Ep.18 失敗作の使い道、焦熱の全力
暗躍する者達、過去の因縁
強化薬が盗まれた事件から2日後
ラシファは事件の詳細を説明するために組合に出向き、ウィシュットと2人だけで会っていた。
「組合に内通者がいると?」
「オルカさんへの依頼の件は組合の一部の者しか知りませんでした。そこから漏洩した可能性は限りなく低い。という事は、内通者がいると考えるのが普通でしょう」
ラシファの意見にウィシュットは頭を悩ませる。
「……可能性は、否定できないわね」
「心当たりが?」
「ええ。でも確証は無いわ」
ウィシュットは冒険者から組合長になった叩き上げであり、信頼も知力もあるやり手だ。そんな人物の目を盗んで今回の事件を起こしたのなら、証拠を残す愚行はしないだろう。
「何か分かったらご連絡を。『漆黒の六枚翼』はいつでもお力になります」
「ありがとうラシファ。頼りにしてるわ」
ラシファは話を終えてギルドを後にした。ウィシュットはその後ろ姿を窓から見届けていた。
(……私も動かないといけないわね。犯人が誰なのかを調べないと……)
・・・・・
一方、オルカ、アージュナ、バルアルの3人は一緒に買い物から帰ってきているところだった。
今回の事件でオルカの強化薬が狙われているのなら、本物の強化薬かオルカ本人を狙おう可能性が出て来たので、しばらくはギルド及び街に全員がいることとなった。
ちなみにファンは今回の失態の件についてスカァフに滅茶苦茶怒られた。
「しばらくは俺が護衛するから安心してくれ」
「ありがとうございます……」
「俺もいるんだけどなあ」
冗談めかしに喋っていると、バルアルとアージュナは気配に気づいた。
「(バルアルさん)」
「(ああ、1名様だ)」
小声で確認しながら、3人は何度か迂回したりしたが、しっかりと付いて来ているのが分かった。
人気がない場所へ移動し、建物の角を曲がる。追跡者も角を曲がってくる。
「【6連】【一時停止】!!」
追跡者の姿を確実に捕らえ、オルカのデバフが直撃する。後を追っていたのはいかつい顔をした男だ。何をされたのか察したのか、至って冷静だ。
オルカ達の手には小さな袋に何でも入る魔導具『収納袋』から取り出した各々の武器が握られていた。買った物は『収納袋』にしまった。
「さて、尾行していた理由を教えて貰おうか?」
バルアルが不敵な笑みを浮かべながら近付く。しかし男は口を開く様子は無い。
「だんまりか……。とりあえず憲兵に引き渡すか」
「ですね」
【一時停止】で動かない男を置物の様に持ち上げようとした時、男の胸元に隠れていたタトゥーがバルアルの目に入った。
真っ黒な林檎に蛇が巻き付いている不気味なデザインをしているタトゥーだ。
それを見たバルアルの表情が一変する。
「貴様!! そのタトゥーは何だ?!!」
すごい剣幕で男に掴み掛かる。
「ば、バルアルさん?! なにやってるんですか!?」
「お、落ち着いて下さい、バルさん……!」
慌てて2人が止めに入る。凄い力で掴んでいるせいで離れる気配はない。
「答えろ!! どうしてお前が『堕ちた林檎』のマークを付けている?!!」
「『堕ちた林檎』……?」
「それって、十数年前にギルドマスターが壊滅させた犯罪組織ですよね?」
疑問符を浮かべるオルカにアージュナが補足する。
「リーダーと幹部は逮捕、処刑されて所属していた部下も大勢捕まったって……」
「そうだ。そしてこのマークは奴らの象徴だ。それが今になって出て来るとはな……」
バルアルはもう一つの気配に気付いた。
「はあ!!」
振り向きざまに手から炎を出し、飛んで来た刃物を弾き飛ばした。
バルアルの視線の先に、如何にも暗殺者らしい細身の男が立っていた。
「誰だ?」
「お初目御目にかかる。私は『堕ちた林檎』のアサシン、『リスバー』。今から貴方達を殺す者だ」
ニヤリと笑い、投擲ナイフを広げて見せる。バルアルはフッと笑い、
「その程度で俺達に勝てるとでも?」
「確かに今の私では勝てない。しかし」
懐から小瓶を取り出す。中には赤茶色の液体が入っている。そのまま蓋を外して一気に飲み干した。
「これで、貴方達に勝てる」
リスバーから黒いオーラが溢れ出し、全身に力が入っているのが分かる。オルカはリスバーから漏れ出る魔力で何を飲んだのか分かった。
「あれは、私の失敗した強化薬……!!」
「何?!」
「如何にも。失敗した強化薬はどんな効果が出るか全く不明。しかし、【高度鑑定】が使えれば話は別。デメリットは大きいが受ける恩恵は大きい。素晴らしい使い道だ」
筋肉からビキビキと音を立てながら走り出す態勢に入る。その前にオルカが杖を向ける。
「【10連】【遅延】!!」
魔術を発動したが、その前にリスバーが高速で移動していた。
数秒でオルカの後ろに回り、オルカに向かってナイフを突き立てる。
オルカは後ろに回ったのに気付き、回避しようとするが、どうやっても間に合わない。アージュナも咄嗟に動くが、これも間に合う距離ではない。
刺さると思った瞬間、ナイフが寸でのところで止まった。
ナイフはバルアルが手掴みで止めていたのだ。
「な?!」
「壁を蹴って後ろに回ったのは素晴らしかった。だが相手が悪すぎたな」
ナイフを掴んでいるバルアルの手から炎が溢れ出す。炎は意思があるかのようにリスバーの腕を這い始める。
「っ!!」
危険だと感じたリスバーはナイフから手を離し、跳躍して後退する。燃えた場所を見て、燃えていないのを確認する。
バルアルが掴んだナイフは熱でドロドロに溶けていた。
「惜しい。あと2秒だったんだがな」
「言ってくれる……」
バルアルとリスバーの間に緊張が走る。止まっているのを見てオルカが再び魔術を発動する。
「【遅延】!!」
「遅い!!」
魔術が掛かるよりも前に高速移動で躱してしまう。リスバーは周辺の建物の壁を利用して3次元的に移動して全く動きが読めない。アージュナはオルカを庇いつつ双剣を構え目で追うが、全く追い付けない。
「スカァフほどじゃないが、それでも追い付けない……!!」
「スカァフ未満なら問題無い」
バルアルは少し前屈みになりながら、背中から炎を噴出する。
「危な!?」
アージュナは咄嗟にオルカを庇って身を低くする。
炎は6つ、まるで翼の様に大きくなり、展開される。その姿はまるで、
「ギルドマスター……?」
オルカの感想を余所に、背中の炎は周囲に火を撒き散らしながら羽ばたきだす。
火は周辺に飛び交い、雨の中を走って濡れるかの様にリスバーの全身に着火する。
「ぐああああああ!!?」
リスバーは慌てて地面を転がり、身体に着いた火を消す。何とか消すが、全身ボロボロで呼吸は荒くなっていた。
(こ、呼吸が上手くできない……?! まさか、酸欠か……!!)
周囲は建物に囲まれ空気の通りがあまり良くない。そんな場所で火炎が発生すれば勝手に酸素が無くなり始める。呼吸しずらいのは当たり前だ。
バルアルは跪くリスバーに近付く。
「さて、お前達の目的を聞こうか?」
バルアルは見下しながらリスバーに質問する。その表情は怒りに満ちていた。
「何故失敗した強化薬を持っていて、俺達を襲ったのか。答えてもらうぞ」
「こ、の!!」
リスバーは近付くバルアルに向かって投擲ナイフを投げた。
しかし、バルアルに当たる前にナイフは見えない何かに弾かれ、熱で溶けてしまった。
「やめたほうがいい。今の俺は超高温だ。そんな武器じゃ傷一つ付けられない」
リスバーは勝てないと理解し、その場から背を向けて走り出す。
(作戦変更だ!! あの時より格段に強くなっているなんて誤算だった……! 急いでリーダーに……!!)
一瞬で10m以上離したが、次の一歩を踏み出そうとした時、身体が軋む感覚が起こった。
(しま!? 副作用が……!!)
もう一歩が出ず、速さそのままで蹴って方向転換に利用しようした壁に激突した。顔面から行ったため、顔の骨が砕ける音と共に停止した。
無残な姿になったリスバーに3人が近付く。
「【高度鑑定】でも正確に読み取れないから、失敗作なんですよ……」
オルカはお気の毒にと思いながら合掌した。
・・・・・
バルアルは『堕ちた林檎』の2人を憲兵、治安局に突き出した。
治安局から連絡を受けたラシファが3人を迎えに来て、厳重な態勢でギルドへ帰る。
「敵は組織だ。もっと気を引き締めないといけなくなったな」
バルアルは険しい表情だった。『堕ちた林檎』はバルアルにとっても因縁の相手なのだ。
「オルカさんは今後事件が落ち着くまでギルドで待機を。買い物は我々が代わりにします」
「分かりました……」
「俺もオルカの傍にいます。次こそ必ず守ってみせる」
アージュナも気合を入れ直した。
一方で、オルカは不思議に思う事があった。
(どうして私なんだろう……?)
前までいたギルドではこんな風に狙われることは無かった。A級魔術師だってそんなに少ない訳でも無い。まして強化薬はB級魔術師でも作れる。なのにわざわざ襲撃して来た意味が分からなかった。
(……今考えても分からないし、とりあえず身の安全を最優先しないと……)
一旦考えるのを止め、今は目先の問題と向き合う事にした。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『ラシファの過去、ファンバーファの一矢』
お楽しみに。
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