Ep.25 魔術協会本部
そこは、魔術師達の巣窟
手紙が来た翌日
オルカはホテルの扉の前で呪文を唱えていた。
「【我は魔術を司る者、我は魔を行使する者、理を知り、世の真実を暴く使命あり】……」
魔法陣が展開され、扉に特殊な魔力が帯びていく。長い詠唱を続け、扉の表面に別の扉が重なっていく。
「---【開け、魔術師達が集いし知の楽園の扉】……!」
詠唱を言い切ったのと同時に、魔力が完全に吸着し、魔術協会本部へと繋がる【転移門】が完成した。
この扉は協会の会員である魔術師が詠唱を始めると、協会本部から魔力が送られ、【転移門】が既存の扉の表面に生成される仕組みになっている。
オルカは出来上がった扉を開けて中へ入っていく。
中に入ると、濃霧で何も見えない状況だ。オルカがしばらく前へ進むと、徐々に霧が晴れて目指していた建物が見えて来た。
それは大きく複雑な構造をした宙に浮く巨大な城だ。
円錐の屋根を付けた石造りで筒状の建物が中心にある堅牢な城の周囲にくっついている。小窓からカラスや蝙蝠、鳩などが飛んで行くのが見える。時折鐘の音が聞こえ、不気味さがあった。
これが四国同盟ができる前から存在する魔術師達の居城『魔術協会本部』である。
オルカは城へ続く長い石橋を歩き、高さ6mはある正門の前に到着する。正門の前で膝をついて、
「オルカ・ケルケ、只今参上致しました……」
声に反応して、扉は石畳の道を擦りながら開門する。徐々に外開きで開いていき、最後には全開した。
開いた扉をくぐると、中は【空間圧縮】により外側の城の大きさより遥かに広い空間で、四方八方縦横無尽に階段が伸び、壁や空中に無数のドアが配置されていた。
魔術の研究で評価された物を永遠に取り込んだため、あらゆる術式が無数に張り巡らされている。そのためこの様な不可思議な状態になっているのだ。
オルカは【浮遊飛行】で緩やかに宙に上がり、懐から手紙を取り出す。すると、手紙はパタパタと独りでに折り始め、鳥の形に変形した。紙の鳥は小さな翼をはためかせて飛んで行く。その後を付いていく途中で、
「む? オルカ女史か?」
横を向くと、カボチャ頭の魔術師がいた。体はオルカよりも大きい男性だ。
「『ヘルウィン・O・ランタン』さん……。お久し振りです……」
ヘルウィン・O・ランタン
火と植物を関連付けた魔法『炎緑魔法』を作り上げた人物で、オルカと同じA級魔術師だ。
「オルカ女史も呼ばれたのかな?」
「はい……。内容は知らなくて……」
「ふうむ、私も知らないんだ。何かあったのだろうか……?」
そう話していると、続々と魔術師達が集まって来た。おそらく100人は集まっている。
「この人数……、A級魔術師ほぼ全員でしょうか……?」
「これはきな臭くなってきましたね……」
紙の鳥は一つのドアの前に止まった。無数にあるドアの中でも一番大きく、装飾も派手だった。
ドアに紙の鳥がすり抜けて入っていき、ゆっくりと開いてオルカを誘う。他の魔術師達もそれぞれ別々のドアへ案内されて入っていく。
「では、先に行ってきます……」
「時間が合えば、また会おう」
オルカはヘルウィンに頭を下げた後、ドアの向こうへ入っていく。
扉をくぐると、光に包まれた。
しばらく光に包まれていると、徐々に光が弱まり、目の前に別の光景が広がり始めた。
そこは壁一面に本が敷き詰められた細長い一室で、奥に2人の魔術師がいた。
一人はエルフ族の美しい女性で、膝まである長い金髪、鋭い眼、厚い唇には赤い口紅が塗られている。男を惑わす妖艶な肉体は強烈だ。それを強調するような紫と藍色のドレスの上に、金縁の装飾が施された黒い光沢を持ったローブを羽織っている。
手に持ったセルキを蒸かすと、紫や緑、青色が混ざった独特な煙がモクモクと出て来ていた。
もう一人は人というより完全に骨だった。
金縁の装飾が施された黒い光沢を持ったローブを羽織っているが、あちこちボロボロになっている。
隙間から青い炎を揺らめかせている。
オルカは2人に近付き、
「お久し振りです。『グローア』様、『シモン』様」
頭を深々と下げて挨拶をする。グローアと呼ばれた女性エルフはオルカに近付き、
「も~うそんなに硬くならなくてもいいのよオルカちゃん!! こんな形で不本意だけど、会えて嬉しいわ~!!」
とても嬉しそうにオルカに抱き着いたのだった。
シモンと呼ばれた骨の方は、呆れつつ溜息をしていた。
「グローア、嬉しいのは分かるが、あまり困らせるものではないゾ」
「いいじゃない! 人間なんて10年したら一気に老けちゃうのよ!? それじゃあ可愛くなくなるじゃない!! 私は可愛い内にこうやって愛でたいの!」
「長命種の価値観はいまだに理解できんよ……」
この2人はオルカの事を昔から知っている人物達だ。オルカが6歳から冒険者ギルドに入る12歳までの6年、世話をやいてくれたり一緒に過ごしたりなど親交が深い間柄だ。
オルカはとりあえずグローアから脱出して、乱れてしまった髪を整える。
「え、えっと……。ご用件は何でしょうか……?」
「え~? もうその話しないとダメ?」
グローアは不機嫌そうに質問する。彼女としてはもっと話したいのだ。
「仕方なかろう。後にオルカ以外の子も控えているのだ。手短に済ますぞ」
「は~い……」
グローアは少し不貞腐れながらオルカから離れ、すぐに切り替えて真面目な表情になる。
「魔術師オルカ・ケルケ、本日は『堕ちた林檎』のことに関して貴方に伝えておかなければいけない事があります。また、『黄金の暁』から不当に没収された魔術関係の所持品の返却も行います」
オルカはグローアの後半の言葉に呆然とした。
「…………え、お話は、分かりますが……。返却、ですか……?」
「ええ、そうよ。オルカちゃんが取られた物の中にはA級魔術師であっても本人が所有許可を取ってないといけない物がいくつもあったの。覚えあるでしょ?」
「許可を取ってると思ってました……。あのギルドマスターのことですから……」
シモンは無い鼻を鳴らし、
「冒険者の実力と貴族とのパイプしかない奴が魔術協会のことを知っている訳ないだろう。アイシーンだったか? 癪に障る奴だったから多めに罰金を取ってやったよ」
「罰金も取ったんですか……?!!」
「当たり前よ~。不法所持だったんですもの。オルカちゃんの所持品全部没収して国の許可取って罰金刑に処したんだから!」
プリプリしながらグローアは説明した。オルカは呆気に取られて半笑いも出来なかった。
「で、没収した物はこれに全部入ってるから。先に渡しておくわね」
そう言って取り出したのは小さな袋だった。見た目は小さいが、あらゆる無機物を入れ放題の『無限収納』の袋だ。しかも特定の人物以外が使用しようとすると呪いが発動する罠も付いている。
「あ、ありがとうございます……」
「あのギルドから追い出されてるって聞いた時には討ち入りしてやろうかと思ったけど、新しい所で笑顔になってるから逆に良しって思うことにしたわ」
「俺も行こうかと思ったが、珍しく意見が合ってな。取り止めたんだ」
「お二人が本気で攻めたら国一つ無くなっちゃいますよ……」
「あら? 今なら四国同盟全部やれちゃうわよ?」
「今の質なら6割で十分だ」
「ひえ」
オルカは笑顔で言い切った2人に本気でびびった。
この2人、A級魔術師を超える特別な立ち位置にいる『賢者』と呼ばれる数少ない存在だ。
普段は自分の研究に没頭して表舞台には出ないが、本気を出せば国の一つや二つ消す事ができる実力を持っている化け物揃いなのだ。
そして賢者には尊敬と畏怖を込めて『二つ名』が付いている。
グローアには『劇薬』、シモンには『返魂』。どちらも大昔にとんでもないトラブルと功績を挙げているが、それはまた別のお話。
「さて、話は変わるが、『堕ちた林檎』についてだ」
オルカはその名前を聞いて緊張が走る。脳裏に浮かんだのはカラーの姿だった。
「は、はい。私も関わっているので、是非聞きたいです……」
「そう身構えなくてもいい。今回はちょっとした『お願い』だ」
「お願い、ですか……?」
オルカは小首を傾げる。
「大したことじゃない。『堕ちた林檎』にA級魔術師2人が関わっている。その関わっている奴らを見かけたら連絡が欲しいのだ」
シモンはオルカに顔を近付ける。
「オルカのデバフなら足止めや拘束は可能だと思うが、それは一対一での話。もし無理そうなら無理しなくても良い、代わりにこちらで『粛清』するから問題無い」
オルカはシモンの圧に負けて少し引いてしまった。
「わ、分かりました……」
「よろしい。これ、似顔絵と特徴が載っている書類ね。では今回はこれで終わりだ。ご苦労様」
シモンはオルカに渡す物を渡して、肩を叩いて笑顔で労う。
(…………わざわざ呼び出したのは、その『裏切り者』と繋がりが無いか見極めるため……。ずっと【心理魔術】で思考や記憶を見られていたのはそのせい……)
オルカはこの部屋に入った時点で心を見通し、記憶を盗み見る【心理魔術】が発動していることに気付いていた。何かあると思っていたが、余程の事があったのだと理解できた。
これ以上聞くのは自分の身も危なくなると思い、深追いしないことにした。
オルカは部屋を出ようとして、ある事を思い出した。
「あの、『師匠』はどちらに……?」
オルカの『師匠』という言葉に2人の表情が険しくなる。シモンは言うのを少し躊躇いながら、
「…………あの女なら5年前に辞めたよ。隠居するそうだ」
「そう、でしたか……。ありがとうございます……」
それだけ聞いて、オルカは部屋を出て行った。
オルカが部屋を出たのを確認して、2人は大きなチェアに座った。
「まさかあの子の口から『師匠』の話題が出るとは……」
「一切口にしないと思ってたわ」
溜め息をつきながら天井を眺める。
「あれだけひどい目にあったのに、どうして師匠と言えるのでしょうね……?」
「私が聞きたい。過去の心情や記憶を見れても、心のありようまでは理解できないものだ……」
嫌な事を思い出しながら、少し休憩するのだった。
・・・・・
オルカはそのまま誰とも会う事無く、ホテルの部屋に戻って来るのだった。
緊張が解けて、ベッドに倒れこんだ。
(本部の強烈な魔力、この歳になっても慣れませんね……)
溜め息をつきながら少し寝ようとした時だった。
「オルカ姉さん! いるっすか?!!」
ファンが扉の向こうから大声で呼んで来た。オルカは慌てて飛び起きる。
「い、い、いますよ……!! 何でしょうか……?!」
「緊急クエストです!! 至急組合に集合みたいっす!!」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『山に現れし一つ目の巨人』
お楽しみに。
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