それぞれの事情~クララ~・1-2
深く頭を下げると、少女もぺこりと頭を下げ、おどおどと迷った末に、こちらにとてとてと走り寄ってきた。――同じくらいの年頃の者が、フランシスを除けばクララだけだったため、気になったのだろう。
「あの、大丈夫でしたか……?」
若干の気後れを見せながらの心遣いに、クララも内心、英雄の少女に気後れを感じながら頷いた。
「はい、貴方様のおかげで……」
彼女らしくない、か細い声での返答になってしまったが――。
それを聞くと少女は――向日葵のように明るく優しい微笑みを、顔いっぱいに浮かべたのだった。
年頃と共に失われるはずの、あけすけに心を開いた純粋無垢に、年相応の知性が奇跡みたいに調和した、心が緩む笑顔だった。
「よかったです」
――動悸が早くなった。
不思議な気持ちを感じた。
クララはもう一度頭を下げると、父の背の影に隠れてしまった。
――それから、結局彼女と再び顔を合わせる機会もないままに、クララはウィザ連合を後にすることとなった。
リプカ・エルゴール。
彼女の名を、ウィザ連合の地から、離れてから知った。
戦争中である、あまり個人的な情緒に傾倒する時期ではないことは分かっていたが――どうにも、彼女のことを度々《たびたび》、思い返していた。
ふとしたときに。
眠りにつく前に。
それは一時の関心として褪せることはなく、どころか日が経つにつれて、想いは鮮やかに染まった。
自制を心掛けたが、想いはどうしようもなく心を彩り続けたし、最初は胸を弾ませる程度であった情動も、心象の彩りが鮮やかになるにつれて、苦しくなるほど大きくなり続けた。
――そして戦争が終わってからは、いよいよ情緒は、節度の抑制の範疇に負えない有り様を見せた。
四六時中、彼女のことを自然と考えている。
彼女は何が趣味か?
どのように育ったのだろう?
彼女はいま何をしているだろうか?
最初は、これは一時の感情であり思い出であると自身に理解を言い聞かせていたが――その理性とは相反して、彼女を想う心はますます強いものになり、抑えるのが難しくなっていった。
「リプカ様……」
会いたい。
二人きりでお話がしたい。
そして、願わくば――。
もはや想いの暴走であることは、明に自覚していた。
恋に恋する、熱に浮かされるような想いに捕らわれてよい立場ではないと、何度も自分に言い聞かせた。妄想と現実の区別を何度も思った。冷静を自身に強いた。
――だがそれでも想いは抑えられない。それはクララの意に反し強まり続ける。リプカへ邪を思うことさえあった。
「リプカ様……!」
いったい何故、こんな想いを抱かなければいけないのか。
本当に辛くなったとき、弱った心の隅で、そんな考えを抱いたこともあった。
最初からこんな想い、抱かなければ、このような苦心を抱くこともなかったのに……。
その馬鹿馬鹿しい考えに首を振ったあとは――虚しさだけが残った。
想いは相変わらず、僅かも損なわれないまま、そこにあるというのに。
――そんなときである。
エレアニカ連合が、互いの関係性を強めることを目的として、フランシス・エルゴールの姉であるリプカ・エルゴールの元へ、婚約者候補の王子を送るという話が挙がったのは。
クララの瞳は見開かれた。
「お父様」
千載一遇という言葉がある。――それは今、このときのために用意されていた言葉だろう。
もはや迷いは消えていた。
「お話があります」
意思を見開かれた瞳に湛えて、クララは立ち上がった。
分かっている。
今はまだ、これは純粋な恋だ。
――馬車に揺られながら、窓から覗く星空を見つめる。
だけど。
だけど、リプカ様が私に優しさを向けてくれる未来があるかもしれないというのなら――その先できっと、私は無二の愛を抱く。
鮮やかに鮮明な藍色と、透き通るほどに澄んだ星々の光。
それは明日を予感させる、満天の夜空であった。




