Ep.15 黒豹王子と劇場の物語
いざ、劇場に
薬作りをした翌日
オルカとアージュナはハナバキーの劇場に来ていた。
劇場は宮殿を模した外見をしており、白い壁と黄色の屋根が特徴的だ。建物の周りは大きな芝の庭がいくつか設置されて見栄えの素晴らしい場所でもある。
前に外見だけ紹介されたが、中に入るのは今回が初めてだ。
「な、何だか緊張します……」
「そんな大層な所じゃないさ。見た目は立派だけど中は普通の劇場だ」
アージュナは緊張するオルカの手を取る。
「早く行こうぜ! 席と席の間、狭いから早めに行かないと入りづらいんだ」
「は、はい」
アージュナに手を引かれ、劇場へと入っていく。
中は広いエントランスホールがあり、天井が高く設計されている。天井には伝奇の様なストーリー仕立ての絵が描かれている。様々な種族の者達が数多の魔物を討ち破っているという内容だ。
(あれって、キヌテ建国記……?)
キヌテ・ハーア連邦は隣接する3国の英雄と西から来た『勇者』によって造られた国だ。
元はいくつもの小国が小競り合いを続けていたのだが、英雄と勇者の活躍で一つになり、キヌテ・ハーア連邦が誕生した。その経緯が夢物語の様で面白いと評判になり『キヌテ建国記』が作成された。他国にも知られる程有名で、四国同盟で知らない者はいないとまで言われている。
オルカが天井に気を取られている間に受付に到着していた。
「大人2枚」
アージュナはお金を払いチケットを購入する。
「かしこまりました。どうぞ最後までお楽しみ下さい」
受付嬢は頭を下げて2人を見送る。
「ちょっと後ろか。混む前に入ろう」
「あの、今日はどんな演目なんですか……?」
「劇場の正面に飾られてた垂れ幕の通りだ」
(見落としてました……)
・・・・・
劇場のホールは1階の一般席、2階から4階の特別席に分かれている。オルカ達は悠々と席に着き、開演まで待つ。
待っている間に客がドンドン入って来て、あっという間に殆どの席が埋まってしまった。
「きょ、今日は多いんですか……?」
「そうだな。前来た時はもう少し少なかったんだけど……」
そうこうしていると、ホールの灯りが消え、劇が始まった。
劇の内容はとある冒険者の男と異邦の女の恋物語だ。
ある日冒険者は女と出会い、交流を重ね恋に堕ちていく。
だが彼女は遠い国から追われていたお姫様だった。
彼は彼女を守るためあらゆる苦難を打ち破り、遂に彼女と平穏な生活を手に入れたのだった。
数時間に渡る物語が終わり、大きな拍手と共に幕を閉じた。
2人はエントランスホールに出て伸びをする。
「面白かった?」
アージュナがおもむろに感想を聞く。
「は、はい。魅力的なキャラクターとストーリーが立っていて、とても面白かったです……」
「そっか、良かった」
アージュナは安堵した表情で胸をなでおろしていた。
「……? どうして安心しているんですか?」
オルカの指摘にアージュナがビクッと肩を震わせる。
「あ、あー……。実は、その、今回の劇、評判だけで決めたんだ。だからオルカに合うかどうか気になって……」
どこか申し訳なさそうに答えるアージュナを見て、オルカは微笑みながら、
「心配しなくても大丈夫ですよ……。本当に面白かったですから」
その表情を見たアージュナは本当に安心し、
「……おう! そうか!」
嬉しそうな笑顔になった。
「じゃあちょっとトイレを済ませてくるから、待っててくれ」
「はい、お気を付けて」
アージュナがトイレに向かうのを見送って、オルカは劇場の大きな柱で待つことにした。
天井を見上げ、キヌテ建国記の絵を見ていく。絵は油絵具で描かれているのか、陰影や彩光などが綺麗に描かれている。
「……よく描けてますね」
一人感想を呟き、順を追って見ていく。終盤の絵まで目をやると、
(……あれ? 最後の絵、何か……)
最後の一つ手前の絵、全ての種族が力を合わせて厄災の魔物『ハデス』を倒す描写に違和感を覚えた。オルカが知っている建国記では、
「……ハデスは倒されたのではなく、封印されたはずでは……?」
「ほう、いい所に気付きましたなマドモアゼル」
突然声を掛けてきたのは隣に偶然いた猫の獣人の男性だった。片眼鏡を付け、立派な髭を生やした小柄な老人だ。タキシードを着こなし、シルクハットもよく似合っている。
杖を突きながらオルカに近付く。
「この劇場のキヌテ建国記はご覧の通り倒されたことになっておりますが、歴史書では封印されたと書かれております。何故か?」
いきなりの問題に戸惑いながらも、
「えっと、重版していく中で変更されたから、でしょうか?」
「その通り。しかも出版元はここキヌテ・ハーア。ワタクシの憶測ですが、倒したことにしておいた方が印象が良いと思ったのでしょうな」
「ですが、歴史は正しく伝えるべきです……。間違った認識は真実を曇らせます……」
老人は髭を触りながら、
「ほほ、良い考えをお持ちだ。それは自論ですかな?」
「あ、いえ、私の師匠がいつも言っていたんです。真実は正しく知っておくべきだと……」
「なるほど、良い師もお持ちの様だ」
老人は小さく歩きながらオルカの横を通り過ぎる。
「突然話しかけて申し訳ない。聡明なマドモアゼルがいたものですから、つい」
「そ、そうでしたか……。でも、私も楽しかったです」
「寛容な心、それもまた素晴らしい。……アージュナ様をよろしくお願いします」
老人は一礼してその場を後にした。オルカは老人の背中を見えなくなるまで見ていた。
(最後の言葉、何だったんでしょう……? もしかして、あの人もアージュナさんのファンの方なんでしょうか……)
「オルカ! 待たせた!」
考えている最中にアージュナが戻って来た。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
「そうか、じゃあ行こうか」
2人は劇場を出て街へ出る。
しばらく歩いて、カフェへ入り、オープンテラスの席に案内された。互いに好きな物を頼み、先に運ばれてきたドリンクで喉を潤す。
「オルカって甘い物好きだよな。昔からなのか?」
「は、はい。頭を使うとどうしても甘い物が欲しくなってしまって……」
「そうか。俺は胸やけするからそんなに食べないけど、オルカはそういう理由なのか」
カップの半分程飲み、コースターの上に戻す。
「前に女子達と一緒に食事をした事があったんだけど、その時の答えは『美味しいから』だったんだ。別の理由もあるんだなって今素直に関心したよ」
「そうだったんですか……」
オルカも半分程飲んだドリンクをコースターの上に戻す。
「……アージュナさんは、どうして私にここまでしてくれるんですか?」
オルカは会ってすぐの人から距離を置かれる。暗く、何を考えているか分からないからだ。それとなく本人も自覚しているが、直そうにも直せそうにない。
来たばかりの自分にここまでしてくれる理由が分からない。その点がどうしても気になったのだ。
心配そうなオルカに、アージュナは、
「最初は、凄い魔術師だからスカウトしたいって思ったんだ。デバフとか【連続発動】を使いこなせる魔術師なんてそうそういない。でも、最後に見た笑顔を見てから、どんな人なのか興味が湧いたんだ。上手く言葉で表せないけど、もっと知りたいって思ったんだ」
アージュナは真っ直ぐオルカ見て話す。
「だから争奪戦も本気で参加したし、あの日真っ先に向かえに行った。オルカには何か行動させてくれる魅力がある。それが理由だ」
アージュナは真剣な言葉で言い切る。しかし、
「……そ、そんな風に言われる様な、人間じゃ、ありません」
オルカは腕を掴み、乱暴に握る。
「私、周りに合わせて流されていただけで、意思なんて、無くて。だから、そんな、買い被り過ぎです……」
オルカは俯きながら否定した。
アージュナはテーブル越しにオルカの手を取った。
「買い被ってなんかないさ。俺はオルカに感じるものがあった。嘘なんかじゃない」
アージュナに握られた手は温かく、力強く、何より優しかった。
「大丈夫。俺が保証する」
アージュナの言葉と表情に嘘はない。
オルカにとって、こんなにも嬉しいと感じた言葉は無かった。下唇を噛みながら、頭を下げる。
「ありがとう……、ございます……」
アージュナもホッとして手を静かに握る。
「えっと、よろしいでしょうか……?」
すぐ傍で注文した品を持った店員が待っていた。2人は慌てて姿勢を正し、
「ど、どうぞ」
「し、失礼しました……」
店員は雰囲気を察して素早く皿を置き、その場から去って行った。
2人は互いに顔を見合わせ、笑みを零した。
「……食べましょうか」
「そうだな」
心の距離が縮むのを感じながら、2人は食事を楽しんだ。
・・・・・
「はい、特にお変わりなく……」
オルカが劇場で会った老人は誰かと魔導通信で連絡を取り合っていた。
「新たに女性が近付きましたが、益になる存在かと。……はい、引き続き監視を行います。では……」
通信を切って街の大通りに戻る。人混みにまぎれながら歩を進めていく。
(彼女なら、アージュナ様の心のよりどころになれるでしょう……。あの方のように……)
神妙な顔つきで、老人は人混みへ姿を消した。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『幕間『亀裂』』
お楽しみに。
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