Ep.32 ファリア王家と宮廷魔術師
アストゥム獣国の城に住まうは3王女
馬車がミンファスに入って1時間
オルカ達一行はもう一つの城壁を抜け、街へ入る事ができた。ムササビ率いるラグナ商会は街へ入る検査があるため、ここでお別れとなる。
ムササビはオルカのいる馬車に駆け寄り、
「この街にはしばらくいますので、また会うかもしれません。その時は改めておもてなししますね」
「はい、ここまでありがとうございました……」
互いに微笑みながら、オルカを乗せた馬車は城へ向かって動き出した。
街は獣人で溢れ、明るい賑わいを見せていた。
建物はレンガや切り出した岩を積んだ造りの物が殆どで、サイズも大きい。昔からの建物は茶色の岩肌が丸見えだが、最近の建物は日焼け防止のために色とりどりの塗料が塗られている。基本は平屋だが、大きい建物は高さ20mはある。
そんな建物が立ち並ぶ街には、褐色肌の獣人達が生活している。暑い気候のせいか、殆どの者が肌の露出が多い薄着で過ごしているのが分かる。着ている服も薄い布でできた通気性の良い物ばかりだ。
独特の音楽があちこちで響き渡り、踊りを踊る者、歌を歌う者などが見受けられる。
活気に溢れた街を抜け、王宮へと向かって行く。
しばらく大通りを進み、曲がりくねった斜面を登って城へ到着した。
城は石造建築の宮殿と、他国の城が融合したデザインになっており、偉大さをアピールしている様な見た目をしていた。
城壁よりも大きい城を見上げながら城壁を抜けると、10mはある石像達が出迎えてくれた。獣人の男性と女性の像が両側に立ち並び、城の入り口まで続いている。
入り口に到着すると、大勢の兵士や従者が整列して出迎えてくれた。
入り口は巨人が通るのを想定した様な大きさで、巨大な石柱が立ち並び、城まで更に道が続いていた。
オルカ達の乗っている馬車が停まり、メイドや付き人達が降り始める。列に加わり、出迎える方に移ったのだ。
その後、アージュナを先頭にオルカ達が馬車から降りる。オルカとセティはここに来る前にいつもの冒険者の服装に着替えさせられていた。
アージュナが前に出た瞬間、一斉に出迎えに来た者達が、背筋を伸ばし、片方の腕を水平にした状態で拳を胸に当てる獣国特有の敬礼をした。
「アージュナ王子、御帰還! アージュナ王子、御帰還!」
一番階級が高そうな一人が代表して大声で宣言すると、城の扉が開く。扉の奥にも大勢の兵士やメイド、執事達が整列していた。
その中心に、3人の獣人の美女が立っていた。
それぞれ赤、青、黄色の露出の多い豪華なドレスを着ており、頭には宝石が散りばめられたティアラ、首元には金でできたネックレス、腰には全員剣を吊っている。
全員の共通点として、アージュナと同じ金色の瞳をしていた。
赤いドレスを着た目つきの鋭い美女を中心に、青と黄色のドレスを着た美女は一歩下がった位置にいる。その隣にセバスティアンとルーの姿があった。
(姿を見せないと思ったら、先に来ていたんですね……)
お座りしているルーを見つけてそんな事を思っている間に、オルカ達は扉を通過して美女たちの前に立っていた。
アージュナは片膝を付いて跪き、首を垂れる。それに続いてバルアル、ファン、オルカとセティに付いている魔術師達が同じ様に跪き、首を垂れた。オルカとセティも動く範囲で姿勢を取る。
「アージェナ・ヌウト・ファリア、ただいま帰還しました」
赤いドレスの美女はアージュナに近付き、
「よくぞ戻られた。無事に戻って来たこと、嬉しく思うぞ」
王族特有の威圧感を出しながら、アージュナ達を向かい入れる。赤いドレスの美女は周囲にいるメイドと執事を見て、
「アージュナと共に客人達を応接間に案内せよ。無礼を働く事は絶対に許さん」
「「「「「畏まりました。王女様」」」」」」
王女の威厳ある命令に、数十人のメイドと執事達が一斉に動き出す。兵士達も一斉に動き出して道を開ける。
オルカ達はメイドと執事達に案内されて城の中を進んでいく。
城の中にはいくつもの中庭が設置され、花が咲いていて非常に華やかだ。とても高い天井の廊下も趣があって見ていて飽きない。
オルカは中庭の植物達を見て、見覚えがある事に気付いた。
(あれは……、確か……)
そして、宮廷魔術師が誰なのか大体見当が付いてしまった。
・・・・・・
数十分進み、ようやく応接間に到着する。
中に入ると、客人を持て成す事に特化した素晴らしい造りの部屋があった。
豪華な装飾品、機能性と意匠を追求した家具の数々、置かれている美術品も相当価値のある物ばかりだ。
オルカ達は椅子に座り、付いてきた人達は部屋の隅、オルカ達の隣に立つなどしていつでも動けるよう待機した。
とりあえずゆっくりできる時間になったため、オルカは魔術師に頼んで、フカフカのソファに下ろして貰い、深く腰掛ける。
オルカは小さく息を吐いた。
「お疲れオルカ。何かお茶を入れて貰おうか?」
アージュナが優しく声をかける。
「いえ、私は大丈夫です……。それよりファン君の方が……」
ファンの方を見ると、ガチガチに緊張していた。彫像と見間違うレベルで身動きができていない。
「ちょ?! 大丈夫かファン!?」
「だだだだだだだだだだ大丈夫です」
「全然大丈夫じゃない!!」
それを見ていたバルアルは思わず笑ってしまった。
「ファン、ちょっと、面白いんじゃあないか……?」
「バルさんも笑ってないでどうにかしてください!!」
微笑ましい談笑をしていると、一人の兵士が入って来た。
「アージュナ様、皆様、まもなく王女様達が参られます。ご起立願います」
アージュナ達は即座に切り替えて起立する。オルカとセティも魔術師に頼んで起立させてもらった。
そして、
「ウシェス様、セラスベルトゥ様、ピールポティ様、御入場!!」
兵士が宣言すると、部屋の扉がゆっくりと開き、先程会ったばかりの3人の美女、王女達が入って来た。その後ろにセバスティアンとルーの姿が見える。
赤いドレスの王女は、
「遠路はるばる良くぞ参られた。私はアストゥム獣国第一王女『ウシェス・アサラス・ファリア』である」
彼女は薄茶色の幅のあるロングヘア、大きなライオンの様な耳、鋭い金色の瞳、濃い褐色肌、長身で抜群のスタイルをしている。その風体は王女に相応しい物だ。
「アージュナもよく帰って来てくれた。かれこれ6年か?」
「……左様でございます」
アージュナはどこか不機嫌そうに答える。普通の市民なら不敬罪だろう。
ウシェスはフッと笑い、
「相変わらずか……、まあ、この状況では互いに語りにくいだろう。メイドと執事、兵士は退室しろ」
指示された者達は敬礼して、すぐに部屋を出て行った。最後に出て行く者が頭を下げながら扉を閉め、残ったのはオルカ一行、王女達、セバスティアンとルーだけになった。
ウシェスは小さく息を吐き、
「良くぞ帰って来た我が弟!! 元気にしてたか!!」
突然男っぽい笑い顔になり、大声で喋り始めた。
いきなり人が変わったことにオルカは驚き、身体が固まる。アージュナは溜息をついて、
「ウシェス姉上、いきなり大声を出さないで下さい。あと、無理矢理返って来させたのはウシェス姉上でしょう……」
頭を押さえて反論した。
「む、そうだったな。しかし、こうでもしないと帰って来なかっただろう?」
「……好きで帰ってくるとでも?」
睨むアージュナにウシェスは笑顔で、
「安心しろ! お前が帰って来たくない原因は全て排除した! もう大丈夫だぞ!!」
ワハハハと笑い飛ばしながらウシェスが答えると、アージュナは目を丸くしていた。
傍から聞いているファンとオルカは完全に置いてきぼりなので、何の話かまるで見当がつかなかった。
「えっと……、何のお話ですか?」
オルカが恐る恐る質問する。
「む、貴方は確かオルカ殿だったな。セバスティアンから話は聞いている。弟を良くしてくれて感謝申し上げる」
さっきまでの笑い顔が一瞬で真剣な表情に切り替わり、オルカに感謝の意を伝えた。
(き、切り替えが凄い方だなあ……)
「ウシェス姉さん、勢いを付けすぎです」
そう言って制止しようとしたのは青のドレスを着た王女だ。
薄茶色のサラサラとした綺麗なショートヘア、少し小ぶりなライオンの耳、凛々しい金色の瞳、褐色の肌は綺麗に手入れされていて張りが見える。細身で華奢に見えるが、薄っすらと筋肉が盛り上がっている。
ウシェスは少し反省した様子で、
「おお、そうか。久し振りに弟と再会できたから高ぶってしまった。今後気を付けよう」
「そうしてください。ウシェス姉さんは第一王女なのですから」
「分かっているとも」
青の王女はオルカ達の方へ近付き、
「初めまして、アストゥム獣国第二王女『セラスベルトゥ・アサラス・ファリア』です。改めてご挨拶を」
頭を下げて挨拶をする彼女に釣られてオルカとファンも頭を下げる。
「ではでは、私もよろしいかしらあ?」
物腰柔らかい雰囲気で近付いてきたのは黄色の王女だ。
全身を覆う位大量にある薄茶色の縦ロール、程よい大きさのフサフサのライオンの耳、優しそうな金色の垂れ眼、2人と同じ褐色の肌をしている。スタイルは普通だが、胸は明らかに一番大きい。
布面積の少ないドレスの裾を持って、優雅に頭を下げる。
「アストゥム獣国第3王女『ピールポティ・アサラス・ファリア』です。お見知りおきを~」
彼女達とアージュナの持つ『ファリア』。これこそがこのアストゥム獣国を何代も治めて来た王室。『ファリア王家』である。
3人は丁寧に挨拶と自己紹介をしてくれた。普通の上流階級の者ならしない行動をしてきたので、オルカはとても驚いていた。
(上流階級の方でも、こんなに礼儀正しい方がいるんだ……。前会った貴族の人とは天と地ほど違う……)
嫌な思い出を思い出してしまったが、何とか消してオルカも挨拶をする。
「オルカ・ケルケです……。本日は……」
「おっと、そういう堅苦しいのは無しだ! 私達が無理矢理呼びつけたのだから、無礼講で一向に構わんぞ!」
ウシェスはオルカの長い挨拶を遮った。
「まあ他の者達がいる前では堅苦しくしてくれた方が良いが、こういう場では気楽にしてもらって構わん! 弟の友人なら尚更だ!」
「は、はあ……」
豪胆な態度で予想外の返答が来るので、オルカはちょっと困ってしまった。焦っているオルカを見て、バルアルは王女達に近付いて頭を下げる。
「王女様方、本人達も少々困惑していますので、そろそろ手心を加えて頂けるとありがたいのですが」
「そうか? では落ち着いてからゆっくり話そう!」
「は、はい……」
ウシェスはバルアルに向き直り、
「バルアル殿は相変わらず誠実なお方だ! 弟を改めてよろしく頼む!」
「仰せのままに」
互いに微笑んではいたが、どこか探り合っている感じがあった。
「それで、姉上達はどうして呼び出したんです?」
アージュナがいきなり本題に入った。早く事を進めたい気が分かり易く出ている。
「む、そうだった! 早速オルカ殿とセティを治したい! なのでもう宮廷魔術師を待機させているのだ!」
指をパチン! と鳴らすと、2人の魔術師が応接間に現れた。
一人は顔の継ぎ接ぎが目立つ獣人の男だ。
真っ白な髪とこけた頬が高齢であることを漂わせており、薄緑色の瞳を半目で覗かせていた。
名は『ハルン・ステイン』。『治癒』を根本から見直し、新たに『治癒魔術』に昇華した男だ。
そしてもう一人は、オルカが最近会った魔術師だった。
「やはり貴方でしたか……」
「おや? オルカ女史ではありませんか。最近振りですな」
彼の名は『ヘルウィン・O・ランタン』。炎と緑の魔術師だ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『本格治療と過去の清算』
お楽しみに。
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