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Ep.14 鎧の騎士と黒の王子と薬作り


初心者のための回復薬作り



 アージュナ達が遠征から帰って来た翌日



「約束通り、誰でもできる初級回復薬を作っていきましょう……」

「おう! よろしくな!」

「よろしくお願いいたします」


 2人だけの約束だったのだが、何故か急遽セティが参加することになった。いつもの鎧姿では無く、薄着の格好だ。


「あの、どうしてセティさんが……?」

「私もしばらく暇なので、後学のためにと思いまして」

「……A級魔術師だからじゃないのか?」

「いえ、決してそのような……」


 セティの耳が後ろに折り畳まれていた。これは不安だったり嘘をついていたりする時にある動きだ。


「…………正直に言って下さって結構ですよ?」


 オルカの嘘をつかないで欲しいという目にセティの良心があっさり折れた。


「……すいません、A級魔術師の方から教われるいい機会だと思って便乗しました……」

「最初から正直に言えよ。印象悪くなるぞ」

「すいません……」

「謝るならオルカに謝れ」

「オルカさん、申し訳ありません」


 セティは深々と頭を下げる。


「いいですよ……。気にしてませんから」


 オルカは愛想笑いでセティを許す。


(セティさんとは、あんまり喋ったことが無いからなあ……)


 オルカがこちらに来てからしばらく経つが、あまりセティと会話する機会が無かった。


 必要最低限の会話以外したことがなく、タイミングが合わないのか、それとも避けられているのかよく分からないまま今日まで過ごしてきた。


(同じギルドですし、この機会にちょっとでも縮まるといいんですが……)


 オルカは微妙な感情を抱きながら、薬作り講習を始める。


「ではまず、簡単な座学から始めましょう」

「おう、よろしく頼む」

「よろしくお願いいたします」


 画用紙サイズの小さな黒板に簡単な図解を描きながら、どうして回復薬が作用するのか、どういう理屈でどんな成分が働いているのかを小一時間で説明する。


「……以上が初級回復薬の簡単な講義でした。分かりましたか……?」

「すっごく分かり易かった! 流石オルカだ!」

「一回の説明でここまで頭に入るとは、驚きです」


 アージュナとセティはいたく感心していた。


「あ、ありがとうございます……」


 オルカは軽くお辞儀する。


「それでは、早速作っていきましょう……。素材を出すのでちょっと待ってください……」


 棚に綺麗に置いてある素材を一つ一つ取って並べていく。その内の一つが高い所に置いてあった。


(台を持ってこないといけませんね……)


 台を探していると、後ろからアージュナが棚に手を伸ばして取ってくれた。


「これか?」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 一瞬とは言え、アージュナがオルカに覆い被さる様な形になり、今は棚と挟まれているせいでアージュナとの距離がかなり近い。


 オルカはドキドキしながら間から抜ける。


「で、では、早速作りましょう……」


 顔を赤らめながら作業を始める。使う素材は、魔力星草、カブトタートルの甲羅、赤色斑点キノコ、キサの実、魔力水だ。


 2人の前に使う器材を出して改めて順に説明していく。


「私の作業を見ながら一緒にやりましょう……。まずは乳鉢を使ってカブトタートルの甲羅をすりつぶして粉末状にします。すりつぶしやすいよう手で割りながら入れていきましょう……」


 2人は言われた通りにカブトタートルの甲羅を手で割ってすり鉢に入れていく。


 しかし、セティは力を入れ過ぎて握った拍子で木端微塵にしてしまう。


「………………」


 セティは黙ってテーブルの上に散った破片をすり鉢に入れる。


「あ、えっと、割れやすかったみたいですね……。何かすいません……」

「いえ、お気になさらず」


 苦い表情をするセティをオルカは必死にフォローする。それをアージュナはこうなるだろうなと言った表情で見ていた。


「では、気を取り直して、甲羅を乳鉢で粉末状にしていきましょう……。力を入れ過ぎないように慎重に……」


 オルカが見本を見せる。アージュナとセティも真似をして乳鉢ですっていく。


 だがセティは力を入れ過ぎてすったせいで物がテーブルに飛び出してしまった。


「……………………」


 セティはまた黙ってテーブルの上に飛び出した物を回収する。


 オルカは更に苦い表情をしているセティに、


「だ、大丈夫です……。次はもっと優しくすってみましょう」

「すいません……」


 セティは謝罪して作業を再開する。



 それからもセティは乳鉢で潰す素材を零したり、布を使って搾る作業で破裂させたり、キノコを煮詰める作業で魔導ランプの火力調整が上手くいかず過剰に火を出し過ぎたりとミスを連発した。



 終盤に入る頃には見るからにオルカは疲弊していた。それを見ていたアージュナは溜息をつきながら、


「すまないオルカ。セティはめちゃくちゃ不器用なんだよ」


 申し訳なさそうに打ち明けた。


「な、何となくそうだとは思いました……」


 セティもとても申し訳なさそうに、


「すいませんオルカさん……! 私が不甲斐ないばかりに……」


 頭を下げて謝罪する。


 オルカはゆっくりと立ち上がり、セティの傍に近付く。そしてしゃがんで座っているセティと頭の位置を合わせた。


「セティさんは、真面目な方だと思います。だから全部の作業を精一杯やろうとしているんですよね……?」


 セティはオルカの言葉で顔を上げた。自然と視線が合い、真っ直ぐ見つめる。


「なら、私はセティさんを責めません。むしろ尊敬します……。私には、できないことですから……」


 オルカはニコっと微笑み、セティを励ました。


 セティは下唇を噛んで、深々と頭を下げる。


「ありがとう、ございます……!」


 その声はどこか震えていた。傍から見ていたアージュナは、どこか安堵した表情だった。


 オルカは膝を伸ばし、


「仕上げに取り掛かりましょう。後は加工した素材を全部合わせて混ぜるだけです。頑張りましょう……」

「おう!」

「はい!」


 セティは顔を上げて元気よく返事をした。

 


 加工した素材をビーカーに入れていき、加熱しながら混ぜていく。


 オルカとアージュナはいいが、セティはガチガチに緊張しながら混ぜている。それを見たオルカは自分の物に【一時停止】をかけてからセティに近寄り、


「私の力加減に合わせて下さい……」


 セティの手に自分の手を添えて、ゆっくりかき混ぜる手伝いをする。


「力を抜いて、これくらいで大丈夫です……」

「はい」


 セティはオルカに合わせてゆっくりかき混ぜる。


 すると、徐々に色が変わり、薄い青色になり始める。


「いいですよ。あともうちょっとです」

「はい」


 数分回し続け、薄い青色から緑色に変色する。


「これで完了です。火を止めて下さい」

「はい」


 セティは落ち着いて火を止め、かき混ぜるのを終了した。隣にいるアージュナも同じ段階で作業を止める。


「あとは魔力注入ですので、私の作業になります。お疲れ様でした……」


 2人は一息ついて力を抜いた。


「セティさん、上手にできましたね」


 オルカは微笑みながらセティを褒める。


「ひとえに、オルカさんのおかげです。ありがとうございます」


 オルカに頭を下げてお礼を言った。


「……その、今まで避けていて、申し訳なかった」

「え……?」

「今まで積極的に関わらなかったのは、いつも雰囲気が暗く、よく分からない独り言を呟いているので、つい警戒していたからです」



 彼女が喪女の理由その3:いつも暗い


 彼女が喪女の理由その4:独り言が多い



(私、独り言なんか言ってたんだ……)


 今まで誰にも指摘されなかったせいで本人も気付いていなかった。この事実にかなりショックを受けていた。


「ですが、今日でその認識が誤っていた事がハッキリ分かりました。本当に申し訳ない!」

「だから俺言ったじゃん。セティの思っている様な人柄じゃないって」

「アージュナ様も、申し訳ございません」


 2人に謝罪して、頭を何度も下げる。オルカはセティに手を伸ばし、


「じゃあ、これからは仲良くしてくれますか……?」


 オルカの優しい答えに、セティは、


「もちろんです!」


 しっかりと手を握り、誠意を持って答えるのだった。



 ・・・・・



 気付けば外は夕方になっていた。



「では私が代わりに買い物に行ってきます。オルカさんはどうぞ作業の続きを」

「ありがとうございます……。お気を付けて」


 セティはしっかりとした足取りで研究室を後にした。


(今日はとても充実した一日だった……)


 今日の薬作りを思い返し、覚えた事をしっかりと復習する。座学、作業、オルカの励まし、そして、


(……ん?)


 徐々に思い出す、オルカが密着した際の柔らかい感触。位置的に、胸だ。


「うがあああ!!?」


 お互い集中してたとはいえ、とんでもない事が起こっていたことに悶絶した。


「私は、私は何て事をオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「やかましいぞ青二才!!」


 悶絶するセティは2階にいたスカァフに本を投げつけられるのだった。



 ・・・・・


 

 セティが1人悶絶していた頃、オルカは魔力注入の作業を行っていた。その隣でアージュナがそれを見ている。


 魔力注入は両手の掌から魔力を放出し、薬に浸透させる技だ。この魔力注入で効力と出来の良さが決まってくる。


「……完成……」


 オルカはものの十数分で魔力注入を終え、緑色の薬は綺麗な青色に変わり、全ての作業を終えフウと息をついた。


「お疲れ、オルカ」


 アージュナはオルカの顔を覗き込む。


「わ、あ、ありがとうございます」


 一瞬驚いたが、すぐに顔を逸らしてしまう。


(何でしょう……。顔を直視できない……)


 オルカは自分の感情に困惑しながら完成した回復薬を箱にしまう。


「今日はありがとうな、俺のわがままに付き合ってくれて」

「いえ、お構いなく……。今度は初級魔力薬を作りましょう」


 使った器材を洗い、片付けていく。その後ろ姿を見ながらアージュナは、


「なあオルカ、今回のお礼に一緒に劇場に行かないか?」

「劇場、ですか?」

「そ、二人きりで」


 オルカは迷ったが、断る理由も無いので、


「……わ、私で良ければ」

「決まり! じゃあ明日の昼な!」


 アージュナは嬉しそうに笑う。


「は、はい」


 オルカもまた、微笑んで返した。



 夕陽が差し込む研究室で、新しい約束を交わすのだった。








お読みいただきありがとうございました。


次回は『黒豹王子と劇場の物語』

お楽しみに。


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