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Ep.19 ラシファの過去、ファンバーファの一矢


ギルドマスター、ラシファの過去の断片に触れる



 襲撃から2日後



 オルカは研究室で魔術薬を作っていた。


 失敗作を無理に使ってくる敵に対抗するためには、それよりも性能の良い魔術薬が必要だ。いくらS級冒険者と言えど、極端に特化した存在と初見で戦うとなれば命を落とす危険性がある。そんな事態を避けるためにオルカは新たな魔術薬を作っていた。


(私が強化薬を作ったせいで起こった……。なら、責任もちゃんと取らないと……)


 黙々と作業に取り掛かり、とりあえず1種類全員分を作り上げた。


「完成……」

「オルカ姉さん」


 研究室に顔を出したのはファンだった。


「ファンくん……」

「今日はもういいんじゃないっすか? 根詰め過ぎですよ」


 オルカが作業を始めてから休みなしで10時間が経過していた。


「私は、大丈夫です……。それに、結界と罠が発動してますから、侵入される可能性は、かなり低いはずです」


 侵入された事件からすぐに結界装置を強化した。オルカの魔術を転写した魔法陣を追加で増設し、非正規の手段で入ろうとすれば【加重(グラビティ)】、【一時停止(ポーズ)】、【麻痺(パラライズ)】、【激痛(ショック)】の4連続デバフの餌食になる。つい先日チュエリーが引っ掛かりいつもの衛兵に連れて行かれた。効果は半日続いていたとのことだ。


 ちなみに結界装置は連邦軍製のため、突破されたことに関して苦情を入れたら本来認可されない改造をすんなりOKしてもらえた。


 ギルド内に居れば安全だという事で、オルカはその中で出来る事を全力でやっていた。


「私なりに、できる事をしますから、大丈夫です……」


 ファンはどうしようもなく心配になる。このまま放っておいたら倒れてしまうのではないか、そうじゃなくても心を病んでしまいそうに見えた。


 きっと、今回の件で責任を感じているのだろうと思った。


「……今回の事件、オルカ姉さんのせいじゃないです」


 オルカの手が止まる。ファンは言葉を止めず、


「責任があるなら俺の方です。俺がオルカ姉さんを連れ出したせいで失敗した方を盗む隙を作った訳っすから」

「そんな、ファン君は悪くないです……。そもそも作った私が……」

「そんなの言い出したらキリがないじゃないっすか! とにかく、オルカ姉さん1人が抱え込むことじゃないってことですよ!」


 ファンは言い切ってオルカを少しでも楽にしてあげたかった。


「本当に悪いのは盗んだ連中です。だから自分を責めないで下さい」

「………………」


 ファンの言葉を聞いたオルカはゆっくりと手を置いた。


「……少しだけ、休みます」


 ファンは自分の言葉を聞いてくれたと思い、胸をなでおろした。


「部屋まで送ります」

「ありがとうございます……」


 ファンに支えられ、オルカは自室へ戻り、ベッドに寝た。オルカの部屋は着替えと本しかないため、そんなに散らかっていない。ファンはオルカが寝たのを確認して部屋を出る。


 部屋を出た後、廊下を歩いている途中でラシファと出くわした。


「やあ、ファンバーファ君。お疲れ様です」

「お疲れ様です。今日はどうしたんですか?」


 ラシファはあまりうろつかず、ジッとしているタイプの人間だ。廊下をフラフラと歩いているのは珍しい。


「いえ、オルカさんの様子が気になりまして」

「オルカ姉さんならさっき寝ましたよ」

「そうでしたか。わざわざ部屋まで付き添いを?」

「そうっすね」


 他愛ない会話をしながら1階へと降りていく。


「……敵の動きって何か情報入ってるんすか?」

「いえ、何も。私も昔の伝手を頼っているのですが、一度壊滅しただけあって中々尻尾を出さないそうです」

「そんなに厄介なんすか……」


 『堕ちた林檎(ミラ・クルジオン)』と戦っていた時にはまだファンはラシファと知り合っていなかった。なので『堕ちた林檎』について詳しくは知らないのだ。


「過去の資料でしか知らないっすけど、結構ヤバイ犯罪組織みたいっすね」

「表に出ている情報だけでも相当危険なのですが、裏でやっていた事はもっとえげつないですよ?」


 微笑みながら言った言葉にファンの背筋が凍る。


「……これ以上は聞かない事にします」

「賢明ですね」


 そう話していると、ラシファの【広域索敵】に悪意が引っ掛かったのを感じた。


「……敵ですね。人数は1人。距離500」

「準備します」


 2人はすぐさま武器を手に取り、敵のいる方向へ駆け出した。


 暗い夜空の下、建物の屋根から屋根へ飛び移り、最短ルートで反応のあった場所まで辿り着いた。そこは住宅街のど真ん中。昼間には近隣住民がよく使っている道だ。


 立っていたのは初老のドワーフの男だ。背中に大斧を背負い、見た目はどう見ても一介の冒険者にしか見えない。


 ラシファはドワーフの男の顔を見て誰なのか一発で分かった。


「……貴方でしたか」

「知り合いっすか?」

「嫌な意味で知り合いです。『堕ちた林檎』の古参の方になります」


 苦虫を嚙み潰したような顔で男を睨む。


「おいおい、随分な言いようだな。まあ俺も似た様なもんだがな」


 男は斧を背中から取り出し、ラシファに向ける。


「それよりビックリしたぜ、あのリュオンポネス聖国の聖騎士がこんなところにいるんだからよお」

「え?」


 ファンが驚くのも無理は無い。



 リュオンポネス聖国の聖騎士は【神聖魔法】が使える者1億人の中で20人しかなれない精鋭だ。聖国のトップを守る最後の砦、最強の剣と言われている。



 ドワーフの男は構わず話し続ける。


「やっぱりあの時リーダーから受けた『呪い』が響いてんだろ? じゃなきゃこんな所にいないもんなあ」

「……それを知っていて来ているのでしょう?」


 ラシファの言葉には怒りが混じっているのが分かった。ドワーフの男はフンと鼻息を吹き、


「さあな。とりあえず俺はリーダーの仇としてお前を討つ」


 そう言って懐から瓶を取り出した。オルカの失敗した強化薬だ。蓋を開けて飲む準備を済ました。

「この力で俺はお前を超える!!」


 声高らかに飲もうとした瞬間、瓶が弾け飛び、中に入っていた薬を一滴も飲む事無く地面に落ちた。


「あ?」


 ドワーフの男が唖然としている隙に、ラシファの一撃が男の後頭部に直撃した。


 後頭部からの強い衝撃により、即座に気を失って倒れた。


 ラシファ達は遠くから動かなくなったのを確認した。


「流石ですね、ファンバーファ君」

「どういたしまして」


 ラシファの後ろでファンが弓を放っていたのだ。


 魔力を帯びた弓矢の一撃はカーブを描きながら瓶のみに直撃させた。結果、瓶は木端微塵に吹き飛び、中の薬をぶちまけたという事だ。



 ファンの蛇【バルトゥラ】で拘束し、衛兵に来てもらった。そのまま身柄を確保され連れて行かれ、ラシファ達は事情聴取を受けた後ギルドへ帰還した。時刻は早朝になる一歩手前だった。


 ファンは伸びをして身体を解す。


「ふー、終わった終わった」

「そうですね」


 ファンはいつものラシファを見て、

「……どうして聖騎士だった経歴を隠してたんっすか?」


 素朴な疑問をぶつけた。ラシファは微笑みながら、


「すみませんが、今ここで話せることはありません。それと、聖騎士の件は他言無用で」


 いつも以上に圧をかけられ、本当に話していけないと察した。


「わ、分かりました」

「よろしい。では帰りましょう」


 ラシファは先にせかせかと歩を進めた。ファンはその後ろ姿を見ながら、


(……まあ、誰にでも聞かれたくない事ってあるもんな。……俺もそうだし)


 心の中で納得して後を付いて行くのだった。



 ・・・・・



 オルカは朝日と共に目を覚ました。



 ベッドから身体を起こし、周囲を確認する。


(そっか、薬を作るのに夢中になって……)


 オルカは昨日までの自分の行いを反省する。任された家事炊事をほっぽり出したのは流石に身勝手が過ぎた。


(皆さんにちゃんと謝らないと……)


 身体を起こし、部屋を出て1階の食堂へと顔を出した。既に全員が起きていて集合していた。


「お、おはようございます……」


 オルカは恐る恐る挨拶する。


「オルカ! もう身体は大丈夫なのか?」


 一番に話しかけて来たのはアージュナだった。


「は、はい。ご迷惑をお掛けしました……」

「そんなことはいい。身体を壊してなくて良かった……」


 アージュナはホッとした顔をしていた。


「あまり無理するでない。今回の件でお主を責めるなんてことはせぬから安心せよ」

「そうだな。俺達はもう同じギルドの仲間なんだ。これくらいで怒るなんてしないさ」

「私はオルカ殿が良い人だと知っています。盗んだ輩が悪いのですから、自分を責める必要はありません」

「オルカさん、もっと自信を持って大丈夫です。何も悪い事なんてしてないのですから、堂々として下さい」


 ギルドの皆から温かい言葉を貰い、オルカは少し涙が出そうだった。


 最後にファンがオルカの傍に近寄り、


「これからはもっと頼って下さい。皆、力になりますから」


 笑顔で励ました。


「……はい!」


 オルカも笑顔で答えた。


「っ……!」


 ファンはその笑顔に胸が熱くなった。顔にまで出そうなくらい高鳴っている。


「げ、元気になって良かったっす……」


 照れながら顔を背け、オルカの顔を直視しない様避けた。見ていたら胸の高鳴りが止まらなくなりそうだった。


「………………?」


 アージュナはその光景を見て、胸の奥で何か、モヤモヤした物を感じた。


(何だろう。この気持ちは……? どうしてこんな気分になるんだ……?)


 突然沸いた感情に戸惑っていた。


 今まで感じて来なかった『嫉妬』という感情に。




 



お読みいただきありがとうございました。


次回は『槍聖、死と棘の槍を振るう』

お楽しみに。


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