Ep.26 山に現れし一つ目の巨人
その名は『サイクロプス』、凶悪な怪物なり
ウラテチュン山脈
キヌテ・ハーア連邦とゴルニア王国の国境間に存在する山脈で、高さは1000m程度、麓には森の緑が広がっているが、山頂付近は岩肌だけが目立っている。
オルカ達『漆黒の六枚翼』は他の討伐ギルドと共に山頂へ向かっていた。総勢30名での大移動だ。
オルカは杖をつきながら険しい山道を懸命に登って行く。
(登り始めて2時間……。結構登るなあ……)
息を切らしながら登っていると、アージュナが手を貸してくれた。
「大丈夫かオルカ? きついなら背負うぞ?」
「あ、ありがとうございます……。でも、大丈夫です。まだいけます……」
「戦う前からへばるなよ」
何故今こんな山登りをしているのかと言うと、この山の山頂にS級魔獣『サイクロプス』が出現したからだ。
サイクロプスは体長10mある巨人魔獣で、主食として家畜や人間、他種族を食べるため討伐対象となっている。
山岳調査隊の調査中に発見され、組合に連絡が入って今の状況に至る。
冒険者による討伐隊のリーダーとして、ラシファが指揮を取っていた。
山頂まで後数十mの場所で一旦停止する。
「ここからは登頂前に説明した通り、3部隊に分かれてサイクロプスを捜索する。発見次第無線で連絡。陣形を組んで討伐する。対象は一体のみ発見されているが、他にも潜んでいる可能性が高い。注意してかかれ」
全員が頷き、3つの塊に分かれて移動を再開する。戦力を考えて、ファンとスカァフ、ラシファとバルアル、アージュナとオルカとルーで分かれて行動する。
身を低くしながら山頂へと近付く。この間、敵に悟られない様に無言で進み続ける。
そして、3部隊全員が山頂へ到着するが、サイクロプスの姿は見えない。山脈だけあって横に広く見晴らしもいいのだが、影は一切見当たらない。
「(どういうことでしょう……?)」
「(分からない。俺の耳でも怪しい音は聞こえない……。ルーは何か分かるか?)」
「(いえ、私の鼻には透き通る様な山の匂いしか……)」
オルカ達が小声で話し合うが、結論は出ない。
「(一旦他の部隊と合流しませんか? このままだと埒があきませんし……)」
後ろにいた若手の人間の冒険者の提案に、周囲の冒険者達も頷く。
「(……そうだな。とりあえず無線で連絡して位置を確認する)」
アージュナは無線を取り出しラシファと連絡を取る。
「(こちらアージュナ、敵の姿見えず。指示を頂きたい)」
『こちらラシファだ。こちらは【広域索敵】を行っているが反応無し。第1部隊はどうか?』
『こちら第1部隊のスカァフだ。こちらも見つけられず。どうなっている?』
『……一度分かれた地点まで後退し合流。作戦を立て直す』
「『了解』」
・・・・・
冒険者達は一旦合流し、作戦の立て直しと共に偵察を開始した。
岩肌だけあって足跡は見つからず、視認で見つかりそうな物は一切なく調査は難航していた。
日が暮れて辺りは暗くなったため、小さな魔導ランプを付けて食事を取って待機していた。
オルカ達の部隊は干し肉を千切って少しずつ噛みながら食べていく。
「山岳調査隊の見間違いでしょうか……?」
ルーがポツリと一言こぼす。
「いや、それはないだろう。魔力計測器に反応があった記録が残っている」
ランプを囲っていた冒険者の1人、片手剣を腰に吊った人間の男が断言する。
「麓でも確認したが、山頂方向に同じ波形の魔力を感知している。だからいない訳が無いんだ」
「……もしかしたら、『魔障穴』に隠れてるのかもしれません」
「『魔障穴』? 何だいそりゃ?」
斧を背負った獣人が質問する。
「お前、魔障穴は基本中の基本だろ。魔獣が発生する神出鬼没の穴で、今でも出て来る理由が分かってない災害、それが魔障穴だ。組合の講習でも説明されただろう」
その隣にいた女性冒険者がしかりつける。
「魔力感知器でも反応しないんだから嫌になりますよ。前に突然現れて魔獣が沸いてきたところに遭遇した時は死ぬかと思いました……」
その話を聞いた魔術師のおじさんがぼやいていた。
「でも魔障穴って出たら消えるって話ですよね? 魔獣が戻るのは無理なのでは……?」
リザードマンの女性冒険者がオルカに質問する。
「本来ならそうです……。ですが、臭いも足跡も形跡も無いとなれば、異空間系の何か。なら隠れられるのは魔障穴くらいかと……」
「魔術師様のご高説どうも。そんなに頭が賢いアピールしたいのかよ」
割って入って来たのは、一番若い剣士の少年だった。
「ちょっと! そんな言い方……!」
隣にいた弓使いの少女が止めに入る。
「本当の事だろ? 偉そうに知識ひけらかして、俺達を馬鹿にしてるとしか思えない」
「彼女はあくまで一説を唱えているだけだろう。どうしてそんな突っかかるんだ」
片手剣の男は少年をきつくしかる。少年はそっぽを向いて聞き流してしまった。
「すまないオルカさん。あいつには後でちゃんと言っておきますので……」
「いえ……、私もちょっと出しゃばり過ぎました……」
互いに頭を下げて謝る。アージュナは少年を睨んで『もう口を開くな』と目で伝えた。
「となると、出て来るまで待機ですか?」
女性冒険者が手を挙げて質問する。
「私の仮説が違ったとしてもそうなると思います……。ラシファギルドマスターもどこかに隠れていると確信してるようですし……」
「マジかよ。なら野営セットでも持ってくるんだったぜ」
斧を背負う獣人は後ろに伸びて空を見上げる。
「もうすぐ星空になっちまうよ…………」
獣人の男の言葉が不自然に小さくなる。その異変に気付いた魔術師のおじさんが声を掛ける。
「どうしました?」
「そ、空を見ろ!!」
全員が空を見る。
そこには、大きく、暗く、深い『穴』があった。
その穴は徐々に大きくなり、巨大な魔獣を地上に落とした。
それは巨人、一つ目の怪物、『サイクロプス』だ。
サイクロプスはゆっくりと地に両の足を付け、足元にいる者達を見下した。
オルカ達は咄嗟に立ち上がり、武器を手に取って対峙する。
「前衛の者は前へ! 後衛は距離を取れ!!」
アージュナが指示を飛ばし、一斉に陣形を整える。
「他の部隊にも連絡する! 少し時間を---」
『こちらスカァフだ。サイクロプスが出た。動けるか?』
スカァフの報告にアージュナは凍り付いた。
(S級相当が、2体……?! よりにもよって……!!)
アージュナが悪態をついていると、ラシファからも連絡が入る。
『こちらラシファ。サイクロプスが出現しました。応戦します』
「っ!!?」
S級相当が、3体。
S級相当1体だけでも100人単位での実力者が必要。それが3体同時に出現したとなれば一大事だ。
今から組合に連絡を入れても間に合わない。大勢の冒険者となれば余計に時間が掛かる。その分時間が掛かれば麓の町まで降りてくる可能性は十分ある。余裕はない。
アージュナは歯噛みしながら武器を握りしめる。
「俺達だけでどうにかする!! 踏ん張れよ!!」
アージュナの双剣がサイクロプスを斬り付ける。他の冒険者達もタイミングを合わせて連続して攻撃を入れていく。前衛は足に、後衛は上半身に当てていく。
しかし、大したダメージにはなっていない。
サイクロプスは痛みで足を何度か上げるが、素足で雑草の上を歩いた程度の痛みしか感じていないように見える。
何度も攻撃してくる足元の存在に苛立ったのか、足を思いっ切り上げて、踏みつけて来た。
「【30連】【遅延】!!」
オルカの魔術が発動し、サイクロプスの動きが遅くなる。
「ありがとうオルカさん!」
「長くは持ちません……! 急いで退避を……!」
前衛の冒険者達は散って攻撃を回避する。
遅くなった足が元の速さと威力を取り戻し、岩肌の地面を蹴り割った。
その衝撃で巨大なクレーターが発生し、周囲を吹き飛ばしていく。
「うあああああ!!?」
「きゃあああああ!!!」
さっきの少年と少女が勢いに負けて吹き飛んで行く。地面を転がって倒れ、そのまま動かなくなった。
(いけない。気絶した……!)
オルカはサイクロプスに近い少年の方に駆け寄り、急いで魔力を流して気付けする。少女の方にはルーが助けに行き、安全な所まで連れて行く。
「オルカの援護だ! 攻撃の手を休めるな!」
アージュナが指示を出してオルカに攻撃がいかないよう攻撃をし続ける。
オルカの方は数回気付けの衝撃を与えてようやく目を覚ました。
「げほ! えほ……!」
背中をさすって呼吸を整えさせる。
「動けますか?」
「あ、ああ……」
少年が立ち上がろうとした瞬間、巨大な影が現れる。サイクロプスだ。
アージュナ達の攻撃を無視して弱っている方へ動いたのだ。
オルカは少年を突き飛ばし、杖を構える。
「【50連】【一時停止】!!!」
サイクロプスの動きが止まる。
しかし、ほんの数秒だけ止まっただけで、再び動き出した。
サイクロプスの拳がオルカに落ちた。
地面は割れ、辺り一面に衝撃と粉塵が巻き起こった。
「オルカアアアアアアアアアアアア!!!!!」
アージュナの叫びが、山脈に木霊した。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『幕間:第一の崩壊』
お楽しみに。
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