Ep.110 カラーの悲願
悲願成就の時
カラーの真の目的、それは死んだ我が子と再会するため。
オルカはその答えに驚きながらも、納得していた。
「……世界を憎んでいたのではなく、最初から視点が違った、ということですか……」
カラーは微笑みながら答える。
「皆は私が世界を憎んでいると考えていたみたいだけど、そんな事は最初からどうでもいいの。私はこの手で抱いてあげる事ができなかった、私の子、ティルを抱きしめる。それこそが私の悲願なの」
その眼は、まさに狂人。常人には理解が及ばない、常識を大きく外れた者の眼をしていた。
「そのためだったらこんな世界、いくらでもひっくり返してみせる! そしてそれは今、成就したのよ! この時をどれだけ待ち侘びたことか!!」
笑い狂うカラー。その笑い声は狂気に満ち溢れ、耳に入れるだけでおぞましい。
オルカはカラーの傍にいるウルパと怪人に目を向ける。
「あなた達は、カラーさんの目的を、知っていて、手を貸したんですか……?」
「当然だ」
最初に答えたのは、ウルパだ。
「私は家族と再会するため、そして獣国を破滅させるためにカラー様の計画に賛同した。それに何の迷いも無い」
怪人はシルクハットのつばをつまみながら、
「私はカラー様と共にいられるのであれば、どこへでも」
簡潔に答えた。
カラーは胸元にしまっていた『冥界への鍵』を怪人に渡す。
「さあ怪人。貴方の使命を果たす時です。私を冥界へ連れて行って」
「ええ。ええ。ええ。仰せの通りに」
怪人はありったけの魔力を『冥界への鍵』へ注ぎ込み、【空間転移】を起動させる。
「怪人の中に入れた100万を超える魂と共に、開きなさい、冥界への扉……!!」
カラー達の足元に魔法陣が広がり、少しずつカラー達を転移させていく。
「逃がすか!!」
アージュナがカラー達の下へ駆けよろうとしたが、オルカがそれを必死に止める。
「駄目です……!! 今、近付いたら間違いなく冥界への転移に巻き込まれます……!」
「けど、このままだと……!」
散々やられるだけやられて、みすみす逃がすしかないなど、屈辱以外の何物でもない。
アージュナは奥歯で歯ぎしりし、
「カラー!!!」
カラーの名を叫んだ。
カラーはニコリと微笑み、
「そう悔しがらなくてもいいわ。この世界が全て冥界へ変わったら、また会えるもの」
軽く手を振った。
「アージュナ、また会おう」
ウルパもまた、アージュナに再会を約束した。
そこへ、勢いよく扉を開いて、ラシファ達が部屋に入って来る。
「カラー!!」
ラシファの声に反応して、カラーは振り向いた。
「一足遅かったわね、ラシファ。私は先に逝くわね」
微笑みならそう言うと、完全に魔法陣に飲み込まれ、冥界へ転移する。
全てはカラーの思惑通りに事が進み、止める事ができなかった一同は、ただただ、悔しい気持ちでいることしか、できなかった。
◆◆◆
冥界
そこは果ての無い暗闇、冷たい炎と川のみで満たされた悲しい世界。
その片隅に、カラー達は転移した。
ウルパは辺りを見渡し、冥界の様子を確認する。
「ここが、冥界……」
「何て冷たくて、悲しい場所なんでしょう……。こんな所に、ティルが……」
カラーは翼を広げ、すぐさま宙を舞う。
「私はこれからティルを探します。あなた達は私の事は気にせず、目的を果たしなさい」
そう言って、カラーは我が子を探しに飛んで行ってしまった。
「……いいの? カラー様の後を追わなくて」
ウルパが怪人に問いかけると、怪人は小さく溜息をつく。
「感動の再会に水を差すような真似はしたくありません。それに」
怪人の手を見ると、徐々に崩壊し、消滅が始まっていた。
「1人の肉体に、100万以上の魂を入れておくのは無理があったようです。おかげで、サルトとユラマガンドに再会する前に消滅するでしょうね」
「……そうか」
ウルパは怪人に背を向ける。
「魂がこっちだと呼んでいる。呼び声を頼りに向かってみるよ」
「それがいいでしょう。冥界は広いですから、気長に探してみるのがよろしいかと」
怪人は一人、座るのに丁度いい岩の上に座る。
「私はここで消滅するのを待ちます。カラー様に仕え尽くせたことは、本望です」
「……分かった。それじゃあな」
別れの言葉を告げ、ウルパはその場を去って行った。
一人残った怪人は、鼻歌を歌いながら、カラーの事を思っていた。
(許されるのなら、最後に、『愛している』と伝えたかった……。それだけが、心残りか……)
そんなことを思いながら、鼻歌を歌い続け、怪人は消滅した。
カラーは魂の呼び声だけを頼りに、ティルを探し続ける。
「どこ、どこにいるの……?」
感覚を研ぎ澄まし、呼び声を聞き分け、暗い冥界を探す。
果ての無い冥界を飛び回り、どこまでも続く虚しい風景の上を飛び続ける。
「っ!」
その時、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
お腹の奥に響く、確かな泣き声が、カラーに届いた。
「そこね、そこにいるのね……!」
カラーは速度を上げて、泣き声のする方向へ飛んで行く。
泣き声が近付き、よく目を凝らして探し続けると、布にくるまれた赤ん坊がいた。
「ティル!!」
カラーは本能で理解できた。その赤ん坊が、流産した我が子のティルであることを。
すぐさま着地し、ティルを優しく抱き上げる。
「ああ、ああ……! ティル、ティル……!」
カラーは涙を流しながらティルを抱きしめた。
「ごめんなさい、あの時守れなくて……! 今まで一人にさせてしまって、本当にごめんなさい……!」
過去の事を謝り、優しく、温かく抱きしめ続けた。
ティルは、ソッと手を伸ばし、カラーの頬に触れる。
「まあま、まあま」
カラーを母と呼び、キャッキャッと喜んでいた。
それを見たカラーは、喜びの涙を流し、再びティルを抱きしめる。
「もう離さない……。ずっと、ずっとそばにいるからね……」
ティルを抱っこし、子守唄を歌いながら歩き始める。暗い暗い冥界の底で、我が子と共に、歩き続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『諦めない』
お楽しみに
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