Ep.37 ケーナVSアージュナ
戦争の先制、支度、そして
防壁が攻撃される少し前
防壁から7㎞離れた平地に反乱軍がいた。
早朝、ミンファスまで10㎞の地点に到達したが、三千の軍勢がしっかりと隊列を整えて進軍させているため、どうしても遅くなる。
「おい! もっと丁寧に運べ! 俺は将軍の息子、バーシュム様だぞ!!」
戦象の上の籠に乗っているチーターの獣人の青年が偉そうに命令していた。
しっかりと鍛え上げられた上半身が見える格好で、防具は最低限しか付けていない。
彼こそが今回の反乱の首謀者であり、前将軍ドゥーラヤードンの息子、バーシュムである。
彼の我儘のせいで更に進軍が遅れているのは、言うまでもない。
バーシュムの戦象は軍の後方で、それにピッタリとつくように前方に軍が配置され、軍の最前に一人の少女がいた。
身長140㎝と小柄で、手入れが行き届いていないボサボサの黒のロングヘアー、虚ろな赤い瞳、真っ黒な肌、全身は瘦せぎすな体型だった。
耳に黄金の耳輪、ボロ布の上に黄金の鎧を付けた何ともアンバランスな格好で、馬が引く戦車に乗っていた。戦車の両隣には、馬に乗る戦士が護衛に付いていた。
少女はまだ遠くにある防壁を半目で見ていた。
「……遅い」
一言文句を呟いた。
「言いたい事は分かりますが、バーシュム様のご命令で、これ以上速く走れないので……」
申し訳なさそうに隣にいる馬に乗った戦士が少女を宥める。
「陽が、暮れちゃう」
少女は不満げにしながら空を見上げた。太陽の位置を確認し、不意に戦車の上で立ち上がった。
「どうなされました?」
「先制、する」
一言呟き、【収納】から一本の槍を取り出す。
槍は全長2mあり。龍の形を模している。これもまた小柄な少女には不釣り合いな代物だ。
少女は槍を天に掲げ、太陽のある方向へ向ける。すると、槍が光り始め、時間経過と共に太陽の様に光り輝き始める。
それを見た戦士は、背筋が凍った。
「伝令! 伝令!! 『ヴィナッシュ・シャクティ』発射態勢!! 全軍停止!!」
三千の軍勢に伝令が一気に伝わり、全員が急停止する。バーシュムの戦象も止まり、全員が止まった。
少女は戦車から垂直に跳躍し、その体型から想像できない高さ30mにまで到達した。
そして、槍を投げる様な構えを取り、大きく身体を仰け反らせて、槍を遠くにある防壁に向かって、突き出した。
「『ヴィナッシュ・シャクティ』」
突き出した瞬間、槍の光が破壊の閃光となって一直線に放たれた。
閃光は通過した平地を焦がす程の強力な高熱を周囲に撒き散らしながら防壁に一瞬で到達し、到達した地点を中心に赤く熱せられ、瞬く間に溶解し、爆発、崩壊した。
何㎞もある防壁ではあるが、その内の直径300m程が吹き飛んだ。熱で溶解しているため、瓦礫は飛ばなかったが、綺麗な大穴が開いたのだった。
熱戦の余波は少女の周囲、軍にも広がる。
強烈な熱風が襲い掛かり、馬は暴れ、軍隊は一斉に伏せて身を護る。バーシュムもモロに熱風を戦象と共に浴びてしまう。
「あっち!? あちちちちち!!?」
あまりの熱さに四肢をばたつかせ、熱さを紛らわす。戦象も大声を上げて地団駄を踏んだ。
少女は綺麗に戦車の上に着地し、ドカッと座り込む。
「これで、向こうから、来る」
満足げな少女の後ろで、反乱軍は恐れおののいていた。
「あれが、S級冒険者、『陽の神宝』ケーナの実力か……」
・・・・・・
ミンファスにいるウシェス達は急いで城の一番高い所まで上がり、防壁の様子を望遠鏡で見る。
防壁は無残にも崩壊し、向こう側の平地が見えてしまっていた。
それを見たウシェスは険しい表情になる。
「……あれで死者が出ていないのは奇跡か……」
「ですな。しかし、これで状況が一変してしまいましたぞ」
ジェブも険しい表情で状況の悪化を懸念していた。
「あれだけの一撃を目撃すれば士気は当然落ちます。現場は報告がちゃんと来るので、まだ混乱が少ない状況ですが、もう一撃貰えばどうなるか……」
ウシェスは拳を強く握った。相手の戦力を見誤り、国の防衛機能の一部に大損害を出してしまった。女王になったばかりでこの失態は痛い。
「……バルアルよ。敵の正体は把握できているのか?」
振り向かずに、バルアルに問う。
「ええ。『陽の神宝』ケーナ、まだ齢13にしてS級冒険者に認められた神童。装備しているモノ全て彼女と特殊な契約がされた魔術礼装で、1人で二千の甲殻アリを全滅させた記録があります」
「甲殻アリ……。一匹でもCは下らない魔獣だったはずだ。それが二千、1人で全滅させた、か」
「しかし分かりませぬな。どうしてそれほどの実力者が反乱軍に加担を? 失敗すれば国家反逆罪で一生追われるリスクがあるというのに……」
シャーの疑問にバルアルは複雑な表情になる。
「……彼女、あまり賢くないんですよ。言い包められやすい上に騙されやすいというか……」
バルアルの口ぶりからして、過去にも何度かやらかしているのが分かる。その様子を見たウシェスは話を切り替える。
「……お主も苦労したのは分かった。弱点は?」
「影ですかね。太陽が無いとさっきみたいな攻撃は出来なくなります。それでもA級相当の戦闘能力を備えていますが」
「なるほど……」
ウシェスは顎に手を当て、考え込む。そして、振り返ってバルアル達と向き合う。
「作戦を変更する。漆黒の六枚翼達は先行し、ケーナと接触せよ。接触出来次第、無力化するのだ。手段は問わん。報酬は先程決めた金額に200万上乗せだ。可能であれば反乱軍を殲滅しても構わん」
バルアルはニヤリと笑い、
「承知しました。すぐに準備いたします」
ウシェスの依頼を承諾する。バルアルは後ろを振り向いて、
「聞いた通りだ。早速敵地に向かい、S級冒険者と接触し無力化する。敵の強さが強さだけに厳しい戦いになるだろうが、勝たないとこっちが危ないからな。だから勝つぞ」
いつもの様に笑みを浮かべながら宣言する。オルカ達も気合を入れる。
「あとアージュナ、セティ、ルー、お前達も来い」
「「「え?」」」
不意を突かれたのか、2人と一匹は情けない声で返事をする。
「当たり前だろう。同じギルドの一員として来てもらうぞ。支度しろ」
そう言ってバルアルは下へと降りていく。
「書類を書いたらすぐに向かう。各自しっかりと準備を済ませておけ」
・・・・・・
オルカ達が既に準備を済ませているため、残るはアージュナ達だけだ。
アージュナが執事達に付き添われながら支度をしていると、
「アージュナ、今いいかしらあ?」
ピールポティが入って来た。手には何か大きな包みを持っている。
「ピールポティ姉上、どうされましたか?」
「貴方にこれを~」
微笑みながら包みをアージュナに手渡す。アージュナは恐る恐る中を開ける。
包みの中には、双剣が入っていた。
双剣は刃の部分を一目見れば分かる程の業物で、例え同じ金属でも一方的に斬る事が出来そうな切れ味と鋭さが伝わってくる。柄の部分には機能を重視しながらも、高級な細工がされている。そして、柄頭には宝石が埋め込まれていた。
アージュナは初めて見る素晴らしい双剣に驚きを隠せなかった。
「ピールポティ姉上、これは……」
「宝剣『アプラジート』。ファリア王家に伝わる無敵の宝剣よ」
ピールポティはいつものおっとりした口調ではなく、優しくも芯のある話し方になる。アージュナの手にソッと触れる。
「本当は無許可で持ち出すのは禁止されてるけど、貴方が無事に戻って来てくれるのなら、それを犯しましょう」
アージュナの目を見つめ、身を案じる様に手に力を入れる。
「ごめんなさい、いきなりこんな戦いに巻き込んでしまって……。……本当は嫌でしょう?」
申し訳なさそうに語る彼女の姿に、アージュナは複雑な感情を抱いた。
「……確かに、この国に加担する義理は無い。依頼じゃなかったらすぐにでも逃げている所だ」
「………………」
ピールポティは肩を落とす。当然といえば当然なのだが、やはり口にされると辛い。だが、
「けど、今は姉上達がいる。共に戦いたい仲間がいる。だから、嫌じゃない」
微笑みながら否定した。ピールポティは頭を下げ、今にも泣きそうになる。あれだけ酷い仕打ちを受けたにも関わらず、こんなにも優しい人に育ったことに、嬉しさを感じていたからだ。
ピールポティは涙を堪えながら、
「どうか、無事に、帰って来て下さい……」
震える声で願った。アージュナは手を握り返して答える。
「必ず、生きて帰ります」
部屋の外で、セラスベルトゥが心配そうな表情で立ち聞きしていた。
かける言葉を見つけられず、ただただ、立ち尽くしていた。
・・・・・・
全員の準備が完了し、城の前に集合していた。
セティ、ルーも完全武装で戦う準備をしっかりと整えていた。
「セティさん、大丈夫なんですか……?」
病み上がりのセティをオルカが気遣う。
「心配無用です。前よりも頑丈な鎧で衝撃に対しても最高レベルの安全性を誇ったものを装着しております」
全く問題が無いことをアピールするセティはどこか誇らしげだった。
「そ、そうですか……」
少し困っていると、アージュナが近付いて来る。
「オルカも大丈夫なのか?」
心配そうに声を掛けてくれた。
「は、はい……。この通り、元気です……」
ふと、昨日の事を思い出す。
アージュナは自分の事をどう思っているのだろう?
どうしても気になって仕方が無かった。
だから、
「アージュナさん……、戦いが終わったら、お聞きしたい事があるのですが、いいですか……?」
聞く約束をする事にした。
アージュナは真っ直ぐ見つめてくるオルカに、真剣な物を感じ取った。アージュナもオルカを真っ直ぐ見て、
「ああ、いいぜ。何でも聞いてくれ」
微笑んで快諾してくれたアージュナに、オルカは嬉しそうに頷く。
それを書類を書き終えて、近くで見ていたバルアルは微笑みつつ、
「そろそろ時間だ。早くしないともう一撃飛んで来るぞ?」
「う、うっす!」
「はい……!」
2人は慌てて距離を取って取り繕う。
バルアルは魔法の絨毯を広げ、一番乗りで絨毯の上に乗る。
「これで飛んで行く。急がないと危険だからな」
オルカ達は急いで絨毯に乗り、全員が乗ったのを確認したうえで宙に浮き始める。
それをウシェス達三姉妹、セバスティアン、ジェブ、シャー、ヘルウィン、ハルン達が見送る。
「最後に言い忘れていた! 全員生きて帰って来い! これは絶対だからな!!」
ウシェスの命令に全員が頷き、絨毯は目的地に向かって飛び立った。
あっという間に小さくなり、猛スピードで飛んで行ってしまった。
「頼んだぞ。皆」
ウシェスは小さく呟き、拳を握りしめた。
・・・・・・
バルアル達を乗せた絨毯は早々に防壁を超えた。
その先に反乱軍が列をなしているのが見えた。バルアルは双眼鏡を覗きながらケーナの場所を探す。
「…………いたぞ。あそこだ」
絨毯に手を置いて、軍の先頭にいるケーナに向かって降下する。
それに気付いたケーナは、すかさず槍を構えた。
「…………あれは、バル?」
見覚えのある顔に動きを止める。
「ど、どうされましたか? ケーナ様」
隣にいる戦士が声を掛ける。ケーナは手をかざして、
「全員、後退。敵、悪過ぎる」
「はい?」
太陽の光の中から、絨毯に乗ったバルアル達がケーナ達の前に着地する。強い光に紛れて視認しづらくして降りて来たのだ。
反乱軍はいきなり現れた敵に即座に剣を向ける。
「何者だ!?」
「邪魔」
バルアルの炎が反乱軍を襲う。
と言っても、大げさではあるが、ギリギリ火傷しない程度の火力で全体に飛ばしているだけだ。
「うわあああああ!!?」
「熱!!? 熱!!」
炎に襲われた兵士達は慌てて後退する。ケーナの周りにいた兵士はいなくなり、ケーナ対漆黒の六枚翼という構図が出来上がった。
ケーナは槍をバルアルに向ける。
「何か、用?」
「ちょっと話がしたくてな。どうして反乱軍に付いてるんだ?」
「お金、ご馳走、沢山、貰った。だから、受けた」
「やっぱりそういう理由か……」
バルアルは頭を抱えてしまう。
「あのな、ケーナ。そんな安請け合いするなって前にも言っただろう。それで会合でも色々指導を……」
「難しい、話、無理。力で、退けて、みせろ」
堂々とした態度でアホみたいな事を言い返してきた。バルアルが頭を抱えるのも分かる気がする。
「…………大変ですね」
「ああ……」
オルカのフォローが妙に染みるバルアルだった。
ケーナは戦車から降り、槍をオルカ達に向ける。
「誰から、来る?」
ケーナの誘いにバルアルが無言で出ようとした時、横からアージュナが前に出て来る。
「俺がやる」
アージュナの言葉にバルアルは眉を潜める。
「……どういうつもりだ?」
「元を辿れば俺の家の問題です。だから俺が片を付けたいんです。……ここは、任せて下さい」
いつになく真剣な頼みに、バルアルは動きを止める。
「……やるんだな? お前の嫌いな故郷のために」
バルアルはアージュナに問う。嫌になって飛び出した国のために命を賭けるのか、と。
アージュナは微笑んで、
「はい。大っ嫌いな故郷のために」
バルアルに答えた。
それを聞いたバルアルは、小さく溜息をつき、
「分かった。ここは任せた。ただ危なくなったら遠慮なく止める。いいな?」
「はい!!」
アージュナがしっかりと答えるのを見て、バルアルはオルカ達のいる後方に下がった。
アージュナは双剣を抜き、ケーナに立ち向かう。
「待たせたな」
「待って、ない。さあ、始め、よう……!!」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『太陽の槍、無敵の剣』
お楽しみに。
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