Ep.44 展望の間にて
王族が民を見下ろす場所で
展望の間
城の上階にある屋外バルコニー付きの大部屋である。
屋外バルコニーは地上から高さ大体120m、部屋は人50人が余裕を持って入れる程広い。
そこからミンファス全体を一望することができ、政がある時はこの場所から通信機を使って挨拶などを行っている。
その展望の間に堕ちた林檎のメンバー数人と、『協力者』がパナディを使って国の乗っ取りを実行しようと動いていた。今の所順調で、滞りなく進んでいた。
堕ちた林檎の構成員数人が通信機を操作し、パナディの頭に装置を付けている所だ。
それを離れた所から見ている2人がいる。
1人は赤紫色の鱗で覆われた蜥蜴人族の男。
背丈は170㎝程度、体型は筋肉質でしっかりとしており、目は灰色で、角の様な突起が左右合わせて8本付いている。大きな尻尾も付いていて、とげとげしい風貌だ。
他の構成員とは違い、ローブをしておらず、神父と格闘家の服装を混ぜた様な格好をしている。
もう1人は全長5mもある大男。
頭にフルフェイスの被り物をしていて素顔は全く見えないが、その屈強で筋骨隆々な肉体はあらゆるものを弾き返しそうな程硬そう見える。
上半身裸でズボンもボロボロだが、目立った汚れも無く、至って綺麗な状態だった。所謂ダメージ加工が施されたものだ。
2人に共通しているのは、服に堕ちた林檎の刺繍が入っていることだ。
蜥蜴人族の男はおもむろに葉巻を出して口に加え、火を付けて一服する。
「計画は順調だが、怪人がやられたのは想定外だったな」
「うー……」
隣にいる大男は唸りながら答える。
蜥蜴人族の男は吸った葉巻の煙を吹く。
「急げよお前達。漆黒の六枚翼の連中が突入してくる可能性は十分高い。そうなったら計画は台無しだ」
静かに、重々しい声で構成員達を急かす。構成員達は蜥蜴人族の男の声を聞いて作業の速さを上げた。
2人の下に、協力者が近付く。
「通信機は問題無く使えそうです。後はパナディ王の声を出して変声機に入れるだけですね」
「そうか。まあ上手く行くのは最初から決まっていたからな」
「そうですね。ありがとうございます、『ユラマガンド』さん」
蜥蜴人族の男の名は『ユラマガンド・エイダ』。堕ちた林檎の幹部である。
そして、
「うー、うー」
「しかし『サルト』さんも来てくれるとは思ってませんでしたよ」
大男の名は『サルト・ブラック』。この男も堕ちた林檎の幹部である。
ユラマガンドはもう一度葉巻の煙を吸い、吐いた。それと同時に、展望の間の部屋の扉の外から騒がしい声が聞こえ始める。
「来たか」
「うう」
サルトが扉の前までゆっくりと移動を始める。扉の前で待ち伏せしようという算段だ。
しかし、ユラマガンドが無言で静止する。扉の前に行こうとした構成員には睨んで静止させ、首を振って離れるよう指示する。
「うー?」
「まあ待て。……来るぞ」
数秒後、扉が爆発した。
正確には、とてつもない火力で一瞬で扉が吹き飛んだのだ。
周囲にいた構成員とユラマガンド達に爆風が当たる。離れていたため、多少熱い風程度で済んだが、近くにいたら衝撃と熱風で大怪我をしていただろう。
爆風の中から、魔法の絨毯に乗ったオルカ達が突撃してくる。
その正面にユラマガンドとサルトが待ち構える。
「っ!」
気付いたバルアルは絨毯を急停止させる。
「ファン!!」
「分かってます!!」
バルアルの指示でファンは矢を連射する。矢は高速でユラマガンドに飛んで行くが、咄嗟に動いたサルトの手で防御され、弾かれてしまった。しかも素手でだ。
「マジか?!」
「ならば」
バルアルが手から炎を出し、サルト達に放射する。
サルトは手をどけ、ユラマガンドが葉巻を勢いよく吸い、炎に向かって一気に噴き出した。
炎は煙と衝突すると、対消滅していく。それどころか、炎を侵食してバルアル達に迫っていた。
「何?!」
「ば、バルさん! 炎を止めて下さい……!」
オルカの言葉通り、バルアルは即座に炎を止める。止めた直後、煙も途切れ、消滅した。
「今のは……」
「おそらく、魔法で増殖する【浸蝕魔術】です……。ただ、全部の魔法を対象にすると魔力を異常に消費するので、種類を指定して魔力消費を抑えるのが主流ですが……」
ユラマガンドはフッと笑う。
「流石A級、ご存じだったか。もう少し遅ければ煙に含んだ毒で全滅できたのですがね」
オルカはユラマガンドの声を、どこかで聞いた気がした。記憶を辿って思い出し、すぐに聞いた時の事を思い出した。
「……最初にカラーさんと出会った時に、去り際にいた方ですか……?」
「ご明察。それだけで行き着くとは、やはり記憶力がいい」
「と言う事は、堕ちた林檎が関与している事は確定ですか」
セティがユラマガンドを睨む。ユラマガンドは葉巻を吸いながら
「そう睨まないでくれよ。まあどの道、貴方じゃ俺には勝てないがな」
「貴様……!」
今にも飛び出しそうなセティをバルアルが止める。
「お前達は何をしようとしている?」
「話すとでも?」
ユラマガンドとバルアルは無言で睨み合う。
「それならクライアントである私から話しましょう」
ユラマガンドの後ろから、協力者が姿を現す。ユラマガンドは協力者の方を振り向く。
「いいんですか?」
「彼らには知る権利がありますから。それに、今更何も出来ないでしょう」
協力者の姿を見て、一番驚いていたのはセラスベルトゥだった。
「馬鹿な……、どうして貴方が……!!」
「驚く事は無いでしょう。それとも微塵も疑ってなかったんですか?」
「どうして、どうしてそこにいるのですか!! テファヌット!!」
協力者の正体は、テファヌットだった。
テファヌットは険しい顔をし、セラスベルトゥを睨む。
「テファヌット? 違うね。私の名は……」
テファヌットは自分の顔を掴む。そして、ゆっくりと剥いでいく。テファヌットの顔の下から、新たな顔が現れる。
完全に顔を剥ぎ、床へと投げ捨てる。そして、新たな顔がしっかりと見えた時、
「は、え?」
「何……?」
「え、え、え??? どういう事ですか?!」
「これは……、なるほど、そういう事か」
バルアル達も驚きを隠せなかった。
驚きの余り、声も出なかったのは、オルカだった。
「…………わ、わた、し?」
そこにあったのは、オルカと瓜二つの顔だった。
違いがあるとすれば、肌の色、顔の火傷と切り傷、鋭い目つき位だ。それ以外は全くと言っていい程そっくりだ。
そして彼女は、自身の名を叫ぶ。
「私の名は『ウルパ』!! お前達穢れた王族によって故郷を滅ぼされた者だ!!!」
その名を聞いて、オルカ達全員が固まる。
ウルパ。アージュナの幼馴染であり、パナディによって殺された者だ。
その彼女が何故ここにいるのか、不思議でならなかった。
セラスベルトゥは、衝撃の余り呆然としていた。それを見たウルパは歪んだ笑みをする。
「驚いたわよねえ? あんた達が殺した女が生きているんだから、そりゃあ驚くわよ」
笑うウルパを見て、セラスベルトゥは我に返る。
「て、テファヌットは? テファヌットはどうしたの!!?」
「……肝心な所で鈍いよね、アンタ。テファヌットは私が変装していた姿、だから私自身がテファヌットだったんですよ、セラスベルトゥ様。何ならアンタの趣味とか当ててあげようか?」
「そんな……」
セラスベルトゥはショックの余り倒れそうになる。セティとルーが慌ててセラスベルトゥを支える。
「……それよりも、目的を教えてくれるかな? ウルパさん」
バルアルは冷静に質問する。ウルパは目を細めながら
「そんなの決まっている。王族を、国を滅ぼすためだ」
拳を強く握り、悔しさと憎しみをにじみ出す。
「私の家族はお前達王族のいざこざに巻き込まれて皆殺しにされたんだ。分かるか? 目の前で4人の弟たちと両親を八つ裂きにされた時の私の気持ちが? 分からないよなあ、こんな良い所でのうのうと生きていたお前に!!!」
言の葉一つ一つに憤怒と憎悪が乗り、今にも殺しにかかりそうな勢いがあった。それほどまでに王族を恨んでいるのだ。
「だからそこにいる王様を利用する。女王は王を貶めようとした反逆者だって他国にも放送して、王族を完全に滅ぼす。そしてここにある王様を傀儡にして私が国を創り変えるのさ」
ウルパの目的に、バルアルは疑問を感じる。
「王族への復讐は分かった。だが国を創り変える理由が分からないな」
「……この国は貴族のせいで腐っているのさ。ここミンファスは緑で溢れているが、地方は荒野か砂漠だ。おかげで平民はいつも飢餓と貧困に悩まされている。地方でいい暮らしができるのは私達から搾取した貴族だけだ。そんな連中を憎むのは当然だろ」
ウルパの解答にバルアルは真剣な表情で
「なるほど、言いたいことは分かった。だがテロリストの手を借りるのは良くないな」
バルアルの言葉をウルパはハッと笑って一蹴する。
「なら他国が助けてくれるのか? しないよなあ。内政干渉だから。……私達が手に入れられる力はこれだけだった。その力を利用して何が悪い?!!」
「だとしてもだ。それで無関係の他者を不幸にしていい理由にはならない」
「正論ばかり並べても意味無いんだよ!!! 現実は正論だけじゃどうしようもできないことが山ほどあるんだ!!! お前はそれを分かっていない!!!」
ウルパとバルアルの口論の間に、ユラマガンドが入る。
「すまんが、議論の時間はここまでだ。ウルパさん、準備ができましたよ」
「…………そうか」
ウルパは冷静になり、屋外バルコニーへ向かう。バルアル達が追おうとするが、ユラマガンドとサルトが進路を阻む。
「どいて下さい……!!」
オルカが【30連】【遅延】を発動する。
しかし、ユラマガンドの吐いた煙に阻まれ、オルカの魔術が無効化されてしまう。
「そんな……!!」
「悪いなミスオルカ。既に対策済みだ」
煙の向こうから、サルトが腕を大きく振り上げていた。そして、オルカ達目掛けて一気に振り下ろした。
「ウンガアアアアアアアアアアアア!!!!!」
拳が振り下ろされたのと同時に巨大化し、このまま当たればオルカ達全員が潰されてしまう。
「全員回避!!!」
一斉に絨毯から飛び降り、散開する。
拳は絨毯を叩き潰し、展望の間の床に大きなひび割れと凹みを作り、凄まじい衝撃と振動が響き渡る。
サルトが床を半壊させたせいで足元が悪くなり、全員が上手く動けない状況になる。
「くっ! このままでは……!!」
「万事休すです!!」
セティとルーが慌てだすが、両者共にすぐには動けない。更に、バルアルの炎、オルカの魔術は対策をされ、ファンの矢もサルトに止められる。例え動けたとしても他の構成員がいるため妨害されて足止めをされるのは目に見えている。もう、打つ手が無い。
ウルパは変声機と通信機のマイクを受け取り、パナディを乗せた車椅子を押して屋外バルコニーに出る。
展望の間は、城下からとミンファスの高台から見えている。なので、パナディが出ていれば言葉の信憑性が増すのだ。
ウルパは変声機を首に巻き、パナディと同じ声が出るか確認する。
「『あー。あー。あー』」
出ている事を確認し、通信機のマイクを口に近付ける。
オルカ達はその光景を見ている事しかできず、諦めと悔しさをにじませていた。
ウルパは満を持して喋り出す。
「『諸君、私は―――』」
ウルパが喋ろうとした直後、バルコニーの外側から大量の蔦が飛び出した。
ウルパの目の前を覆い尽くす程の量の蔦は、バルコニー全体を覆うように溢れ出す。
「な?!!」
ウルパは思わず後退する。
そして、蔦の中から2人の人物が現れる。それは
「間に合った!!」
「危ない所でしたね」
ウシェスとヘルウィンである。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『逆転の魔術師』
お楽しみに。
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