Ep.20 槍聖、死と棘の槍を振るう
判明、潜入、奇襲
ラシファとファンバーファが敵を捕まえてから数日後
『堕ちた林檎』のタトゥーと事件に関わっていた古参の登場により連邦政府は今回の件を重く見て本格的に捜査に乗り出した。街は憲兵と衛兵が随時巡回し、厳重体勢が敷かれていた。
ギルドでは独自の情報網を張って別の切り口から捜索を続けていた。そして今日、
「敵の拠点を見つけました。ので、早々に乗り込んで終わらせようと思います」
ラシファは微笑みながら宣言した。
ギルドマスター室に集められたバルアル、スカァフは空気が歪みそうな緊張感を漂わせていた。
「それならワシが行こう」
スカァフはどこからか槍を取り出した。
「すれ違いでここを襲撃されては格好がつかん。ワシが単身で片付ける」
「おいおい、それはちょっと無謀なんじゃないか?」
バルアルがスカァフの前に出る。
「俺も行くぜ。油断して怪我でもしたらオルカが参っちまう」
「……勝手にせい」
2人はラシファから場所が載っているメモを受け取り、早々に出発した。
「頼みましたよ、2人共」
ラシファの言葉を背にギルドから出ようとした時、
「あ、あの!」
後ろからオルカに話しかけられた。
「何じゃ?」
「こ、これ。使って下さい……!」
手渡したのは液体の入った3つの小瓶だった。色は黄色、緑、赤だ。
「黄色が上級強化薬、緑が上級魔力増幅薬、赤がエリクサーです……」
どれも一つでギルドが赤字になる代物ばかりだ。効果もオルカのことだから折り紙つきだろう。
「の、乗り込むってことは激戦になるってことですよね……。だから、その、お役に立てれば……」
オルカの緊張する姿を見て、スカァフは優しく頭を撫でる。
「ありがたく使わせてもらおう」
優しく微笑んで【収納】に入れた。
「ば、バルさんも」
「ああ、ありがとう」
バルアルも薬を受け取り【収納】に入れる。
「それじゃあ行ってくるよ」
「すぐに終わらせてくる」
2人は自信満々の笑みでギルドを出た。
「お、お気を付けて……!」
・・・・・
「なるほどのお、ここを利用するとは、賢くなったようじゃな」
スカァフ達が来た場所はハナバキーの端、古びた廃教会だ。
『堕ちた林檎』が利用しているのはその地下、大昔に使われていた地下水道である。中は暗く、迷路の様に入り組んでいるため地図が無いと確実に迷子になるだろう。近年は崩壊の危険性があるため立ち入り禁止になっていた。
既にスカァフの魔術で見張りや教会にいる敵は戦闘不能にした。
「相変わらず便利だな」
「一つの指示に忠実な魔術じゃからな。そこら辺にある陳腐な魔術と一緒にするでないわい」
「はいはい」
2人は教会に入り、地下水道に繋がる階段を下りていく。案の定水道は明かりが無いと何も見えない状況だ。
「【暗視】を使う。スカァフは……」
「いらん。見えてる」
「だよな」
スカァフはあらゆる局地でも対応できるよう訓練しており、例え目が見えなくても周囲の状況を寸分の狂いも無く把握できる。
【探索魔術】の対策をされている可能性があるので、地道に手探りで探していく。何度も右左と曲がり、時には下りながら進んで行くこと1時間。
「(…………人の匂い。こっちじゃ)」
スカァフは微かな匂いを嗅ぎ分けて先へ進む。
「(本当に便利……)」
小声で会話しながら進んでいくと、侵入者用の簡易罠を見つけた。不用意に触れれば音が鳴る仕組みの物だ。
「(近いぞ)」
「(視認する)」
2人は更に慎重に進み、明かりが付いている場所を見つけた。
元は貯水するためのエリアだった場所で、円形で深さは10m近くある。その底で野営地のようにテントを張っていた。あちこちに食料を入れた箱、武器を入れた箱が置かれている。人数は30人近くいる。
バルアルは視認して詳しい配置を調べる。
「(奥にあるテントの中に5人、強い気配を感じる。おそらく今のリーダーだ)」
「(その他雑兵か。他愛ない)」
スカァフはオルカから貰った薬黄色と緑の薬を飲み干し、走り出す構えに入る。
「(炎を撒け。後はワシがやる)」
「(了解。しくじるなよ?)」
「(言ってくれる)」
互いに不敵に微笑み、力を貯め終わったのと同時に、バルアルは魔力を解放した。
【獄炎豪雨】
手をかざしたのと同時に炎が噴出し、噴出した炎から大量の火が拠点に降り注いだ。
瞬く間にテントや木箱に燃え移り、壁も床も燃え始める。
魔力を含んだ炎は引火しやすいため、何も無い石や鉄にも燃え移るのだ。
「火事だあ!! 全員逃げろ!!」
「あっちこっち燃えてるぞ?!! 火消せえ!!」
現場は大混乱。それに乗じてスカァフが拠点に飛び降りた。高さ10mから悠々と跳躍し、数回回転して勢いを弱め着地する。
「うわ!? 何だお前---」
「死ぬがよい」
二言目を言わさずに絶命の一撃を入れた。
敵はその場で倒れた。倒れている間にもスカァフは拠点を高速で駆け巡り、次々と命を奪って行った。
ものの十数秒で敵を倒し尽くし、残るはバルアルの言っていた力のある5人だ。
「随分と暴れてくれたな」
テントから出て来たのは、二本の角が生えた鬼族の大男、背中に大きな翼を生やした鳥人族の男、人型の狼ワーウルフの老男、小さな身体で虫の様な羽を生やした妖精族の少年、蜥蜴人間のリザードマンの男の5名だ。
全員武器を構えスカァフに向けている。
スカァフは5名の気配である事に気付いた。
(こ奴ら、オルカの失敗作を飲みおったか……)
「残っているのは俺達だけか。全く容赦の無い怪物だぜ」
鬼族の大男は悠長にぼやいた。
「遺言はそれだけか?」
スカァフは槍を構え直し、倒すべき敵に向ける。
ワーウルフの老男は槍に注目する。
「『ガオバルガ』。四国同盟において限られた者しか持てない『神器』の一つ。唯一無二の能力を持つ魔術武装。貴方を倒して是非手に入れたいですな」
「ほざけ。それより悠長に話していていいのか?」
「ほう、それはど---」
次の瞬間、ワーウルフの老男の頭を炎の一閃が貫いた。
老男はそのまま倒れ、息絶えた。
「全員散開!! 狙われているぞ!!」
鳥人族の指示で一斉に散り散りになる。
先ほどの炎の一閃は、バルアルの攻撃だ。炎を小指ほどに小さく圧縮した物を高速で射出した。当たれば即死は免れないだろう。
鳥人族の男はすぐにバルアルを見つけ、
「己貴様!!」
「飛んで火にいる夏の虫、かな」
バルアルが手をかざすと、鳥人族の男が一瞬で燃え上がった。悲鳴を上げる暇も無く燃え尽き、そのまま落下する。
「空中に俺の魔素が撒き散らされているんだ。丸焼きなんて簡単だよ」
バルアルは足元に視線を移し、スカァフの様子を見る。
「さて、どう出るかな?」
・・・・・
スカァフを囲むようにして陣形を組んだ残りの3名はタイミングを計っていた。
下手に突っ込めば反撃されて即死。躊躇っていれば上から攻撃されて即死。ならば、
「死に晒せえ!!」
一斉に襲い掛かる一択だった。
薬の効果で速さも腕力も桁外れに上昇し、常人では視認できない速さで近付き、攻撃を放つ。攻撃は地面まで届き、大きく陥没させる。
地面まで届いたのはスカァフが躱したせいだと気付くのに数秒遅れた。
「間抜けが」
上から聞こえたスカァフの声につられて妖精族の少年は顔を上げたが、それが命取りになった。
他の2名は咄嗟に距離を取ったが、顔を上げる動作で遅れた少年はその隙を狙われ、槍を眉間に突き刺された。無論、即死である。
スカァフはすぐに槍を引き抜き、リザードマンの方へ突進した。
一瞬で距離を詰められてしまい持っている剣で反撃しようとするが、先に槍を突き立てられた。心臓を貫通しており、即死してしまった。
「こんの、化け物があ!!」
鬼族の大男が金棒を振り上げて襲い掛かる。
「ワシを化け物と言っている時点でお主らが弱すぎる」
金棒を振り下ろそうとした時にはスカァフは大男の後ろにいた。
振り向こうとしたが、既に胸を貫かれているため、視線だけ向けるのが精一杯だった。そしてそのまま倒れてしまった。
神槍『ガオバルガ』
槍で傷付けられれば呪いで塞がることは無く、心臓に到達すれば死の呪いを与える猛毒の神器。
常に所有者の魔力を吸い続けるが、恩恵として強力な身体強化を与える。
スカァフは槍を立て、
「他愛なし」
一言そう言って状況が終了した。
・・・・・
2人は全滅させた後で他に情報が無いか調べ始める。
武器と食料だけを器用に焼いただけあって、書類は全て無事だったが、今までの行動記録、通信記録を記した書類くらいしか出てこなかった。
「聖国語暗号か。読めるか?」
スカァフはバルアルに尋ねる。
「母国語ベースだからな。任せろ」
バルアルは書類に目を通し、内容を頭に入れていく。
「……どうやらここは四国同盟に点在する拠点の一つみたいだ。連邦だとここ以外にまだ幾つかある」
「通信機は、先に破壊していたようじゃしな。全滅よりも漏洩に策を講じたか」
「あいつらのいたテントの外に書類があって良かったよ……」
バルアルは通信記録の中にあった名前に目が止まった。
「どうしたバルアル……?」
スカァフが顔を覗くと、バルアルは戦慄の表情をしていた。
「馬鹿な、どうしてこの名前がある……?!」
大量の汗が流れ落ち、明らかに恐怖で震えていた。
「おい、何があった?」
「有り得ない……。こんなことがあっていい筈がない!!」
バルアルは気が動転したのか、通信記録の書類を地面に落とした。スカァフは書類を拾い上げ、バルアルが見ていたであろうページに目を通す。
そこには、
「馬鹿な……! 何故こ奴が……!!?」
スカァフすらも恐れる存在。存在してはいけない名がそこにはあった。
スカァフはその名前である事に気付く。
「まずい! ここは囮じゃ!! あ奴の思考なら……!!」
バルアルを引っ張り、壁を蹴って昇ってみせる。そして天井まで最速で到達する。
「貫け!! 『ガオバルガ』!!!!!」
魔力を込めた一撃で天井を吹き飛ばし、地上へ脱出する。出たのは街から少し外れた旧市街広場だ。
その直後、さっきまでいた地下水道が爆発した。
爆風が起こり、脱出した穴から凄まじい火柱が上がる。オルカの強化薬のおかげで天井を破り脱出する力技が出来たが、そうでなければ地下水道で焼け死んでいた。
スカァフはまだ震えるバルアルを引っ張ったいた。
「しっかりしろ!! 今すぐギルドに戻るぞ!! でなければオルカが危ない!!」
「っ!!」
バルアルは何とか持ち直し、自力で立ち上がった。
「……ああ、そうだった。あの時の二の舞にはしない……!」
忌々しい過去を噛みしめ、決意を新たに前に出る。
「急ぐぞ!!」
「ああ!!」
2人は夜になった街を飛んだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『月夜に浮かぶ真なる悪夢』
お楽しみに。
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