表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/540

第一話:神速の婚約破棄


『何事にも理由はあるもの。

 とりあえず、ファンファーレ。』


◇---------------------------


 古今東西、婚約破棄のきに様々なものがあるとはいえ、まさか三日天下ならぬ三日夫婦なんてものがあろうとは。 えにしつかさどる神々でさえ、これは予期しなかったことであろう。


(婚約破棄とは、通常、複雑な事情の末に起こる悲劇ではなかったの?)


 エルゴール家の令嬢リプカは、その唐突な宣告に茫然としてしまった。


「な、なぜですか……!?」


 心中では()()()()()()()()と予感を抱きつつ、リプカはかすれた声を上げた。


 リプカ・エルゴール。


 背は低く、幼子のようで、髪は色気のない漆黒色。身体の起伏もほとんどない……。程々に整った顔の造りが、せめてもの生まれ持ったなぐさめのような女――それが、鏡の前で自覚する姿見すがたみである、己に自信というものがない少女であった。


「どうして、こんなに突然に……」


 小さな叫びに、リプカがとついだ夫、ハーレヴァンは冷たい目を向けた。


 ハーレヴァン・エイルムメイティル。


 彼はリプカがとついできたその日から、新しい妻に冷たい態度を示していた。


「お前の妹、フランシスが来てくれれば文句はなかったのだがな」


 とつぎ先で初めて交わされた言葉がそれであった。


 その後も、才女で美しいリプカの妹、フランシスと比べるようなことをハーレヴァンは事あるごとに口漏らした。――むしろ、リプカに対して、そのことでしか口を開かなかったというのが正しいか。


 あの美しいフランシスが我が元に来てくれればどれだけよかったか。リプカが何かに失敗するたびに、フランシスならば、フランシスであればそんなことは、と滔々(とうとう)と口にする。


 二人の関係は、最初から冷え切っていた。

 リプカはハーレヴァンに、人間とすら見られていなかった。であるから、婚約破棄の宣告は当然といえば当然のきではあったのだが――。



 しかし、()()()()()()()()それを宣告されるとは。



 どう考えても、それは不自然であった。


「なぜです、ハーレヴァン様! 至らぬ事の多いわたくしですが、これはあんまりでございます……!」


 三日でとつぎ先を追い出された女という噂が広まれば、どうなるか――。

 ハーレヴァンのそれは、しいたげるという言葉でも足りない、リプカを追害するようなものとしか思えなかった。


 ――すると。


 ハーレヴァンは途端に……額のみならず表情のあちこちに青筋を浮き立たせた、気でも違えたのではないかと疑う《鬼の形相》に変貌へんぼうし、恐ろしく飛び出した血走り目でリプカをにらえた。


「リプカ。私は女中から、ある密告を聞いたのだ」

「み、密告? それはなんでございましょう……?」

「リプカ……リプカお前……」


 ハーレヴァンは怒りに震えながら、言った。



「お前……下女げじょが清掃のため床を拭いた布から絞り取った汚水おすいを……私が口にする紅茶に混ぜて……素知そしらぬ顔で私と同じテーブルについてそれを見つめていたらしいな……」



「――――なッ!」


 その荒唐無稽な告発に、言葉を失うリプカ。


 ハーレヴァンの馬鹿舌は有名な話であった。

 肉を食っても、それが何肉であるのかも当てられない。どころか彼の舌にかかれば、紅茶の種類すら一緒くたであるようだ――という、もの笑いのタネに陰口かげぐちするたぐいの噂は確かにあった。密告を受けたというその内容は、まるでそれを皮肉るようなものである。


 そんな噂が真実として広まれば、リプカの社交地位は底辺に落ちる。

 しかし……。


 嫁が夫の紅茶に汚水を混ぜたなど、いったい誰が信じるだろうか? もしそんな理由で婚約をふいにした、などという話が広まれば、むしろ信用が失墜しっついするのはハーレヴァンのほうであったはずだ。


 であったのだから。

 否定さえすれば、その場は収まりがついたかもしれなかったのだが――。


「え」


 もののはずみというやつだろう。

 驚きのあまりの動揺を突いて出た声が、その突飛を現実に映す最悪の返答が、茫然と開かれたリプカの口から滑り出てきた。



「なんでバレたの……?」



 ――それを聞いたハーレヴァンの表情たるや、仁王も身を引くが如しである。


 大広間にいた全員が身を凍らせる中、リプカは自分の失態を認めると、すんと真顔になり、続いて苦渋の表情で「ぐぐ、ぐ……」と詰まった声を漏らしながら、これから起こる様々を考え――。


 やがて、全てを諦めた表情を浮かべると。

 リプカは最後に、どうしても気になったことをハーレヴァンへ尋ねた。


「ハーレヴァン様、あのあと、お腹はちゃんと下されましたか……?」


 ――ハーレヴァンの平手が一閃し、それを頬に受けたリプカはオペラのワンシーンみたいに、後方の壁まで勢い良く吹っ飛んでいった。



 


面白いと思って頂けましたら、是非評価の程お願い致します。<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 嫁いだのなら婚約破棄じゃなくて離婚では…? なんかもう、この子は強いのかなんなのかwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ