Ep.35 女王生誕と反乱因子
女王生誕直後の晩餐会で
ウシェスが女王宣言をした後、晩餐会は滞りなく進んでいた。
国が誕生して以来初の女王、それに対する不安や疑問、様々な意見が出てもおかしくなさそうだが、ここにいる貴族や上流階級の者達はそんなことは全くなかった。むしろようやく言えたと安堵しているようにも見える。
ウシェスに挨拶する者達は、
「即位おめでとうございます、ウシェス女王様」
「長かったですなあ。これで努力も報われるという物です」
「ようやく悲願が叶ったという訳ですな」
口々にお祝いの言葉をしていた。ウシェスが今日、即位することを知っていた面々だろう。
この状況にオルカとファンは戸惑っていた。
「な、何だか大変な事になりましたね……」
「う、うっす。ここにいていいんすか?」
2人はバルアルの方を見る。バルアルは呑気に酒を楽しんでいた。
「いていいに決まってるさ。今回はこれが目的でもあったからな」
不敵に笑うその表情に、オルカは、
「……もしかしてこうなる事を知っていたのですか……?」
恐る恐る聞いてみる。バルアルはフッと笑う。
「勿論さ。そういう情報はつねに収集しておかないと、指名クエストが来た時に受けるべきかどうかの判断が付かないからな」
「ど、どうして先に言ってくれないんすか?!」
ファンが思わず声を上げる。対してバルアルはグラスを揺らしながら、
「仲間内でも広め過ぎてはいけない情報はある。下手に知り過ぎると不要なトラブルに巻き込まれるから教えなかった」
バルアルなりの考えがあって教えなかったと知り、ファンは黙ってしまった。
「あら? 貴方……」
不意に、オルカに話しかけてくる象の獣人の熟女が現れた。年相応の服を綺麗に着飾り、位が高く見える。
「ちょっとお顔を見せてちょうだい」
「は、はい……」
訳も分からないまま、オルカはその女性に自分の顔を見せる。女性はマジマジとオルカの顔を見て、
「やっぱり! アージュナ王子のご友人にそっくりだわ!」
女性はニコニコしながら喜んでいるように見えた。
「あ、あの……。貴方は……?」
「あらごめんなさい。私は財務大臣を務めている『ガナーシア』の妻の『カンテ』と申します」
礼儀正しい姿勢で礼をする。オルカも後を追う形で礼をした。
「そ、それで、友人に似ているというのは……?」
さっきの言葉は何だったのか、オルカはそれが気になった。
「その話ね。貴方がアージュナ様のご友人、ウルパさんによく似ているのよ」
「ウルパさん、ですか?」
「ええそうなの」
「今は亡き、アージュナ様の幼馴染です」
・・・・・・
ウシェス達が招待客の対応に追われている隙に、アージュナは会場から抜け出してベランダにいた。
夜風を浴びながら疲労した精神を休ませる。
(…………呆気なかったな)
アージュナは数時間前の事を思い出す。
王女達に案内され、パナディ王と面会した。
パナディ王は巨大な寝室で1人、ベッドで寝ていた。毎日世話はされているため、汚れていたり臭ったりはしていない。むしろついさっき身体を洗ったかのように、清潔そのものだ。腕には点滴がついている。
憎かった父、パナディ王は姉達の策略で意識不明の昏睡状態になっていた。
その姿はまるでミイラの様にやせ細り、生気も全く無く、呼吸も微弱で生きているのが不思議な位衰弱していた。眼は開いているが、虚ろで光も無い。意識は確実に無いだろう。
アージュナはパナディ王に近付き、睨みつける。
「よう、クソ野郎。見届けに来たぜ」
悪態をついても反応は無く、ただただ掠れた呼吸音をさせるだけだった。
前に見た時には、どんな獣人よりも逞しく、雄々しく、負ける姿を想像できないほどの肉体の持ち主だった。それが今では見るも無残な姿へと変わり果てていた。
それを見下すアージュナの肩に、ウシェスが手を置く。
「もう意識は戻らん。長い時間を掛けて追い込んだからな」
ウシェスの話だと、アージュナがいなくなってから毎日微量の毒を盛り続け、今まで死なない程度に生かしてきたという。
ウシェスはパナディ王の傍により、
「今日までお疲れ様でした。後の事は我々にお任せ下さい」
ひどく平坦な言い方だが、その中には、軽蔑が含まれていた。懐から瓶を取り出し、蓋を開け、ゆっくりとパナディ王の点滴に混ぜていく。
「……これで明日の昼には心停止、自然死する。戴冠式が終わる頃だから丁度いいだろう」
汚物を見るような目で実の父を見ている。それを見たアージュナは、
「……一つ聞いて良いか?」
「何だ?」
「どうしてそこまで憎む。俺には理由があるが、姉さん達には無いだろう」
静かに聞くと、ウシェスは拳を握った。
「そうか、知らなくても仕方ないか。なら教えてやろう」
振り返り、アージュナと目を合わせる。
「この男は、母に毎日罵倒と暴力を繰り返していたのだ」
「っ」
アージュナは言葉に詰まった。今まで何度も会ったが、そんな様子は一度も見なかった。
しかし、考えてみれば、この男が卑劣な行為に及んでいたのは想像に容易い。男が欲しかった王家からしてみれば、女ばかり産む王妃はよく思われなかったのだろう。
気まずそうにしながら、口を開く。
「そう、だったのか」
「案ずるな。母は決して弱みを見せない方だった。お前のせいではない」
そう言ってウシェスは部屋を出ようとする。
「アージュナはどうする? まだいるか?」
もう一度だけ王の顔を見る。
思い出すのは、最初に会った時に嫌な顔をしていたこと、酷い虐めにあっているのを目の前で目撃してもそれが当然だと言い切ったこと、幼馴染ごと街を壊滅させてた時に怒りをぶつけ訴えた時には謝るどころか正当化して鼻で笑ったこと、嫌な思い出ばかりだ。
アージュナも王に背を向ける。
「もう、用はない。このまま惨めに死んでくれるなら本望だ」
たった一人、苦しんで死んだ母の分の恨みを乗せて言い放った。
「……そうか」
ウシェスはそれだけ言って納得した。
そして、扉が閉まりアージュナ達は晩餐会へと向かった。
アージュナはもっと抵抗されるかと思っていたが、想像以上に動かなかったので、拍子抜けした。
「もっと色々されると思っていたが、何も無くて逆に緊張損したぜ」
独りぶつくさ言っていると、
「お疲れのご様子ですね、アージュナ様」
後ろからセバスティアンが音も無く現れた。
「おお?! ……何だセバスティアンか。驚かさないでくれ……」
驚いて身体をのけぞらせるが、すぐに焦りを収めた。
「何の用だ?」
「明日の戴冠式ですが、どうやら妨害を目論んでいる連中がいるそうです」
「……反乱因子って奴か」
この6年で政府の上層部を全て取り換えたのだ。その分恨まれていてもおかしくはない。
「具体的には?」
「反乱軍を率いてミンファスに攻め込んでくる、とのことです」
「そうか……」
アージュナは街を見下ろし、風景を眺める。
(いくらあの王が嫌いでも、この街には罪はない。……守ってみせるか)
心の中で決め、セバスティアンに言い切る。
「被害はなるべく減らしたい。なんとかバルアルさん達に加勢してもらえるよう説得する」
「畏まりました」
・・・・・・
オルカは、晩餐会の会場を後にし、中庭にいた。
カンテから、昔に亡くなった幼馴染によく似ていると言われ、複雑な感情になり、会場から飛び出してしまった。
(もしかして、私はその子と似ているから、気に掛けてくれた……?)
アージュナは『オルカ』ではなく、亡くなった『ウルパ』の面影を重ねていただけではないか、最初から自分の事を見ていないのではないかと勘繰ってしまう。
そう考えると、悲しい感情が溢れて来た。
「ふ、ふふ。ふふふ」
何故か笑いがこみ上げる。その拍子に、オルカの瞳から涙が零れてきた。
自分自身ではなく、代わりとしてしか見ていなかった。そう思えばそう思う程、滑稽で、空しくて、涙が出て止まらなかった。
オルカは1人、膝をついて蹲る。
「うう、ううううう……!!! ああああああああああ……!!!!!」
今までに感じなかった胸の苦しみに、ただひたすらに泣くしかなかった。
どうしてこんなにも苦しいのかも分からず、初めて知る痛みに、ただただ泣く事しかできなかった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『反乱軍、新たなS級』
お楽しみに。
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