Ep.106 ソラに願いを
ソラは、無限の可能性
モーフェンは、オルカの魔力を感じ取り、顔を上げる。
「そうか。ようやくその域に達したか」
少しだけ微笑みながら、オルカの身に起こった変化に喜んでいた。そして、視線を目の前の事態に戻す。
現在モーフェンは、3人のカラーを倒したのと同時に、空間転移で大陸の東の果てまで飛ばされてしまったのだ。
そこは鋭い岩肌が立ち並ぶ海岸線。周囲には人どころか草木も無い。
「さて、【空間転移】を【色彩剥奪】で封じられてしまっている現状では、すぐに戻る事は叶わぬか」
使えるようになるまで20分、この海岸で待つしかないモーフェンだった。
◆◆◆
煌めくオルカと、深淵を纏うカラーが対峙する。
互いの魔力が空間でぶつかり合い、火花を散らす様に魔力の破片が飛び交う。
アージュナはオルカの後ろに下がり、その様子を見ていた。
(凄い……。これが一流の魔力を持つ者同士の衝突か……)
呆気に取られていたが、傍にいるのは邪魔になると考え、すぐに距離を取る。
それを見たオルカは、まだ余裕があるのを感じ取り、少しだけホッとした。
「他人よりも自分の心配をしては?」
カラーは微笑みながら、オルカに問いかける。オルカは視線をカラーの顔に向け、真っ直ぐに見つめる。
「カラーさん。貴女の過去を聞きました。これまで何をしてきたのかも」
それを聞いたカラーは、
「そう。どうだったかしら?」
平然と聞き返した。
少々驚いたオルカだったが、怯むことなく自分の言葉を繋ぐ。
「悲しいと思いました。同時に、止めなくちゃいけないとも思いました」
「あら、同情はしてくれないのね」
「はい、しません」
オルカはオドオドした様子を見せず、ハッキリと答える。今までにないしっかりとした意志で、カラーの前に立っている。
「どんなに悲しくても、無関係な他人を悲しませていい理由にはなりません。例えどんな理由があってもです」
オルカの言葉に、カラーはせせら笑う。
「今まで他人との関係を恐れていた貴女に、そんなことを言われても、説得力に欠けるわね」
「……以前の私ならそうかもしれません。でも今は違います」
オルカはカラーの言葉を否定する。
「黄金の暁から追放されて、漆黒の六枚翼に拾ってもらってから、色んな事に気付きました。認めてもらったこと、優しくしてもらったこと、大切にしてもらったこと、そして、愛されていること。今も前も、それを受け取っていたことに気付かされました」
力強く、しっかりと答えていく。
「もう私は恐れない。これから私は、沢山の人と、大切なこれからを生きていきます」
そして、アージュナの方を向いた。
「そして、愛する人とも」
その言葉を聞いたアージュナは、強くなったオルカを見て微笑んだ。
カラーは、少しだけ溜息をつく。
「そう。もう少しこちらに歩み寄ってくれるかと思ったのだけど、残念ね」
汚泥の様な魔力が溢れ出し、次々に武器へと変換する。
「【暗黒深淵紋・千変万化】」
無数の剣、槍、斧、鎌、あらゆる武器が出現し、オルカに標的を定める。
「さあ、止められるかしら?」
指で合図を送った瞬間、一斉にオルカに襲い掛かった。
「オルカ!!?」
アージュナが声を上げる。
しかし、オルカは心配いらないと言わんばかりに、微笑んだ。
直後、襲い掛かる全ての武器が、木端微塵に砕け散った。
何もしていないのに、全て砕け散ったのだ。
カラーは目を見開いて、驚いていた。
(どういうこと……? 何もしていないのに止められた? 仮に魔術や魔法だとしても、詠唱省略した呪文を唱えていない。だとすれば……)
思考を巡らし、一つの答えに辿り着く。
(完全無詠唱。……けどそれなら、最初から行うはず。それを今になってしているということは、さっき倒れている間にその方法を思いついた。どうやって?)
更に思考を巡らしていき、オルカの変化に目をやる。
オルカの髪、周囲の状況、それが無駄な変化とは考えられない。であれば、それらの変化が完全無詠唱の鍵になっている。
(………………まるで、宇宙が広がったような。いえ、宇宙を生み出した……?)
そこで、ある予測にぶち当たる。
「……まさか、『周囲に新たな魔力回路を形成した』……?」
思わず言葉に出ていた。そしてそれは、
「はい、その通りです」
正解だった。
もしそうだとすれば、
「……嘘でしょ? だって、それは……」
前人未到の、机上の空論を体現したことになる。
カラーも魔術や魔法にはかなり詳しい方だ。それ故に、オルカがやってみせていることがどれだけ至難の業なのか、よく理解できた。
そして、完全無詠唱の謎も自然と解ける。
「肉体を介さず、外に出ている状態なら、直接魔導構造を組み立てられる。だから完全無詠唱が出来たわけね」
「そこまで言い当てられてしまうと、素直に凄いとしか言えません」
オルカはカラーの聡明な答えに、素直に感心していた。
「……魔力の放出は髪の毛でやっているのね。だから髪が夜空の様な魔力発光を起こしている。そこから自分の思考だけで魔力回路を成形。……とんでもない集中力と思考力が必要な荒業ね」
「そうですね。結構疲れます」
オルカの様子を見たカラーは、再び微笑んだ。
「じゃあ、そんなに時間は持たないわね」
かなりの集中力と思考力を使う芸当で、魔力を放出し続けなければならない構造なら、その時間はかなり限られる。
そう踏んだカラーは、手段を切り替える。
無数の【魔力弾】、多数の【深淵魔法】がオルカに矛先を向ける。
「耐久戦に持ち込めば、自然とこちらに勝利が転がって来る。そうでしょう?」
不敵で不気味な笑みを浮かべるカラー。
それを見たオルカは、少しだけ息を吐く。
「確かに、今の時間稼ぎや耐久戦が長引けば、私の消耗で終わりだと思います」
ゆっくりと、カラーに向けて手をかざす。
「でもそれは、これから起こすことが無ければの話ですが」
「?」
次の瞬間、オルカを中心に風景が変わっていく。
暗黒空間が波紋の様に広がり、音を立てて周囲を侵食する。
「まさか、貴女も時間稼ぎを……!?」
「はい。お付き合いして頂きありがとうございます。おかげで完全無詠唱で無事に組み上がりました」
侵食は止まることなく、一気にオルカ達がいる部屋を飲み込んだ。
「これが私の最強のデバフ、【否定領域】です」
お読みいただきありがとうございました。
次回は『【否定領域】』
お楽しみに
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