Ep.100 煙の神父、盾の騎士
煙に巻かれるのは
スカァフとバルアルの激戦が決着した頃、サルトの気配が消えたのをユラマガンドはピクリと反応する。
「……そうですか、逝きましたか……」
目を細め、悲しげな表情になる。
それに気付かぬまま、セティとルーは攻撃を仕掛ける。
「フン!!」
「おっと」
セティの斬撃を、ユラマガンドは軽やかなステップで躱す。
「【精霊弾】!!」
ルーの魔法の弾丸による追撃もあったが、これも悠々と躱してみせる。
(悲しむ暇は、今は無さそうですね……)
ユラマガンドは拳を構え直し、一人と一匹へ対峙する。
十字架の付いたメリケンサックを握りしめ、その場で何度か小さくジャンプし、いつでも動けるように準備する。
(さて、あの盾が厄介ですね……)
ユラマガンドの【死の十字架】は、直撃から5㎝以内に肉体が無ければ適用範囲に含まれない。
故に、厚い装甲や盾などの武具に阻まれれば、全く通らないのだ。
セティの様な重装備をしている相手は特に苦手としている。
(となれば、別の手で行きましょうか)
ユラマガンドは葉巻を咥え、葉巻に火を点ける。そして煙を吐き、周囲に纏わせる。
「【煙隠れ】」
姿が徐々に見えなくなり、煙は完全にユラマガンドを消した。
そして、煙はセティ達に向かって伸びて行き、飲み込もうと迫って来る。
「ルー、回避だ!!」
「了解です!」
左右に分かれて回避しようと動いた時、セティの足元にナイフが突き刺さる。
「ッ!? これは、怪人の!!」
同じ空間で戦闘を行っている以上、飛び道具が飛んで来る可能性は大いにあった。それが今になってやってきたのだ。
追撃を予想し、防御を固めたのが災いし、セティは煙に飲まれてしまった。
「セティさん!?」
ルーが叫ぶが、時すでに遅し。セティはユラマガンドのフィールドに乗せられた。
周囲は煙に包まれ、視界は奪われ、方向感覚は完全に失われた。
セティは盾を構え、ユラマガンドの攻撃に備える。
(どこから来る……)
神経を集中させ、耳を立てて音を聞き分け、迫り来る敵に警戒する。
獣人特有の耳の良さを利用するが、怪人とファン、カラーとラシファの戦闘音ばかりが聞こえ、微かな音は聞こえづらい。
臭いで探ろうとしたが、煙の臭いが濃すぎて役に立たない。
残るは騎士としての勘のみ。
(どこだ……、どこにいる……?)
気配を探っていた次の瞬間、キュ、という靴の音が、背後から聞こえた。
(そこか!!)
セティは無言で大きく剣を振る。
斬撃は半円を描くように振るわれ、ガキン!! という硬い音をさせる。
「くっ!!?」
攻撃をかすめたユラマガンドは後退し、態勢を立て直そうとする。
「させん!!」
セティは間髪入れずに剣を突き立て、ユラマガンドに向かって突進する。
残り数m。あと少しでユラマガンドの心臓に届く。
そう確信できる状況だった。
「セティさん!! 上です!!」
「ッ!?」
ルーの声に反応し、上を向くが、煙で何も見えない。
その数秒後、巨大な熊とジャガーの手がセティの真上から迫って来た。
「これは!!?」
「よかったです。素直に誘導されて」
ユラマガンドはニヤリと笑う。
ユラマガンドの目的は自分自身の姿を消すのではなく、テスカトリポカによる奇襲だった。
それに気付けず、セティはテスカトリポカの攻撃の直撃を受けてしまう。
「うぐ!!?」
咄嗟に足を曲げ、上からの衝撃に耐える態勢に入る。
真上から襲い掛かる巨大な手による攻撃は、セティを圧し潰すようにして襲い掛かる。
床にセティの足がめり込み、全身がひしゃげる。煙から生まれたとは思えぬ重さで、セティを潰そうと力を入れ続ける。
「が、アアアアアアアアアアアア!!!」
今にも全身が折れそうな状態のセティは、耐え抜こうと叫びを上げて、全身に力を入れ直す。
(耐えろ!! でなければ、死ぬ!!)
死を受け入れることはなく、生のために必死に足掻く。
(この命はアージュナ様のために使うと決めたのだ!! ここで死ぬ訳にはいかぬ!!!)
アージュナの騎士として、アージュナと関係無いところで命を落とすことだけはあってはならない。騎士としての誓いを果たすため、生きてこの戦いを終わらせると心に誓っているのだ。
セティは吐血しながらも、潰されないよう全身に力を再び入れる。
「お見事です、が、ここまでです」
セティの前に、ユラマガンドが接近する。
ユラマガンドは【死の十字架】を発動し、叩き込む態勢に入っている。
セティは回避しようにも、上からの攻撃で全く動けない。
「ぐ、己!」
「終わりです」
ユラマガンドの十字架がセティの胸に向かって放たれる。
「セティさん!!」
セティを呼ぶ声と共に、ルーが飛び込んでくる。
間に割って入ったルーに、ユラマガンドの拳が叩き込まれる。
骨と肉が砕ける音が響き、ルーの口から血が吐き出された。
それを目の当たりにしたセティは目を見開き、
「ルー!!!」
ルーの名を叫んだ。
お読みいただきありがとうございました。
次回は『精霊の役割』
お楽しみに
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