姉妹・4
両親への挨拶もそこそこに、フランシスは自室へリプカを招き、二人きりで、テーブルを挟んで向かい合った。
綺麗に整頓の行き届いた部屋。しかし長い間留守にしていたためか、僅かながらに人間味に欠ける空気感……私室であるのに、倉庫に似た乾いた印象を受ける。
「それで、フランシス」
その空気に僅かばかりの寂しさと心細さを覚えながら、温かい紅茶を一口頂くと、リプカは早速、話を向けた。
「あなたの企みは関係しないということは分かったけれど――でも、今回の一連は、あまりにも急すぎる。いきなり、こんな示し合せたようにどっと押し寄せるなんて。なにか理由があるとしか考えられないのだけれど……」
「あー、それね」
はしたなく円形のテーブルに頬をつき寝そべりながら、フランシスは呟くように漏らした。
「まあ、それは私の判断が関係している」
「判断?」
「うん。実は、お姉さまへの婚約話はね、私のほうで全部塞き止めて、無いものにしてきたの」
「そ、そうなの……?」
「そー。お姉さまは婚約破棄を交わしたばかりで、自由になったばっかだから、まだそういうのは億劫かなーっていうのもあったし、お姉さまはできるだけ私の傍にいてほしいっていうのもあったしー」
おそらく後半の主張こそ主だなと感じながらも、リプカは驚いていた。
フランシスが、あのフランシスが、自身の意思――我儘を撤回するなんて。
お姉さまはできるだけ私の傍にいてほしい。
その言葉からリプカは、フランシスが最近、実家に寄り付く暇もなかったという事情を思った。傍にいれないから、いいかなと思った、ということだろうか……。胸の奥に痛みが走る寂しさを感じながら、リプカはそんな想像を巡らせたが――。
続いて口にされたフランシスの答えは、リプカにとって意想外の理由であった。
「でもさー、お姉さまさー、…………私を助けてくれたじゃん? あのとき」
――あのとき。
リプカはすぐに察した。
フランシスが自宅で刺客に狙われた、あのとき。
リプカが助けなければ歴史が終わっていた、あの場面――。
フランシスは、テーブルにべったり頬を付けながら、ここではないどこかを見つめるようにして、続きを語った。
「あの時さー、お姉さまを私だけのものにするのは、なんか違うかなー、とか思ったりして。これだけ能力のあるお姉さまを、私だけのところに縛り付けておくのは……あのときさー、お姉さまさー、ちょーカッチョよかったじゃん? ……なんか、違うなって」
リプカは二度目の、そしてクララに告白されたときと同じくらいの、――最大級の驚きを覚えた。
フランシスが、そんな内心を抱いていたなんて……。
「だからさ、婚約話の塞き止めの、一切合財を解いたの。…………」
言い終わり、窓の外、青空を見るでもない遠くを見つめるフランシスを瞳に映すうちに――リプカの胸に、静かに灯る炎があった。
あの、傍若無人を絵にかいたような妹が、己の我儘に忠実であったはずの唯我独尊が、そのようなことを、力のない呟きで漏らす現実を上手く受け止められない――そんな気持ちを、衝撃を、意識の片隅に放っぽって。
「フランシス」
リプカは、フランシスに優しい声を向けた。
顔を上げたフランシスに、リプカは平静の表情のままに、力強い、真っ直ぐな言葉を送った。
「私、あなたのことが、この世界で一番大切」
フランシスの瞳が、僅かに見開かれる。
「時の流れは時代を進める。でも、これだけは覚えておいて。私は、あなたのことを心底愛している。いつでも、今も、未来も。言葉で言い表せないけれど、それはいつだって不変だわ」
そしてリプカはニッコリと、花咲くような、度外れた笑顔を浮かべた。
「貴方のことが、一番大切! ――もたれるような依存じゃなくて、ただの真実として」
己を見つめるフランシスを見つめ返しながら、リプカは語り続ける。
「私は今日、沢山の奇跡を体験したわ。――でも、やっぱり、私にとっての一番の奇跡は、あなたが妹であったこと。……そんな寂しいことを言わないでよ。そんな、これで私たちの関係が終わるかのような、寂寥が滲んだ話し方」
紅茶のカップを手に取り、リプカは言った。
「私が一番寂しいわ」
そして静かに紅茶を口に含むリプカを、フランシスはじっと見つめていた。
しばし、無言の間が続いた。
それはひりつくような沈黙ではなく、どこまでも自然体な静けさだった。気まずい空気感など、欠片もない。
ただ、いつもの日常のような無音。
――やがてフランシスが、体勢を起こしながら、緊張のないその静まりを破った。
「私、こんなにお姉さまを好いているなら、妹じゃなかったほうがよかったんじゃないか、とか、そんなことを幾度か考えたことがあるの。でもそのたび、それはなんか違うな、って曖昧だけれど確かな結論で、一人考えが終わる。それは今も」
そしてフランシスもニッと顔いっぱいで笑って――その眩く明るい笑顔で、リプカを照らした。
「私、お姉さまの妹でよかったっ!」
――そうして、姉妹二人は笑いあった。
長い間留守にしていたため、僅かながらに人間味に欠ける空気感、倉庫に似た乾いた印象を受ける部屋に――誰にも邪魔できない、二人だけの絆の世界が形作られていた。
面白いと思って頂けましたら、是非評価の程お願い致します。<(_ _)>




