出会い、別れ、そして再会、はたまたは――初めましてのような再会までの、さよなら・6
「そういえば……。シィライトミアの、お姉さんがいるってことは……、ミスティアちゃんも、今、このお屋敷にいるってこと……?」
ミスティアの悩みを受けて、機を窺っていたリプカとオーレリアであったが、リプカの部屋で寛いでいた、ふとしたところで、意想外にサキュラのほうから話を振ってきた。
オーレリアは平静に、リプカはサキュラから見えない部位をドキリと緊迫に跳ねさせて、その話題に応える。
「――ええ、ただ……今はご用時により、お屋敷から離れておいでです」
「……そう」
「……サキュラ様は、ミスティア様とは……どういった仲なのでしょう?」
「友達……。……なんだけど。どうしてか、別れるときに、嫌われちゃったんだ……」
しゅんと俯き、しょげた表情を浮かべるサキュラ。
だがオーレリアが声をかけようとしたその時、サキュラは顔を上げて言った。
「でも……ね。シュリフちゃんに……ミスティアちゃんと仲直りできる方法を……教えてもらったから……。だから、きっと、大丈夫……」
オーレリアは驚きの表情を浮かべた。
彼女の表情を窺って、リプカもその意味を考える。――確かに珍しい……、予見のミスティアは直接的な未来への助言を、有事でもなければ滅多にしなかったことを思い出し、サキュラの話したことの意外性に気付いた。
「……ミスティア様との間に、何があったのかを、お聞きしても?」
迷いながらも、意を決して踏み込んだことに、サキュラは「いいよー」と軽く了承を返事した。
「何があったのか」を聞くことについて、ミスティアからも了承を得ていた二人は、広いベッドに座るサキュラの傍に寄って、話を聞く姿勢に入った。
サキュラはアルファミーナ連合発行の恋愛雑誌を開いたまま、宙を見つめて語り始めた。
「ミスティアちゃんと出会えたのは、私にとっては本当に偶然で……、パレミアヴァルカのフレイラフレン領域へ遊びに出かけてたとき、ちょっと迷子になってた私に声をかけてくれたのが、ミスティアちゃんだった。本当に綺麗な人で……、輝くような顔で、私を見つめてくれる人……。そのときのことがキッカケで、私たちは、仲良くなった……。
あとから知ったけれど……、ミスティアちゃんとの出会いは、まったくの偶然じゃあ、なかった。シィライトミア家の二人は、そもそも……フラムデーゼドール家に招待されて、レイラフレン領域へ来ていたの。オヤジとオフクロが、そのとき妙に緊張していたその意味を、私は知らずにいた……。アリアメル連合からの、交通の便を考えて、実家に招待できなかったことを……オヤジとオフクロは残念に思っていたみたいだけど……、私にとっては、家を離れた旅先で出会ったから……より、出会いの印象が……、鮮やかに記憶された。
ミスティアちゃんは、たくさんのことを、親身に……私に教えてくれた。それから彼女は、私の教師役になってくれて……、私はミスティアちゃんから、多くのことを学んだの……」
――たくさん、背伸びをしたのだろうな。
リプカはそのことを察することができた、幼年組と行動を共にしていた自分が同じような立場であったから。――あの聡明なミスティアといえど、今よりも幼い歳ならば、まだ、学び身に付けたことは、多くはあるまい。精一杯に頑張って、お姉さんであったのだろう。
「道端の花みたいに小さな礼儀作法、買い物のしかた、ちょっとオシャレなお洋服の着かたを教えてもらったり……、そうして一緒にお食事して……笑い合って……。…………。でも、最後の最後で……。どうしてか……。『あなたには……未だあなたも知り得ない、信じられないほど広大な世界があって……。――その先端に触れるには、私は――……早すぎた……』 そう言って、ミスティアちゃんは、私から離れていった……。明確なお別れを、ハッキリと言葉にしたわけでは、なかったけれど……、離れていった……それが分かった……」
「…………」
「そうして、私は……、仲直りしようと思って。あれがどういうことだったのか考えた……。でも結局、分からないまま……、そのあと、彼女にもう一度、歩み寄ったんだけど……。けれど彼女はもう、彼女じゃなかった」
裏。
反転。
彼女は――サキュラの知る少女ではなく、予見の少女であった。
「それからシュリフちゃんと過ごす日が始まった。シュリフちゃんと過ごす時間も特別で、教えられることはなかったけれど……、気付かされることばかりだった。彼女が私の恩人であったことを知って、彼女とも、仲良くなった……。――話してみると、意外と短かったけれど……、ミスティアちゃんと、シュリフちゃんとの話は……これでおしまい。そして、私は彼女との仲を取り戻す方法を教えてもらって、今も、その意味を考えているの……」
「――お話してくださって、ありがとう、サキュラ様」
事情を知って、そのうえで抱いた思慮については、リプカとオーレリア、二人の慮りとも、共通していた。
――まだ、早い。
『今顔を合わせるのは、気まずい』 ――ミスティアの言った事の意味を察する。
未だ時期尚早、サキュラはまだ七歳である、現状で顔を合わせても、ミスティアとしては何も言えるべきこともないだろう。それに、これも二人共々に予感する事として、どうにもこの巡り合わせについては、リプカたちの知ったシュリフの空回り的な算段であるように、感じられていた……。
「ねえ、リプカ、オーレリア……。私は、あのとき本当は、何を問われていたのかな」
本当に聡いその問いに、逡巡を見せたリプカを隣に、オーレリアが柔和に微笑んで答えた。
「それは貴方様自身で見つける問いでしょう」
なんら解釈的な明示があるわけでもなかったが、体裁を魅せることに捕らわれない、無垢に凛と、誠の姿勢で微笑み、人の問いに答えられる彼女が言うと、それだけで、そこに本質的な具体性を見出せた。
サキュラはコクリと頷いた。
「うん。このことは……自分で答えを、見つけてみるよ……」
いずれ、理解するだろう。
それは時間が導く問題、そのときには、きっと――。
「また、仲なおりできるといいな……」
今は傷があっても、きっと、時間が辿り着くべき場所へ導く。
リプカもまた笑んで、彼女を優しく抱きしめた。
そして、そう考えながら――、ふと、胸内の隅で疑問が浮かんだ。
大筋を聴いただけであるので、彼女たちの繊細な情緒にまでは、想像が及ばないけれど……。
話を聞いてそれでも分からず、思う。どうしてミスティアはサキュラへ、『嫌われてしまった』と受け取られてしまう成り行きで、ある種の別れを口にしたのだろうか……?
――――と。そのような一節のあった、一日を。
それから日数の経った後日、弁えるべき詳細の暈しを入れながらフランシスに話したところ――――大口を開けて、爆笑された。
ど、どうして笑うの? ――と、尋ねたところ。
まだまだ何が起こるか分からないから。――という、意味の解せない答えが返ってきた。
リプカは小首を傾げたが、例えばビビに相談したところで、おそらく彼女もまた、思わずの小笑を漏らした事かもしれなかった。
分別みたいに隔てるなら。
フランシスとビビ。
リプカとサキュラ。
言うなら、まさに渦中の立場にありながらも、それは、そういうことだったから。




