第五の王子・2
原油の国パレミアヴァルカ連合の王子も女性だった。
しかし今度は、様子が違った。
お互い顔を合わせた瞬間、王子である女性と、その父親である恰幅の良い男性共々、「えっ?」という表情を浮かべてリプカへ視線を注いだのだ。
主人の相席が叶わず、大変な失礼を、という母の挨拶の後、しばらく両者無言の時間が続いた。
「…………パーパ。これ、どゅこと?」
遣わされた女性はきょとんとした表情で、父に意見を求めた。
彼女の父は懐から取り出したハンケチーフで汗を拭いながら、リプカと隣に座る母を順繰りに見やった。
「――いや、おお、これは……失礼っ、リプカ・エルゴール様は…………女性であられる?」
「は、はいっ。私が、リプカ・エルゴールですわ」
「……おぉ、こ、これはぁ……」
滝のように流れる汗を拭いながら、あちら方の父はしどろもどろになった。
しばらくの静寂の末に。
「……ま、間違いがあった、ようですな……」
そう口にした。
気まずい沈黙が、僅かの間流れた。
そして、母がその場を取り繕う言葉を発しようとした瞬間――。
「――ちょ、やーだッ! パーパッ、チョー失礼じゃんッ!」
どこまでも底抜けに明るい、弾けるような声が広間に響いた。
大声を発した娘にバシリと叩かれた父親は、髪を掻きながら恐縮した。
「いや、噂に聞くに、神気さえ感じる獣性を纏った方だというので、てっきり……! わ、我が国を代表して謝罪申し上げます!」
頭を下げた彼に母は慌てて身を乗り出し、良いのですよ、仕方のないことですわと言った。
両者の力関係が見て取れる腰の下げ方である。原油の国――別称、財力の国の代表に対する、そのさすがのVIP待遇な態度には特に思うところはなかったが、見下ろしたリプカに、むしろなぜお前は男でないのかという意味が含まれる視線さえ送ってきたことについては、毎度のこととはいえ腸が煮えくりかえる思いを抱いた。
「もー! ごめん、リプカちゃん。許してっ」
申し訳なさそうに手を合わせる女性だったが――リプカはいきなり呼ばれたそのフレンドリーな呼称に飛び上がってしまった。――母の冷たい視線が刺さる。
「こらっ、アズナメルトゥ! 言葉を改めないかっ」
「えー、いいじゃん、同い年ぐらいでしょ? ねね、リプカちゃん、いいでしょ?」
怒涛のように畳みかけられる光子の波のような言葉に、リプカは「え、ええ、構いませんわ」とか細く呟き、コクコクと頷き続けた。
「やたーっ! あ、改めまして、申し遅れました! 私、アズナメルトゥ・リィンフォルン・リリーアグニス! アズって呼んでっ」
「リプカ・エルゴールですわ。よろしくどうぞ……」
光の圧倒に押し流されそうになりながらも、リプカは名乗りを返し、彼女をおずおずと見つめた。
健康的に焼けた小麦色の肌と、太陽のように明るい笑顔、その二つが、彼女という人柄を表す象徴であるように感じられた。
令嬢としての所作を心得ているとは言い難いはずなのに、なぜかその立ち振舞いの一つ一つから、気高い気品が感じられた。また彼女から溢れる女性的な魅力の凄まじいこと――不思議な光を纏っていると錯覚するほどに眩しかった。
羽を纏ったような印象を受ける、極めて明度の高い茶色の髪も、身に纏う貴金属も、肌を多く露出する独特なドレスも、全てが眩い輝きを放っている。
どう育ったらこうなれるのだろう? 根暗を自覚するリプカは、少しだけ彼女に憧れた。
「いやすみませんね、リプカ様。娘ときたら何の遠慮もなくて……」
「い、いえ……、構いませ――」
「パーパ、難しい話はここまでっ! わたし、ちょっとリプカちゃんと二人でここらへん散策してくるから! お国の失敗を取り戻してくる! ――あ、お母様、少しお城を散策してもよろしいでしょうか?」
――え、ええ。構いませんことよ。
「そんじゃぁ行ってくるからっ! パパには無理だから、ここはわたしに任せて!」
アズナメルトゥの太陽のような笑顔を受けて、父親は顎を撫で、思案してから頷いた。
「んむ、そうだな。歳近い者らだけのほうが話も弾むだろう。――よし、ではアズナメルトゥ、此度の失態が少しでも拭えるよう頼むぞ!」
「まーかせてっ」
「その間に、我々は少し真面目な話をしよう。いや本当に、この度はとんでもない失礼を働いた……」
で、では行ってまいります。
という言葉をその場に置き去りにして、リプカはアズに手を引かれ、大広間を飛び出していったのだった。




