第十二話:第六の王子・1
男性に対し『美しい』という印象を抱いたのは初めてのことであったが、それよりも、まずなりより強く受けた第一印象は『真面目そうなお方』であった。
大広間前まで戻ると、凛とした佇まいで庭先を見つめる、見目麗しい男性がリプカたちを待っていた。
彼はリプカに気付くと儀礼的な微笑みを浮かべて、ゆったりとした歩調でこちらに歩み寄ってきた。
「リプカ・エルゴール様ですね? お初にお目にかかります、私アリアメル連合、シィライトミア領域から参上致しました、セラフィ・シィライトミアと申します」
セラフィが折り目正しい礼と共に名乗りを上げて微笑むと、リプカはまるで、自分が物語の一節に迷い込んでしまったような、不思議な感慨に陥った。
「リ、リプカ・エルゴールです。お見知りおきを……」
なんとか挨拶を返せたことに安堵を感じながら顔を上げたところで、アズが後ろから控えめにバシバシとリプカの背を叩いてきた。――言葉なくとも言いたいことは分かった、セラフィの容姿はさすがのアズも僅かな間だけ固まってしまったほどの美貌であったのだ。
ミスティアと同じ艶やかな青に、落ち着いたトーンの黒が入り混じった髪は、絵に描いたような“王子”に相応しい風貌であった。
整って小さなその尊顔には、気真面目と、そして決してわざとらしくない優しさが見て取れた。立ち姿は颯爽と美しく、どこまでも澄み切った清潔感を感じさせる美男子である。
思えば、たった三日で婚約破棄されたハーレヴァンも顔立ちだけは良かったが、目の前の彼はそんなありきたりとは次元が違った美貌である。それでいて……男性的なたくましさよりも『美しい』と印象を抱く繊細を纏っていながら、「頼りなげ」というわけではない。立ち姿実に凛々しく、静かながらに確かな覇気に満ちている。
セラフィがリプカの手を取り、礼をする形でその甲に口付けすると、リプカはなんだか分不相応な場に放り込まれてしまったような負い目を感じてしまった。
(ちょーちょちょちょちょっ! チョーイケメン、チョーイケメンっ!)
(そ、そうですね……そのようで……)
アズの耳打ちに、リプカは曖昧に答えた。
正直、リプカにとって顔の良さはどうでもよかった。その人の顔立ちが良かろうが悪かろうが、万人から虐げられてきたリプカからすれば、容姿の良し悪しは然したる重要ではなくなっていたから。
ただリプカは、彼の優しそうな雰囲気が何よりも嬉しかった。
「ミスティア、そちらのお方は?」
「こちらはパレミアヴァルカ連合からお越しの王子、アズナメルトゥ・リィンフォルン・リリーアグニス様です、お兄様」
リプカたちの態度に少しだけ得意げな情を浮かべながら、ミスティアが紹介すると、アズは緊張などとは無縁の明るい笑顔を浮かべて、改めて名乗りを上げた。
「ご紹介に預かりました、アズナメルトゥ・リィンフォルン・リリーアグニスです! ミスティアちゃんとはあちらの中庭でお初に顔を合わせたの。早速友達になれて嬉しい! 貴方ともそういう関係を築きたいな」
「そうでしたか。ミスティアがお世話になりました。ええ、私も是非貴方様と友好を築きたい。よろしくお願い致します」
婚約者候補が女性だということに驚きを浮かべながらも、すぐに柔らかな笑顔を見せたセラフィ。
――そんな彼の笑顔を見てリプカは、何かがズレているような違和感を感じ取った。
直感的な違和感。なんというか、彼は……美し過ぎるのだ。
先程まったく当てにならない直感で恥をかいたばかりとはいえ、それを気のせいだと思い過ごすことは躊躇われた。一度意識すれば、それは頭から離せない。
「あ、ゴメンなさいセラフィ様、大広間で私のパパとリプカちゃんのお母様が、お話ししてる最中かも」
「いえ、お二人なら場所を変えて話し合っているようです。ここで私とリプカ様とで二人、先に挨拶を進めてほしいとフランシス様から仰せつかっております」
「フ、フランシスが来ているのですか?」
リプカの驚きの声に、セラフィはニコリと笑んだ。
「ええ。道中でお会いしました。間もなくこちらへお越しになるとのことです」
「そ、そうですか……!」
「ではリプカ様、よろしければ中へ。口下手な私の至らないところで、盛り上がりに欠ける場になってしまうかもしれませんが、どうぞご容赦を」
「い、いえそんな、こちらこそ……」
優しくリプカの手を取ったセラフィに導かれ、大広間の中へ向かうリプカへ、アズは胸の前で両手をぐっと握り締めたエールを送っていた。
声も発していないのに、なぜか「リプカちゃんガンバガンバガンバっ!」というアズの激励が聞こえた気がして、ほんの少しだけ緊張が和らぎ、リプカの固い表情が僅かに溶かされた。




