第五十話:背負うモノ
夜更けて、時計の短針が一周回った頃だった。
不安定な様子を見せたクインだったが、眠る前には落ち着きを取り戻したように見え、局面はとりあえずの区切りを迎えたように思えたが……。
様々な衝撃に直面したリプカの一日、そしてクインをより深くに知る今日の機会は、まだ終わっていなかった。もしかしたら、始まってすら。
――何かが聞こえてきて、リプカは薄ぼんやりと目を覚ました。
(…………?)
気のせいではないそれが、意識を刺激し続ける。
聞こえてくる何か……それは呟きだった。
「…………?」
体を起こし、中途半端だった意識を覚ます。
呟きは隣から聞こえてきた。
それはクインの寝言だった。眠ったまま、滔々《とうとう》と声を漏らしていた。
それは可愛らしい寝言ではなかった。
それは暗い感情を伴う呟きだった。
そして――クインは眠ったまま、涙を流していた。
「――シェル、エナード、スノウ、オッド、フラウミ、カーラ、エルコ、ララキウル――――」
呟き続けているのは、人の名前だった。
顔を僅かに、しかし悲痛な形に歪めて、彼等の名前を繰り返し繰り返し、口にし続けている。
――リプカは焦りの汗を噴き出し、クインに手を伸ばそうとしたが……涙を流し続ける彼女に触れることは何故だか躊躇われた。
躊躇いながらも、指先でそっと頬に触れる。――表情が僅かに変化した。
リプカは手を髪に滑らせ、内心の動揺が伝わらぬよう気を張りながら、頭をゆっくりと撫でた。
次第に表情が穏やかになってゆく。
やがて呟きが止まり、平常である寝息の呼吸が取り戻された。
リプカは痺れの奔る神経を解すような心持ちで、ほっと息をついた。
「…………」
クインの、今は穏やかな横顔。
(…………このお方は。このお方が負っているものは――)
(…………。少しでも、この荷を共に支えられれば……。…………)
私が。この、私が――……。
――少しだけ後ろ向きになってしまった気持ちを叱咤して、リプカは軽く首を振った。
衝撃による神経の痺れはまだ残っていた。
今すぐ眠る気分にはなれず、リプカはもう一度クインの頭を撫でてから、そっとベッドから抜け出した。




