Ep.31 商人『ムササビ』
オルカ達は一休みを終えて、再び移動を再開する。
今度はオルカ達の馬車隊を先頭に、商会の馬車隊が後方になって移動する。
馬車は順調に進み、山を下りて獣国の平地へ到着した。
獣国は全土的に乾燥地帯で、気温が高く、あまり植物が自生していない。あるのは葉の無い物ばかりだ。
見晴らしのいい平地を進んでいくと、馬車が一時停止した。
「どうかしたんですか……?」
オルカが気にしていると、メイドが確認を取る。
「……どうやら馬の息が上がって足を止めてしまったようです。すぐに出発するのは難しいとのことです」
「なるほど、分かりました……」
オルカは何もない枯れた平地を眺める。馬車の中は暑さ対策で魔法を使って涼しくしてあるので快適だ。
(本当に何もありませんね……)
ぼんやり眺めていると、空に黒い塊が見えた。何かが群れを成して移動しているように見える。
「あれは……、ソイルワイバーン……?」
ボソッとオルカが呟いた言葉にメイドと魔術師が反応する。
窓を覗き込み、どれくらいの距離か見定め始める。
「……全員に通達!! ソイルワイバーンの群れがこちらに来ます!!」
急いで知らせようとメイドが扉に手を掛ける。それよりも少し速いタイミングで騎士が扉を開けた。
「ソイルワイバーンです!! 馬車から離れて下さい!!」
騎士も気付いて急いで知らせに来たのだ。オルカ達は急いで馬車から降りて離れる。オルカは魔導具で浮かせられたまま移動させられる。
その隣にはアージュナやその付き人達、オルカと同じ状態で連れられているセティが移動していた。しかし、バルアルやファンの姿が無い。
「アージュナさん……! バルさんとファンくんは……?!」
「遠距離攻撃できるメンバーで迎撃するそうだ!! とにかく俺達は避難だ!! 援護は俺がする!!」
後ろでは空から押し寄せるソイルワイバーンに立ち向かうためにバルアル、ファン、騎士達が迎撃態勢ぶ入っていた。
ソイルワイバーンはB級相当の魔獣で、その戦闘力は十分高い。
口から砂嵐を吐き、相手が怯んだ隙に捕食する恐るべき狩猟者である。成体は全長5mあり、高速で空を飛び回る為対処しにくいことで有名だ。
そのソイルワイバーンが群れとなって襲ってくるのだから危険度はA級に相当するだろう。
格上のバルアル達が構えていてもお構いなしに襲い掛かろうと旋回してくる。その数はおそらく50近くいるだろう。
「すっごい数来てるっすよ?!」
(……これは、無傷では済まないかもな……)
バルアルが覚悟を決めて戦闘態勢に入る。
「魔導バリスタ用意! 一斉掃射!!」
ズドン!!! と大きな音がしたのと同時に、ワイバーンの群れに無数の巨大な矢が貫通していく。
ワイバーン達は次々と落下し、その数を減らしていく。
バルアルは音のした方を向くと、そこには巨大な弓矢を放つ魔導具を担ぐ商会の面々がいた。その指揮を取っていたのはムササビだ。その手には槍を持っている。
「次弾準備! 第二射、一斉掃射!!」
一回目で撃ったメンバーと、その後ろにいたメンバーが入れ替わり、再び矢を発射する。
残っていたワイバーンにも直撃し、残りは僅かになった。残ったワイバーン達が商隊目掛けて飛んで来る。
それに対しムササビが槍を投げる態勢に入る。呼吸を整え、助走を付けて槍を投げ放った。
一体のワイバーンの胴を貫き、その後方にいたワイバーンの翼をも貫いてみせた。まだ100m程離れているのにも関わらずだ。
ムササビは2本目の槍を手に取り、数歩下がった後、再び槍を投げ放つ。
今度は3体貫通し、これも落としてみせた。
ワイバーン達はこれ以上は危険だと判断したのか、急旋回して逃げていく。
「追撃しますか?」
魔導具を担いだ1人がムササビに聞く。
「いや、しなくていい。こちらの目的は果たされた」
ムササビはバルアル達に近付き、
「勝手に申し訳ない。ただ、こちらも商品を載せている以上どうしても自衛しなければならなかったので……」
「いや、むしろ助かった。まともに戦っていたら馬車や馬が無傷では済まなかったからな」
ソイルワイバーンの吐き出す砂嵐は一撃で広範囲に損傷させるため、一回でも吐かれると馬はもちろん、馬車へのダメージもかなり出ていただろう。
「そう言ってもらえると助かります」
バルアルとムササビは握手して感謝の意を伝える。
騎士達も後から来て、
「ムササビ殿、迎撃に感謝します」
「いえいえ、我々がトラブルを起こしていなければ襲われてはいなかったでしょうから、むしろお役に立てて良かったと思っています」
「ご謙遜を」
互いに笑顔で会話し、場は和んでいた。
そこへ、避難していたオルカ達が戻って来た。先頭にはアージュナがいた。
「もう大丈夫ですか?」
「ああ、問題無い。まさか商会の世話になるとはね」
「あそこまで強力な武器を持っているなんて、相当資金力のある商会なんでしょうね」
アージュナとバルアルは商会に興味を持ちつつ、注意を払う事にした。
・・・・・・
しばらく移動して、日が暮れ始めたので今日の移動は終了することになった。
馬車隊は野営地を確保し、馬車から降りてテントを張っていく。あっという間に全員分のテントが張り終わり、ちょっとした基地レベルの仕上がりだ。
ロッキングチェアに座って傍にいたオルカは出発した日から見ていたが、未だに驚きと感心が薄れない。
(やっぱりこういうのに特化した人達が派遣されたんだろうけど、何度見ても凄いなあ……)
そう思っていると、
「大丈夫ですか、オルカ姉さん」
「ファンくん……」
ファンが近付いてきた。
「体の方はまだ動かしづらいですが、別段辛くはないです……」
「そっか、触れられても痛いんだっけ?」
ファンはオルカが話しやすい位置に座る。
「そうですね。最初の頃は風に当たっても痛かったんですが、今は幾分かマシですね……」
「俺も何かできればいいんだけど、そういうの門外漢っすから。とりあえず首都に着くまで我慢すれば治るみたいですし、それまで我慢っすね」
「ですね……」
ファンはオルカの容体を気にして話しかけに来てくれたのだとオルカは理解した。オルカは頬笑みながら、
「わざわざありがとうございます。とっても、嬉しいです……」
ファンは頬を赤くして、
「そ、そっすか? そりゃ、どうもっす」
照れながら返事をした。
オルカは大きな焚火の火を見ながら温まる。その隣でファンも身体を温めていた。
そんなオルカの横顔を、ファンは見ていた。
(何と言うか、日に日にオルカ姉さんが魅力的だって思っちゃうんすよね……)
ギルドで毎日色んな事をしてくれて、そのどれもがとても良く出来ていて、いつも丁寧に接してくれて、いつも優しく微笑みかけてくれて、一生懸命何かに取り組む背中が格好いい、そんなオルカにファンは日に日に惹かれていた。
(多分、俺だけじゃなくて、兄貴もバル兄さんも気付いてる……。その上スタイルまで良いんだから、いつか他の誰かと結婚しちゃうんだろうなあ……)
ゴチャゴチャと考えながら、自分と10以上年上の女性とどうこうなろうと思っている事に無理があると一旦落ち着いた。
(……何考えてんだろう俺は。オルカ姉さんが俺みたいなガキと特別な関係になろうと思う訳ないじゃん)
溜め息をついて、ファンは立ち上がった。
「ファンくん……?」
「兄貴と見張りの順番の計画を話し合うのを忘れてました。ちょっと行ってきます」
「はい。お疲れ様です……」
オルカはこの場を去るファンの背中を見送った。
一人になって、星空を見上げる。獣国の空は綺麗に見え、満点の星空が夜空を埋め尽くしていた。
「やっぱり綺麗ですね……」
「星空を見るのがお好きなんですか?」
横から話しかけてくる声の方を見ると、そこにはムササビがいた。
「ムササビさん……、日中はありがとうございました」
オルカはソイルワイバーンとの戦闘のお礼をまだ言っていなかったので、この場でお礼をした。
「いえいえ、そんな大層なことはしていませんよ。ただ自衛しただけです」
「それでも助けてもらった事には変わりありません。本当にありがとうございます」
「では、お気持ちだけ」
ムササビは微笑んで会釈する。そのままオルカの隣に折り畳み椅子を置き、ムササビが座る。
「お礼ついでにですが、良ければ鎮痛剤をお売りしましょうか?」
「鎮痛剤、ですか……?」
「はい。どうやらお体に痛みを抱えていらっしゃるようですので」
ムササビは懐から赤い丸薬の入った小瓶を出す。
「聖国に伝わる由緒正しき薬膳鎮痛剤です。一日三錠、食後に飲めば鎮痛作用が働き、血流の流れも良くしてくれるお薬です。いかがです?」
オルカはジッと丸薬を見つめ、
「……聖国の製造方法を使ったお薬もダメなんです……。魔力回路の方に問題がありますので……」
「ああ、そうでしたか。それだと今の手持ちではどうにもなりませんね……」
ムササビは顎に手を当て、何か無いかと頭の中だけで模索する。それを見たオルカは、
「……何だかムササビさんって、商人の様に見えませんね」
ポツリと呟いた。その言葉に、ムササビは大きく震えた。
「…………何故そのようなことを?」
ムササビはオルカを鋭く睨む。
「え、えっと、商人ってこういう場でも何かしら無理にでも売ろうとしてくるイメージしかなくて……。でも、ムササビさんにはそんな気配が全く無かったというか……」
睨んでくるムササビにオドオドしながら理由を話す。ムササビはフッと笑い、
「いえ、仰る通りです。お恥ずかしい話、商人になったのは成り行きだったんです。なので生粋の商人ではないんですよ」
「そ、そうだったんですか……。でも、商会長をしているのは、凄いと思います……」
「……そうでもないですよ。商会長になったのも、成り行きですから」
ムササビはどこか遠くを見るような目で、寂しさが出ていた。オルカはその姿が、『漆黒の六枚翼』に来る前の自分に似ているように見えた。
「……例え成り行きでも、ムササビさんには認められる実力があるんだと思います。だから、大丈夫です」
自分なりの励ましの言葉を伝える。
ムササビはオルカの方を見て、少しだけ嬉しそうな表情になった。
「ありがとうございます。そう言って貰えるだけで、ちょっと自信が湧いてきました」
折り畳み椅子から立ち上がり、椅子を片付ける。
「怪我をなさってる方に無理をさせてはいけませんからね。そろそろ退散します」
「もう行っちゃうんですか……?」
「ええ、そちらの付き人の視線が痛いので」
周囲を見渡すと、メイドや騎士がムササビをジッと監視していた。
「ああ、なるほど……」
「またお話できたら、今度はゆっくり話したいです。では」
そう言ってムササビは自分の馬車隊のところへ戻って行くのだった。
(何だか、雰囲気や肩書が合ってない人だったなあ……)
オルカは内心そう思いながらムササビを見送った。
・・・・・・
それから2日
平地を突き進み、ようやく獣国の首都『ミンファス』に到着した。
高い壁で覆われており、横幅は何㎞にわたって伸びている。端から端まで見えなくなりそうなほど長い。
その巨大な壁に見合った巨大な門が、オルカ達を出迎えていた。装飾が施され、両脇には10mもある何かの石像まで置いてある。
騎士たちは門の検閲官に書状を見せて、開門を指示した。
門はゆっくりと轟音を立てながら開いていく。全て開き切るまで数分かかった。
その門の向こうには、辺り一面を緑で覆い尽くす植物があった。
さっきまでの平地とはまるで別世界のような光景が広がっており、花も咲いている。
その先に、首都である街と城が見えた。
街は城を中心に展開され、色とりどりの建物が立っていおり、城は宮殿の様な形で、その巨大さと造形で一際目立っている。
オルカ達はとうとうアストゥム獣国へやって来たのだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『ファリア王家と宮廷魔術師』
お楽しみに。
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