Ep.40 悪夢、再び
悪夢は何度でも見る物
オルカ達が反乱軍の下へ向かってから数分後
城にいるピールポティはウシェスの所へ向かっていた。
無断で国の宝剣を持ち出したのを伝えるためだ。無許可で持ち出したのだから、罰せられるのは不可避だろう。
その途中、
「おや? ピールポティ様ではありませんか」
「ヘルウィン……」
カボチャ頭のヘルウィンとその後ろにハルンがいた。
「今日は非番ではありませんでしたかあ?」
いつものように柔らかい口調で喋る。
「反乱軍が近くまで来てますからね。防衛の要の私がいなくては話にならないでしょう?」
ヘルウィンは陽気な口調で答えた。
「そうでしたかあ。ハルンも同じ理由ですかあ?」
「はい。負傷者が多数出ると思いましたので」
ハルンは畏まった態度で質問に答える。
「そういうピールポティ様はどちらへ?」
「私はお姉様の所へ行くところですう。お伝えしなければいけないことがありますので……」
「…………何かありましたか?」
ピールポティの変化に真っ先に気付いたのは、ヘルウィンだった。顔を覗き込むようにして頭を近付ける。
「ど、どうしたの急にい?」
「表情に影が見えましたので、何かあったと見て間違いないかなと」
目は分からないが、開いた目の位置にある穴からピールポティを見ているのが分かる。
「そ、そうでしょうかあ……?」
「動揺しているのが何よりの証拠です。あまり詮索はしたくはありませんが、気になって仕方ないので」
「…………」
ピールポティは少し黙って、
「……ヘルウィンには隠せないわねえ……」
溜め息をついて下を向いた。
「実は、さっき弟に宝剣を渡したの。しかも無断で」
「あー、なるほど」
この一文でヘルウィンはピールポティが何をしようとしているのか察した。ヘルウィンは少し考えて、ピールポティの両肩を掴んだ。
「へ、ヘルウィン?」
「状況は分かりました。では私も行きましょう」
「え? どうして?」
何の関係も無いヘルウィンが付いて来る理由が分からなかった。ヘルウィンはフッと笑い、
「愛しきピールポティ様をフォローしたいから、ではいけませんか?」
ピールポティはヘルウィンの言葉にドキッとし、顔を真っ赤にする。
「ななななな何を言っているんですかヘルウィン!?!? い、愛しいだなんて……!」
明らかに慌てながら後退する。ヘルウィンは紳士の礼をして、
「これは驚かせてしまいましたね。最初に会った時から好みだと思って見ていましたよ」
「ふ、不敬です!!」
本人は至って本気で怒っているのだろうが、真っ赤の顔と膨れた頬はとても可愛らしい。
「それで、本当に行くのですか? 隠し通そうと思えば隠せると思えるのですが」
「……それはお姉様に対して失礼です。何より、そんな罪を隠し通せる気がしませんし、そんな自分が嫌です」
「真面目ですねえ」
ヘルウィンは頭を掻きながらピールポティに近付き、片膝を付いて手を差し出す。
「ではそれまで、エスコートさせて頂きます。緊張も良い感じにほぐれたようですし」
ピールポティは自身の張り詰めた感情が解けているのに気付いた。ヘルウィンはこれを最初から狙っていたのかと察すると、感謝の念がでてきた。
「……ありがとうございます。ヘルウィン」
差し出された手に自身の手を置く。
「いえいえ。では早速向かいましょう」
そう言ってヘルウィンが立ち上がる。
「ああそうだ。ハルンはどうします?」
さっきから放置されているハルンの方を見る。ハルンは片耳を押さえながら、
「ああ、自分も行きます。途中まで道は一緒ですから」
「……分かりました」
ヘルウィンは少し頷いて、ピールポティをエスコートする。
「行きましょうか」
「はい」
ヘルウィンとピールポティがハルンの横を通り過ぎ、ハルンが後方に付いた。
数歩歩いて、ピールポティの耳に、ヒュンという風を切るような小さい音が聴こえた。
「? 何でしょ―――」
言葉を全て言い切る前に、ピールポティはヘルウィンに突き飛ばされていた。
ピールポティがヘルウィンに視線を向けた時、
ヘルウィンが、ハルンに斬首されていた。
ハルンの手に持った中型のナイフが薙ぎ払われ、ヘルウィンのカボチャ頭と胴体が分離させられる。頭部が宙を舞い、胴体はゆっくりと地面に倒れていく。
ピールポティは、その様子を倒れながら見るしかなかった。
「ヘル、ウィン?」
やっと出た言葉はゴトン!!と目の前に落ちたヘルウィンの頭の落下音に遮られる。
ピールポティは恐る恐る視線を下に向ける。そこには、こちらを見るヘルウィンの頭があった。
それは彼女の精神に多大なダメージを与えるのに十分過ぎる物だった。
「いやああああああああああああああ!!!!!???」
思わず絶叫し、目の前の現実から目を背けるために、顔を手で覆い隠す。それでも耐え切れず、涙があふれ出てしまう。
「ああ、そんな……! そんな……!!」
ピールポティは立ち上がってヘルウィンの頭部に近付き、膝を付いてしまった。
「どうして、どうして貴方が……!!」
泣きながら睨む。
「答えなさい!! ハルン!!」
視線の先にいるハルンに問う。
ハルンはニヤリと、不気味な笑みを浮かべる。
「惜しい。惜しい。惜しい。もう少しで首を斬れそうだったのですが」
手で顔を隠し、その下から、不気味な笑みを模った真っ白な仮面が現れる。
「初めまして。私は『堕ちた林檎』の『怪人』と申すものです。どうかお見知りおきを」
紳士のような礼儀正しい礼をして挨拶する。ピールポティは目を見開いて驚いていた。
「そんな……、では、本物のハルンは……?」
「ああ、彼なら殺しました」
怪人はあっさりと答える。
「碌に防御魔法も使えなかったので、1分足らずで殺せました。危うく顔までズタズタにしてしまうところでしたよ」
怪人の笑みを浮かべている仮面が更に歪んで笑っているように見えた。ピールポティは言葉を失い、ショックで項垂れていた。
「では、ヘルウィンさんと貴方の母親の下へ行って貰いましょうか」
怪人はピールポティに近付き、ナイフを振り上げる。
「この世界にサヨナラを」
そして、ナイフを視認できなくなる程の速度で振り下ろす。
ピールポティの首に届く直前、強烈な金属音が響き渡る。
怪人のナイフが、長剣によって止められていたのだ。
長剣の持ち主は、ウシェスだ。
「しっかりしろ! 我が妹よ!!」
公共の場での口調ではなく、普段の口調と大声でピールポティに声を掛ける。
「戦場で嘆くな!! 前を向け!! 生きる事を優先するのだ!! それができないなら、戦え!!」
ピールポティはウシェスの言葉に反応して、涙を零しながらも、その場から脱出し、ウシェスの後方に逃げる。
怪人は鍔迫り合いで動けなかった。
「おや。おや。おや。どうしてここに?」
「妹の叫びが聞こえた! それだけだ!!」
ウシェスは剣に更に力を入れ、怪人を押す。
「参りましたね。彼女から仕留めるはずだったのですが」
「仕留めさせるものか!! 王女である私が、そんなことはさせない!!」
ウシェスの持つ剣の剣身から、炎が吹きあがる。全てを赤く染める、紅蓮の炎だ。
「宝剣解放!! 燃えよ『チャンドラーハース』!!」
剣は一気に燃え盛り、火の粉を飛び散らす。近くにいる怪人に火の粉が燃え移り、服を燃やしていく。
「おっと」
怪人はすかさず後退し、燃える服を脱ぎ捨て、一瞬にしてタキシードへ姿を変える。
「押収した服が燃えてしまいました。勿体ない」
「貴様には勿体ないわ賊め!! ここで叩き斬ってくれる!!」
ウシェスは剣を怪人に向ける。怪人はどこからかシルクハットを出し、クルクル回転させて被る。
「そうですね。私も本気を出しましょう」
そう言って、怪人は指を鳴らす形でウシェスに突き出す。
そして、パチンと鳴らした。
音が聴こえた直後、ウシェスの背中に短剣が刺さる。
「な……?!」
「お姉様!!?」
ウシェスは後ろを確認するが、ピールポティ以外に誰もいない。ピールポティが投げる訳も無いので、この短剣は突然ウシェスに刺さった事になる。
(何だ、何が起きた……?!)
「まだ行きますよ」
怪人は再びパチンと鳴らすと、今度は腹の側面に短剣が刺さる。激しい痛みにウシェスは顔を歪ませる。
「ぬ、ぐう!?」
「まだ。まだ。まだ。ハルンさんは11本で死に、31本で処分しました。貴方はそれ以上耐えれますか?」
怪人の一方的な攻撃が始まる。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『This is』
お楽しみに。
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