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Ep.29 背負ったモノは


背負っているのは



 サイクロプス討伐から5日、オルカはまだ起き上がれる状態ではなかった。



 想像以上に全身の肉体と血管が損傷しており、少し動くだけでも相当痛い状態なのだ。


 寝返りも上手くうてない状態で今日も病院のベッドで横になっていた。


(領域魔術はしばらく使わない方が良さそうですね……。今度は頭の方にも影響が出かねません……)



 オルカが【連続発動】を極めたのは、一度に出力できる魔力量が限られているからだ。


 強力な魔術を行使しようとすれば、魔力回路破裂を起こす。そこで、一度に出す魔力量を少なくして外で増幅させることでリスクを回避しているのだ。


 今回はそれを無視して発動したため、全身の末端を起点として影響が出てしまったのだ。おかげでしばらく戦闘不能である。


 

 一人で反省していると、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい……、どうぞ」


 ゆっくりと入って来たのは、アージュナだった。


 入院してから日替わりで着替えや必要な物、お見舞いの品などを持って来てくれているのだ。


「調子はどうだ?」

「まだ痛くて……、動けそうにありません……」

「そうか……。ゆっくり休めよ」


 アージュナはお見舞いで持って来た果物の皮を剥いて丁寧に皿に乗せて行く。剥き方はガタガタだが。


「わざわざありがとうございます……」

「いいっていいって、俺が好きでやってるからさ」


 いびつではあるが、剥き終わった果物をフォークで刺してオルカの口へ運ぶ。


「ほら、口開けな」

「あ、はい……」


 ぎこちない動きで差し出された果物を口にする。ゆっくりと噛んで咀嚼し、飲み込んだ。


「美味しいです……」

「そりゃ良かった。選んだかいがあったよ」


 笑って答えるアージュナに、少しだけ、オルカの胸が高鳴った。


(どうしてだろう……。アージュナさんと話していると、何だか胸の奥が温かくなる……)


 自分の事を笑顔で受け入れてくれて、我がままにも付き合ってくれて、必死に心配してくれた。それがオルカには嬉しかった。


 今まで感じた事が無かった感覚に戸惑い、切なくなっていた。


「…………アージュナさん」

「何だ?」


 オルカはこの胸に感じる思いに押され、


「……アージュナさんの事が、知りたいです……。教えてくれませんか……?」


 超えるのを躊躇していた一線を、超えた。


 アージュナはその質問に、少し躊躇いながらも、


「……いいぜ。その代わり、オルカの事をもっと、もっと教えて欲しい。俺も俺の知らないオルカを知りたい」


 オルカの手に少しだけ触れて、真剣な眼差しで答える。


「……嬉しい、です。もし、拒否されたら、どうしようかと……」

「オルカはそんな人間じゃないことくらい知ってるさ。これくらいどうってことないさ」


 互いに笑顔で喜び、心の距離が近付いたのを感じた。



 ・・・・・



「その、いきなりなんですが……。アージュナさんは、王子様、なんですよね……?」


 オルカはアージュナに気になっていた事を聞く。


「ああ、間違いなくアストゥム獣国第4王子だ。あんまり公にしてないんだけど」

「ですよね……。……どうして冒険者を?」


 アージュナは天井を見上げて、


「そうだな……、外に出たかったから、かな」

「外に、ですか……?」

「15までずっと王宮暮らしだったからさ、それが嫌になったんだ。で、前々から聞いていた外の世界に興味があって、飛び出したんだ」


 まるで少年が夢を語るような輝く目で理由を話してくれた。


「オルカは? どうして冒険者に?」

「私は、成り行きです……。12歳で冒険者にならざるを得ない状況になってしまって……」

「そうか……」


 アージュナはオルカが言葉を濁したのに気付き、話題を変える。


「他に何が聞きたい?」

「えっと、じゃあ、アージュナさんが冒険者として印象に残っているエピソードを、聞きたいです……」

「そんな事でいいの?」


 もっと大事なことを聞かれると思っていたので、ちょっと驚いた。


「はい……。私、後衛職だったので、あんまり冒険らしい冒険をしてなくて……」

「そっか、じゃあ俺がまだ入って間もない時の話なんだが…………」


 2人の間に、楽しい時間が流れていた。 



 ・・・・・



 気付けば夕方になり、面会時間終了の時間になっていた。


 アージュナは席を立ち、


「それじゃあ俺は帰るよ。またな」

「はい……。また」


 アージュナが病室を出て、看護師のいるナースセンターを横切っている時、


「アージュナさん」


 そこに現れたのは、オルカの担当をしてくれている医者だった。


「どうも先生。何かご用ですか?」

「はい。ちょっとお聞きしたいことがありまして……」


 深刻な顔つきで話す医者に、アージュナも真剣な表情になる。


「何でしょうか?」

「オルカさん、魔力回路破裂する前にもかなりの怪我をされている様なんです。背中に大量の傷跡がありまして、何かご存知ありませんか?」


 医者から出た言葉に、耳を疑った。


「……すみません。オルカ、こっち来てから間もないので、俺は良く知らないです……」

「そうですか……。引き留めてしまって申し訳ありません。もういいですよ」

「はい」


 医者がこんなことを聞くのは、事件性があると踏んだからだろう。でなければ、ここまで踏み込んだ事を聞いてくる訳が無い。


(俺は、まだ何も知らないんだな……)


 オルカとの約束が、胸を締め付ける。



 ・・・・・



 オルカは窓の外を見る。


「…………やっぱり、いきなりは言えなかったなあ……」


 オルカはアージュナに言えなかった事がある。


 ただ、それを言うにはあまりにも重い枷が付いていた。他人に知られるのが憚られる、彼女に背負わされた痛み。


 その一歩は、まだ踏め出せそうにない。


(……わざわざ話す事でも無いですが、いつか、打ち明けられたらいいな……)


 打ち明けられなければ、ずっと嘘をついていることになるから。



 ・・・・・



 アージュナがホテルへ帰っている途中、


「…………出て来いよ。いるんだろ?」


 アージュナが後ろを振り返ると、そこにはセバスティアンがいた。


「流石は王子。よく気付かれました」

「お世辞はいい、用件はなんだ?」

「はい。今回のサイクロプス討伐の件が第1王女様の耳に入りまして、誠に心配されていらっしゃるとのことです」

「それで?」

「療養中の皆様を宮廷魔術師の力を持って治療して差し上げるそうです。明後日にでもお迎えがいらっしゃいますので、どうかご準備を」


 それだけ言い残してセバスティアンはいなくなった。


 アージュナは舌打ちをして、


「強制かよ……、嫌気が差す……」








お読みいただきありがとうございました。


次回は『獣国へ』

お楽しみに。


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