトは炎に包まれた。


「や、やりましたか……?」

「いえ、ダメそうです」


 炎に包まれたサルトは原形を留めており、ただ表面が燃えているだけだった。


「ウン、ガアアアアアア!!!!!」


 サルトは雄叫びと共に全身を大きく広げた。


 炎は吹き飛び、全身は何事もなかったかのように無傷だ。しかもオルカのデバフも解除されている。


「そ、そんな……! 私の魔術が……」

「これは、まさか、『加護』?」


 魔術であれば何かしらの魔力反応がある。ヘルウィンとオルカはそれを感じ取ることができるのだ。しかし、サルトが魔術を発動した気配はない。かと言って単純な身体能力で突破できる可能性は限りなく低い。ケーナも持っている『加護』であれば、異常なまでのタフさにも理由が付く。


 ヘルウィンとオルカは追撃したかったが、攻め手であるヘルウィンが膝を付いた。


「魔力枯渇ですか……。こうなるとどうしようもありませんね」


 怪人との戦闘、展望の間までの移動でかなりの量の魔力を消費していた。ここまでやってまだ魔力が残っているのは、A級魔術師だからである。普通の人ならとっくに倒れているか、死んでいる消費量だ。


 ユラマガンドの煙が蔓延しているせいで、バルアルの炎も使えず、ファンの矢、ルーの魔法砲もサルトに阻まれ、セティの近接攻撃は距離がありすぎて間に合わない。おそらくウシェスの炎も効果はない。


 全員ユラマガンドとサルトが魔法陣に入っていくのを見届けることしかできなかった。


「では皆さん、また会いましょう」


 ユラマガンドの別れの言葉を最後に、魔法陣に完全に姿を消し、魔法陣は消滅した。


 残ったのは、ボロボロになった部屋と、オルカ達だけだった。


 バルアルは奥歯をギリギリと鳴らす。


「いいようにやられただけだったな」

「「「「………………」」」」


 オルカ達は自分達の不甲斐なさを痛感し、沈黙してしまう。バルアルも例外ではなく、悔しそうな表情をしていた。




 ウシェスは展望の間にいるパナディに近付く。


「そろそろか」


 空を見上げ、太陽がてっぺんまで来たのを確認する。


 同時に、パナディが椅子に座ったまま、痙攣を起こし始めた。


 小刻みに揺れた後、大きく揺れ始め、しばらくしてピタリと止まり、椅子に身を預ける様にして力なく項垂れてしまった。


 ぐったりとしたパナディの首にウシェスは手を当て血流の状態を、耳を立てて呼吸の音を確認する。


 どちらもピタリと止まっており、数分程確認し続けたが、戻ることはなかった。


「……死んだか」


 ウシェスは手を離し、ツタが解けて見え始めた青空を仰ぎ見る。


「女王様」


 ヘルウィンが後ろから声を掛ける。


「ヘルウィン、これで忌々しい時代が終わるぞ」

「……はい」


 ウシェスの背中には、憑き物が落ちた様な安心感と、何かを失った寂しさがあった。




 こうして、獣国の動乱は、幕を閉じた。





 


お読みいただきありがとうございました。


次回は『動乱の果てに』

お楽しみに。


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