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令嬢リプカと六人の百合王子様。~熱愛の聖女、竜遣いの戦鬼姫、追放の無双策士にドラ●もんメカニック、太陽みたいな強ギャルに、麗しのプリンス!悪女と蔑まれた婚約破棄から始まる――【魔王】のための逢瀬物語~  作者: 羽羽樹 壱理
令嬢リプカと六人の百合王子様。~悪女と蔑まれた婚約破棄から始まる逢瀬物語~

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第九話:第四の王子

 どこを目指すでもない、無意識に任せたふらふらとした足取りが向いた先は、自室へ向かう廊下であった。


 一端腰を落ち着け休み、この短い時間で怒涛どとうのように畳みかけた奇妙な難事なんじを整理したい。リプカは無意識が選んだ逃走をさいわいとはんじて、その機に息を落ちつけようと考えたのだが――しかし、そういうわけにもいかなかった。


 自室には、見知らぬ先客がいた。

 怒涛どとうのように畳みかける難事なんじは、どうやらまだ続くらしい。


 この屋敷で唯一リプカの色が見て取れる自室には、無遠慮に部屋中の物を物色する女性があった。

 女性はリプカが硬直している間も手を止めず、今はリプカの下着を漁り、それを手に取りしげしげと観察していた。


「なっ!?」


 すわ、強盗であるか?


 リプカは一瞬そう考えたが、相手は耽美たんびな薄黄色のドレスに身を包んだ、どこをどう見繕っても強盗を働く身分とは見受けられぬ、女性であった。


「――い、いったい誰ですッ!?」


 リプカの上げた声に顔を上げ、扉の前に立つ者の存在を認めると、女性は下着を元の場所に戻し、悪気の一つも感じぬ澄まし顔でリプカに近寄った。そして礼だかなんだか分からぬちょいと頭を下げる所作を挟むと、堂々と名乗りを上げた。


「技巧の国アルファミーナ連合、ロライキス領域から遣わされた王子、ビビ・アルメアルゥだ。貴方あなたの人となりを調べるため、部屋を見させてもらっていた。よろしく頼む」


 言って、やはり無表情じみた澄まし顔で、リプカに手を差し出した。


 再び硬直したリプカを見て、女性は小首を傾げた。情報過多で働きを止めたリプカの思考が解凍するまで、しばらくの時間をようした……。


 ――無音の時間が続き。


(――――なっ)


 再び動き出した思考で真っ先に思ったのは。


(ま、また――また女性!?)


 やはり、それであった。


「――失礼。リプカ・エルゴール殿で間違いないか?」


 ビビは濁りのない瞳で、リプカの目を真っ直ぐに見つめながらそううた。

 どうしてそんな所作ができるのか。リプカは信じられない思いをいだいて、僅か身を引いた。


「あ、あの、貴方、貴方は今、私の部屋を物色していましたよね……? 間違いでは、ないですよね……?」


「ああ、間違いない。言った通り、貴方の人となりを調べるため、部屋を見させてもらっていた。失礼でしたか?」


 リプカは口をあんぐりと開けた。


 恐る恐る問うた質問に対する、混じり気のない真っ直ぐな返答。

 怒りを覚えるより先に、まず恐怖を感じた。ティアドラのときとは違う、会話の行き来は成立しているはずなのに、意識が微塵も共有できない意思疎通の断絶。

 正直、全身総毛立つほどの恐怖を覚えた。


 リプカは一歩下がり、ビビの人となりを見極めようと彼女を見つめた。


 可愛らしい、という言葉が似合う女性だった。少なくとも外見の上では……。


 首筋を妖艶に見せる、後ろで綺麗に纏められた髪。瞳の輪郭りんかくの鮮明、そして、あくまで女性的なプロポーションを崩さない範囲で引き締まったスタイル。

 その立ち姿からはむしろ、リプカと対極の、自然と世に馴染んだ印象が見て取れた。

 その人の自然体で、臆するところなく、人一人として確かにそこに立つような――リプカにとって非常に眩しく映るたぐいの、そんな明るささえ備えて……。

 気になる点といえば、綺麗なドレスに身を包んでいるのに、額にずり上げた無骨ぶこつなゴーグルがアンバランスだった。装飾にしては妙な着飾りである。


「……ふむ」


 差し出した手を引っ込め、ビビは顎に手をやり、表情一つ変えぬまま思慮に及んだ。


「失礼があったようだ」


(――――そりゃあそうでしょうよ!?)


 ビビは、更に身を引くリプカの手を無理矢理取ると、強引な握手を交わした。

 そしてスタスタと部屋の奥へ歩を進めると、許可も取らずリプカのベッドに腰を降ろし、そしてあろうことか隣をパフパフ叩き、「こちらへ」とリプカを誘ってきた。


「………………」


 今すぐここから逃げ出すべきか。

 真面目な話、それが懸命な判断だろう。どう考えてもまともな相手ではない。


 しかしリプカは恐る恐るの歩みで、ビビのそばに寄ることを選んだ。鏡のように輝くダリア色の瞳には、悪意も狂気も宿っていないように感じ取れたからだ。


「失礼があったなら謝る。しかし更に失礼を重ねることになるが、貴方に一つの問いを向けることを許して頂きたい」


 若干距離を開けて腰掛けたリプカに、ビビは間を取らず語りかけた。


 リプカは未だ、品性を失わない程度に警戒心を剥き出しにしながら、それに応じた。


「問い、ですか?」


「そうです。あなたは国外の事情にはあまり精通していないのでは?」


 今更思い出したような中途半端な敬語を織り交ぜながらの、それこそ失礼に当たるような歯に衣を着せぬ問い掛けに、リプカはうっと呻いた。

 確かにそれは、その通りの事であったから。


「は、恥ずかしながら……」


「我が技巧の国アルファミーナ連合では」


 リプカの赤面など意に介さず――それは意図して無視しているような悪意ではなく、ただマイペースな純粋で――ビビは話を続けた。


「礼儀作法というものがほとんど存在しません」


「えぇっ!?」


 そんな馬鹿な。

 リプカは今日何度目かの、その叫びを内心で漏らした。


 リプカの瞳をじっと見つめながら、ビビは語った。


「アルファミーナ連合が、どのような特性を持っているかはご存じで?」


「え、ええと、……様々な技術にひいでている国だと。卓越した技術を持つ職人が作り上げる調度品や様々だけではなく、科学技術においても先を行くお国だとか……」


「その通り。我が国の特性は、専門知識を必要とする様々な『技術』に秀でていること。例えば時計、自動車、電子機器などの、精密機械産業は我が国のかなめです。先の戦争で活躍したドローンなども、我が国にしかない技術の発明。そしてそれだけにとどまらず、科学研究の分野に関しても、アルファミーナ連合の専売特許とするところです。……これについては、規制がかれているので詳しくは話せない。まあつまり、技術畑の国であるということです」


「はあ……」


 よく分からなかった説明に、曖昧に頷きながら、いつだかフランシスから聞いたアルファミーナ連合の超常技術、お伽話とぎばなしのようなそのいくつかを、リプカは思い返していた。


「本当に、貴族も含め皆が皆、何かを創ることばかりしか頭にない連中で。だから礼義作法というものはいまいち浸透しない概念でして」


「はぁ……」


 なにが()()()なのか分からないまま、また曖昧に頷いた。


「で、でも、失礼ながら……、領域や国同士を繋ぐための社交世界に顔を出すお人には、備わっているはずの教養では……? ――ええと、決して、婿候補に選ばれるはずのお人には備わっているはずの概念であるとか、そういう話ではなくて。その、ただ単純な疑問として――」


「いいえ、私の国に、国同士の社交界に顔を出すような人間はいません」


「嘘ぉ!?」


 リプカは思わず、はしたない声を上げてしまった。


「え……え? で、ではどうやって他国と貿易を……?」


「品物や技術を売り捌く、で終わりです。領域同士が顔を見せる集まりはありますが、そこでも礼儀作法というものはほとんど存在しません」


「そ、そんな馬鹿な……!」


 リプカの青褪めた顔を見て――ビビは、ほんの少し、おかしそうに口角を持ち上げた。


「本当にそれだけで存続している国でして。今回、婿候補というお題目がありながら私が選ばれた理由もそこにある――ありまして」


「ど、どういった理由で、貴方様が……?」


「我が国の男をフランシス・エルゴール様の姉君の元へ送ったとあっては、我が国が攻め滅ぼされる原因になりかねないという意見が、多数を占めたからです」


「そ、そんなに酷く言っては、失礼では……?」


「分かりませんか? ()()()()な私が選ばれ、送られてきたのですよ。私が映り込んだ貴方の瞳の困惑から察するに、貴方から見て、私は相当の変人なのだろう? ……しかし、これで一番マシだから、私が選ばれたんです。どう足掻いてもアルファミーナ連合の男が婿むこに選ばれることなどないのだから、それならまだしも、その姉君あねぎみと縁談を通し、程々の友好を結べそうな私をと」


「…………」


 確かに。

 これ以上の変人が送られてきていれば、リプカは一も二もなく逃げ出すか、怒りに任せ昏倒こんとうさせていたかもしれない。


 しかし、理解できたこともあった。


 意思疎通が取れなかったのは、国を跨ぐ環境の違いのせい。彼女は特殊なように感じるが、狂人であるわけではなかった。

 それが理解できただけでも、恐怖が安堵に変わった思いだった。


 それにリプカは、彼女が口にする、敬語の成り損ないのような奇妙な言葉の端から、彼女がこちらに歩み寄ろうとしている意思を感じ取っていた。


 …………正直、それを理解して今の一連を振り返ってみても、いまいち現実味が感じられない印象は拭い切れないけれど。

 それはこれから、お話を重ねていけばよいことなのだろう。


「……喋り慣れた言葉で話して頂いても、私は気にしませんわ、ビビ様」


 ぼそぼそと言ってから、リプカの言葉に瞳を見開くビビに、リプカはおずおずと手を差し出した。


「リプカ・エルゴールです。どうかお見知り置きを」


 言って、上目遣いでビビを見つめてみれば――ビビもじっと、無言でリプカを見つめていた。


 そして戸惑うリプカが身動ぎをし出した頃になって、――やっと、出会ってからずっと変わらなかったその表情を変化させた。


 柔らかな表情だった。まるで日に照らされた鮮やかな花のような明るい顔を浮かべ、差し出された手を、しっかりと取った。


「――部屋を物色していたのには理由がある。私たちは、神やら政治やらが理由で科学の前進を止める、心性愚かな連中とは絶対に仲良くなれない。一丸となって唾棄だきすべし――アルファミーナ連合唯一の掟だ。お前がそうでないことを知りたかった。――見た通りの、それこそお前から見れば愚か極まりない私ではあるが、どうか仲良くしてやってくれないか。私の世間知らずのせいで、今すぐには無理かもしれないが、私はお前と、友達になりたいと思っている」


 リプカは、思わずビクリと飛び上がってしまった。


 友達。


 ビビは確かに、そう言った。


 見るところ、ビビの澄んだ瞳には、僅かな含みも見受けられず。

 ――だから、リプカは緊張で上ずった声で、それに答えたのだった。


「よ、よろしく……」


「こちらこそよろしく頼む」


 無理だと諦めていた、小さな奇跡の一つ。

 ――見れば、ビビの手は令嬢にしては荒れた、細かな傷の目立つ、職人のものだった。


 リプカはその滑らかとは対極の手に、どうしてか温度確かな人間味というものをどうしようもなく感じ取り、不思議な安心感を覚えながら、その手を握っていた。




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