それぞれの事情~リプカ~
あの粗末を絵に描いたような占い師の予言のことを思い出したのは、微睡みにたゆたいながら、今日という日を迎える契機となった様々を振り返っていた、そのときだった。
曖昧な意識の中で、どのような道筋を辿ってか、城下街を散策したあの日の景色を、半分夢に見るように思い出していると――ひと気の少ない裏道で、気だるげな若い娘に言い渡された、あやふやな予言の内容が、ぷかりと意識に浮かんできたのだ。
『えー、まず、貴方はこれから、六人の王子に求婚されます』
――思わず、目が冴えてしまった。
目を見開き、意識の冴えと共に掻き消えそうになった、うつつの中で考えていたことを反芻するように思い返す。
六人の王子。今日という日の激動。六人の王子が集う、縁談騒動――。
ぽかんと口を開きながら、その的中に驚愕した。
偶然だろうか?
そのままズバリではないか……。
偶然で片付くことだろうか……?
あの子は、もしかしたら……本当に――。
――はたと、内心で待てよを呟く。
あの占い師は、続けて何と言ったか?
『えー、でですね、貴方は七人目の王子と婚約を結びます。そして幸せになるでしょう』
(……七人目?)
エレアニカ連合、アルファミーナ連合。
パレミアヴァルカ連合、アリアメル連合。
イグニュス連合、そしてオルエヴィア連合。
戦争に関わっていた国は、それで全てだ。七カ国目は無い。
これから、また新たに誰かが関わってくるということだろうか?
……この偶然を真剣に考えることは、馬鹿らしいことだろうか? だが、たまたまの符合として納得することも躊躇われた。
それにしては――。
「ねえ、リプカちゃん」
――静寂の中、突然投げかけられたその呼びかけによって、予言を巡る思案は瞬間、波に攫われた砂絵のように、形を無くした。
控え目に発されたその声にピクンと体を震わせると、そっと、仰向けで目を瞑るアズの横顔を窺った。
「どうなさいました? アズ様」
「ごめんね、起こしちゃった?」
「いいえ。考え事をしていました……」
「そっか。…………。……あのね、リプカちゃん」
僅かだけ間を置いてから。
アズは、伝え方を手探りするような調子で、言葉を紡いだ。
「これはアドバイスっていうか……気を付けてねっていう、うん、ちょっとした、忠告、かな?」
「忠告……?」
「あのね、リプカちゃん」
薄闇に相応しい、程々に顰めた声で、アズは警句を口にした。
「自分を好いてくれるのは、クララちゃんだけ、とか……彼女だけが唯一、自分を好いてくれる人なんだ……なんてことは、思っちゃ駄目だよ?」
「……え? え、と………。どういう……意味でしょうか……?」
「そのままの意味。自分を好いてくれる人が、他にいない唯一だなんて、思っちゃ駄目……」
「…………? な、何故でしょう……?」
「それはね」
戸惑い混じりに問い返されると、鮮明に、はっきりと声色に輪郭を付けて、アズはリプカへ答えを伝えた。
「リプカちゃんを心の底から好いてくれる人が、クララちゃん一人だけだとは限らないからだよ」
「えっ――!?」
「もちろん、そういう意味でね……」
「そ、そん……そんな……??」
リプカはまるで、この世のルールに無い可能性を示唆されたみたいな、大変な混乱を浮かべた。
枝から千切れ落ちた林檎が、地に落ちず天に向かって浮かび上がるかもしれない――。そんな荒唐無稽を、真剣な面持ちで語られたような困惑に陥っていた。――今まで、幸いの笑顔を向けてくれたのが、妹の一人だった少女。
「…………??? そんなことが……」
「あるんだよ、リプカちゃん」
優しい声色で、アズナメルトゥは諭した。
「でも……」
「リプカちゃん。もしそうなったとき……リプカちゃんは、迷わずクララちゃんを好きでいられる?」
「――――!」
「好くのなら――その人自身を、真っ直ぐに見つめてあげて。その人の、人柄そのものを。じゃないと……その想いは、いつか曖昧なものになっちゃう。霧がかかったように、迷いも生まれてしまうから」
「……迷、い」
「まあ、あんまり真っ直ぐに見つめすぎると、疲れちゃうかもしれないけど……でも、リプカちゃんを心の底から好いてくれる人が現れるかもしれないっていう事実だけは――絶対に、忘れないで。そしてそのとき、必ず選ばなければいけないということも、忘れないで。リプカちゃんを好いた誰かの想いが、タガ外れることがあれば、身の危険を覚えたそのとき、きちんと断ったり……そのあとで、ちゃんと向き合ったり。悪戯に傷つけることがないように、そういう心構えも大切だから……わかった?」
「…………」
その意味を計りかねるところもあり、戸惑いながらも――。
「わかり、ました」
その語りから、本気で向けてくれた心配、想いの大きさを感じ取り、その一言一句を胸に刻んで。たどたどしくではあるが確かな返事をしたリプカは、こくりと頷いた。
アズが微笑みを浮かべたことには、辺りの薄暗さに関わらず、不思議と気付けた。
「眠ろうとしてるところごめんね。――おやすみ、リプカちゃん」
「おやすみなさい、アズ様――」
挨拶を交わして、また、静寂が訪れた。
リプカは考えた。自分に好意を、愛を向けてくれる人が、クララ以外に現れるのだろうか……? 奇跡が二度起こることなど、あるのだろうか……?
(――けれど)
(アズ様は私を思って、思いのこもった慮りの言葉を向けてくださった……)
それは明らかだった。
だから――心に留めておくべきなのだろう。
リプカは、アズナメルトゥの語りをしっかりと胸に抱き、何度も思い返しながら――まどろみに身を委ねた。




