Ep.16 幕間『亀裂』
始まりの亀裂
メイドリッドが事件を起こしてから1週間後
『黄金の暁』のギルドマスター室にウェイガーとギャラヘッドが扉を開け放って入る。アイシーンは平静を保ったまま対峙した。
「ノックくらいしたらどうかな? 貴方らしくもない」
「メイドリッドに関してお聞きしたい。どうして街で出回っている情報と調書の内容が違っているのか」
ウェイガーとギャラヘッドはこの1週間でこの首都にある情報を片っ端から収集した。その結果、街で広がっている情報と、メイドリッドから被害を受けた冒険者達の証言と相違がある事が分かった。
アイシーンは溜息をついて、
「私の知る所ではないな」
「とぼけないで頂きたい。貴方のスカウトで入った冒険者達が吹聴しているのは調べが付いている」
アイシーンの眉が少しだけ動いた。ウェイガーは更に畳みかける。
「しかも吹聴させるために賄賂まで渡すとは、どういうおつもりか?!!」
ウェイガーは声を張り上げた。実の弟は確かに罪を犯したが、一方的な悪者に仕立て上げられた事が我慢ならなかった。そして、上に立っている人物がこの様な悪党の様な真似をしている事も許せなかった。
アイシーンは両肘を机に立て、
「だったら何だと言うんだ?」
「今すぐ訂正して頂きたい。貴方がついた嘘全てを」
ウェイガーの要望に、アイシーンは、
「……これは必要な嘘だよ。ウェイガー」
鼻で笑ってみせた。
「何……?」
「もし真実を提示すれば黄金の暁の評判は落ち、ギルド全体が危機に陥る。しかし上手い嘘をつくことでギルドに非は集まる事は無く、その個人だけで責任追及が済む。最善だと思わないか?」
アイシーンの得意げな表情にウェイガーの怒りが頂点に達した。
「嘘で固めた物を真実と呼ぶか!!? 貴様は!!」
「噓も方便だ。賢く生きるには必要だと思うがね」
ウェイガーとアイシーンの間に張り詰めた緊張感が流れる。
「…………訂正はしないんだな?」
「する必要性がない」
ウェイガーは怒りの表情を露にしたまま。
「そうか、ならば本日限りで黄金の暁を辞めさせてもらう。組合にギルド離脱届を既に提出済みだ」
「私も本日限りで辞めさせて頂きます。短い間ですがお世話になりました」
2人は懐に入れていた辞表を叩き付け、部屋を出て行った。
一人残されたアイシーンは、
「好きにすればいい。お前達の変わりはいくらでもいる」
悪態をつくのだった。
・・・・・
ウェイガーとギャラヘッドはギルドから出てすぐに馬車が待っていた。
アイシーンがどう答えたにしろ、今の黄金の暁にいる理由は無い。前もって馬車を用意していたのだ。
「荷物は既に送ってある。我々も行くぞ」
「御者、行先は予約した通り『リュオンポネス聖国』の『エレソーン』だ。出発してくれ」
2人が乗り込んだのと同時に馬車が発進する。
この『三騎士』の離脱はギルドに影響を与えるのだが、それはもう少し先の話だ。
ウェイガーは長らく務めたギルドに背を向けて、馬車に揺らされながら遠くへ離れていく。
(さらばだ。私の故郷、黄金の暁……)
・・・・・
ウェイガー達が去った直後、アイシーンのいるギルドマスター室に1人の大男が入って来た。
身長2m半程で、獣の毛皮で作った防具の下には、鎧の様な筋肉を身に纏っていた。歴戦の戦士である屈強な顔つきをしており、人を睨んで殺せる様な鋭い眼をしている。
「良かったのか……? 貴重な戦力だったのだろう?」
大男は低い声で静かに聞く。
「構わない。俺の思想に反する者は敵だ。そんな奴らを傍に置いておく必要はどこにも無いからな」
「そうか」
アイシーンは振り返って大男の方を向く。
「これからは君がギルドの最高戦力だ。よろしく頼むぞ、『英雄ホルケラス』」
この大男の名は『ホルケラス・ハーバー』。S級相当の魔物を単身で倒すこと10体、それ以下の魔物を3000以上狩ってきた。まさに英雄であり、史上最強の冒険者なのだ。
アイシーンは手を伸ばし握手を求める。
「ああ、よろしく頼む」
ホルケラスもそれに答えるように握手を交わすのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『強化薬にご注意』
お楽しみに。
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