Ep.42 反乱の影
反乱の糸を引く者は
オルカ達は、後から来た正規軍とムササビが率いる武装商隊と合流していた。
軍は人的被害が無いのを確認し終えた後、移動力のある商隊の手配した馬車に乗ってここまで1時間足らずで到着した。ちょうどオルカ達が反乱軍のリーダー、バーシュムを取り押さえた時だった。
バーシュムを尋問しようと詰め寄ったが、暴れる戦象の鼻のフルスイングがバーシュムの後頭部にヒットし、気絶して何も聞きだせなかった。
反乱軍を拘束していく中、軍を率いていた隊長はボロボロになった反乱軍を見渡す。
「流石S級。一騎当千とはまさにこの事ですな」
バルアルはいつものように口元だけで笑いながら対応する。
「それはどうも。それよりも王城の方が気になる。先に戻って状況を確認したい」
「分かりました。ここは我々に任せて下さい。……女王様を頼みます」
隊長は真剣な眼差しでバルアルに頼む。バルアルは手を挙げて答える。
オルカはムササビが連れて来た医者にアージュナを診てもらっていた。アージュナはまだ目を覚まさない。
医者は触診などを行って状態を確認する。
「ふむ、命に別状はないですが、最低半日は目覚めないと思います。魔力を過剰消費した事による気絶ですから、こればっかりは時間に身を任せるしかありません」
「そうですか……。ありがとうございます……」
オルカは目覚めないアージュナの頭を優しく撫でる。
(お疲れ様でした、アージュナさん……。今はゆっくり休んで下さい……)
心の中でアージュナに労いの言葉をかけ、オルカはゆっくりと立ち上がり、近くにいたムササビに近付く。
「アージュナさんを、よろしくお願いします……」
「任されました。ラグナ商会が責任を持ってアージュナ様を護衛します」
ムササビは微笑みながらオルカの願いに答える。
オルカ達はすぐさま魔法の絨毯の乗り込み、城に向かって飛び立つ。
視力が良いファンが城をジッと見つめる。煙が上がったり、変わった人の動きが無いかを確かめる。
「見た感じ大きな変化は見えないっすね」
「内部で何か起こっているかもな。とにかく急ぐぞ」
バルアルは絨毯を加速させ、城へ急行した。
・・・・・・
城内では、ヘルウィンと怪人の対決が続いていた。
ヘルウィンの猛攻が続き、怪人は指を鳴らす暇さえない状況だ。ヘルウィンの後ろで、ウシェスとピールポティが待機し、ウシェスは短剣を抜いては回復魔法で治すを繰り返し、最後の一本を抜いて治している最中だった。
(流石A級魔術師、いや、戦闘にも特化していたから、か)
魔術師は基本的に研究者である。自身が興味のある術式をとことん追求し、新たな領域を開拓するのが本来の魔術師だ。
その中でもヘルウィンは特異で、戦闘技術にも長けている魔術師だ。
本人曰く、炎緑魔法の追求過程で身に付いてしまったらしく、あの身体も研究の副産物らしい。
ウシェスは治療を終え、異常無く身体を動かせるまでに回復した。傍に置いておいた剣を取り立ち上がる。
「加勢はいるか?!!」
大声でヘルウィンに問いかける。
「いえ、ここはどうかお任せを。あとそれ以上近付くと短剣が届く距離になってしまいますのでご注意ください」
「何!?」
ウシェスはピールポティを連れて一歩下がり、距離を取る。
「どういう事だ?!!」
「怪人の使っているのは【時空間魔法】で最もメジャーな【瞬間移動】と【空間操作】です。短剣を指定した位置に移動させ、女王様達の身体に埋め込んだのです。腕を動かせなくしたのは【空間操作】による空間の固定でしょう。魔術師界隈では知られている手法ですからすぐに分かりましたよ」
ヘルウィンは攻撃を続けながら、怪人を見る。
(しかし、あれだけの芸当ができるのは同じA級魔術師のアルセーラ氏だけだったはず。それを何故この様な者が……?)
頭の中で疑問に感じながらも、攻撃を続ける。
怪人はカボチャからの火炎放射、襲い来るツタを全て躱し、徐々に距離を取る。
ヘルウィンが見当をつけている有効射程からは大きく離れているため、短剣の攻撃は出来ない。
「さて、そろそろ結論を出して頂きたいのですが」
「生憎、私はここで敗北も死も選ぶつもりはありません」
怪人はシルクハットのつばを摘まんで、深くかぶる。そして、懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「そろそろお時間ですか、手土産にどちらかの首が欲しかったのですが、残念です」
怪人の背後に魔法陣が展開され、その中に入っていく。
「逃がすとでも?」
魔法陣の中に入る途中の怪人の目の前に、天井からカボチャが落ちて来た。落ちて来たカボチャは怪人の顔の前で静止し、宙に浮く。
ヘルウィンは拳を握り、親指を立て、人差し指の第二関節に浮き出ている魔法陣を親指で押した。
押した瞬間、怪人の目の前にあるカボチャが発光し、大爆発を起こした。小ぶりなカボチャからは想像出来ない爆音と熱、衝撃が同時に発生し、怪人に直撃させる。
炎に包まれた怪人の左半身がダラリと下がり、中途半端な状態で魔法陣に入っていた。左半身は仮面と服が燃え、肌が見える寸前だった。
ヘルウィンは大量のツタを怪人に向かって伸ばす。しかし、怪人はすぐに動き出し、ボロボロになった左半身を素早く魔法陣に入れる。
その拍子で仮面の一部が崩れ、その下の『モノ』が見えた。
ヘルウィンはそれに驚愕する。
「……なるほど、そういう事でしたか」
冷静な口ぶりだったが、ツタの操作が遅くなってしまう程動揺していた。
「やれ。やれ。やれ。少々油断しました。後で上乗せしてもらわないと……」
そう言って怪人は魔法陣の中へ完全に入り、姿を消してしまった。
ヘルウィンはツタとカボチャを中庭に移動させる。ウシェスとピールポティがヘルウィンに近付く。
「よく守ってくれた! 感謝する!!」
「ありがとうございました、ヘルウィン。……無事で本当に良かったです」
ヘルウィンは考え事をしていて、2人からの感謝の言葉は半分ほどしか届いていなかった。
(あれは、魔術協会に報告しないといけませんね。相当厄介だ……)
・・・・・・
セラスベルトゥは、城内の隠れ部屋に身を隠していた。
右腕には侵入者に斬られた怪我があった。流血が酷く、痛みで呼吸が荒れる。
(何てこと……。賊にここまで侵入されるなんて……)
執事やメイド達も数人やられてしまい、自身も剣が振れなくなったため、身を隠すしかなかった。
この部屋ならば、内側から鍵をかけてしまえば外から開けられることは無いので、ひとまずは安心だ。
(とにかく、この怪我を治療しないと)
不得手な回復魔法で怪我の治療を始める。すると、外から声が聞こえた。
「おい、見つかったか?」
「ダメだ。こっちにもいない」
「クソ、こんな事なら殺さなければよかった……」
侵入者の会話に、セラスベルトゥは怒りのあまり険しい表情になる。
「まあいい、本命は別だからな」
「ああ、分かってるさ」
(本命……?)
セラスベルトゥは音を立てないように、壁に耳を当て、会話を聞く。
「―――――――、―――――――」
「―――、―――――――――――――」
会話の内容に、セラスベルトゥは驚愕する。
(何てことだ……。そんな事になれば一大事だぞ……!! 何とかしてこの事を誰かに伝えなければ……!!)
怪我を無理矢理回復魔法で塞ぎ、隠れ部屋の奥にある小窓を開ける。外に侵入者がいない事を確認し、脱出を試みる。
地上までの高さは100m。落ちれば即死は免れない。
窓に引っ掛かるドレスを脱ぎ捨て、隠し部屋に置いてある騎士貴族に変装するための礼服に着替える。長袖長ズボンで、ドレスよりは動きやすい。
小窓から部屋から出て、石積みの隙間に爪を入れて壁に貼り付く。ゆっくりとつま先を引っ掛け、確実に、しっかりと降りていく。強風に煽られながらも、爪とつま先に力を入れて落ちないようにする。
(よし、このまま慎重に……)
次の瞬間、右腕に激痛が走る。怪我をした箇所が痛み出したのだ。
「ッ!!!」
あまりの痛みに、右腕の力が入らなくなってしまった。
右手が壁を掴めなくなり、つい放してしまった。その拍子でバランスを崩し、城の壁から落ちてしまった。
(あ、死ぬ―――)
死を確信し、何もできないまま落下していく。
助からないと分かり切っているせいか、セラスベルトゥは冷静だった。
落ちていく中、せめて酷い顔で死なない様にとしっかりと目と口を閉じた。
地面に直撃するのを待とうとしたその時、
「間に合えエエエエエエエエエエエ!!!!!」
セティの叫び声が聞こえ、セラスベルトゥは思わず目を開ける。
地面に落ちる身体は、何か柔らかい物に拾われ、また宙に浮く。
「な、何だ……?」
セラスベルトゥは身体を起こし、周囲を確認する。そこには、オルカ達『漆黒の六枚翼』のメンバーが周囲を囲んでいた。
セラスベルトゥが落ちたのは、魔法の絨毯の上だ。
セティとルーが心配そうに近付く。
「何をしているんですか貴方は!! 無理をなさるのはお止め下さい!!」
「そうですよ!! ファンさんが気付かなかったら死んでましたよ!!」
1人と一匹に説教され、セラスベルトゥは肩を落とす。
「す、すまない。少々焦っていたもので……」
「何か、あったんですか……?」
セラスベルトゥはオルカの質問にハッとなる。
「そうだ! 急いで城に戻って欲しい!! 大至急だ!!」
焦るセラスベルトゥを見てバルアルは確信を得る。
「どうやら中で何かが起こっているのは確実らしいな」
バルアルは絨毯を方向転換し、城へ侵入できる場所を探し、突き破って入れそうな天窓を見つける。
「これより突入する!! 第一優先は王女、女王達の安全確保だ! 第二に異変の排除! 行くぞ!!」
魔法の絨毯を加速させ、城内へ突撃する。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『黒幕の狙い』
お楽しみに。
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