第二の王子・1-2
「――で?」
リプカの混乱にはまるで取り合わず、ティアドラは自身のペースを貫き続けた。
「あんたがリプカ・エルゴールで間違いないのか?」
「そ、そうです。私がリプカ・エルゴールですわ」
「間違いじゃないのか……」
胸に手を当て挨拶をすると、ティアドラは何やら不満そうな表情で、再びリプカの体をじろじろと眺め回した。
居心地悪く身を捩ると、リプカは自身の体を抱いた。
「な、なんですか……?」
「はっ。生娘みてぇな反応だな。まあいい。いや、ちょっとな」
リプカの疑問には付き合わず自己完結で済ませると、ティアドラは薄ら笑った。
リプカはティアドラをじっと見つめると、婿候補だという彼女に問い掛けた。
「あ、貴方様も、私を愛してくれるのですか……?」
……クララのことがあったばかりだから、そんな問い掛けを口にしてしまったのだろう。
ティアドラはきょとんとした表情を浮かべると――噴き出し、辺りに響き渡る大哄笑を上げ始めたのだ。
「アッハッハッハッハ! 俺が? なんだって? オジョウチャン!」
――今更に自分の発言の痴態に気付いたリプカは、その大哄笑を受けながら、見る間に真っ赤に染まってしまった。
「ハッハッハッハッハッハ! 『私を愛してくれるのですか……?』、だってよぅ!」
ピキリと。
リプカの額に、一筋の筋が走った。
その途端、ティアドラはピタリと笑いを止めた。
「――へえ。噂通りじゃん」
(…………また噂……)
なぜティアドラが笑うのを辞めたのか分からないままに、リプカはその噂とやらを少し不穏に思った。クララは、悪い噂ではないと言っていたが……。
ティアドラは先程より真っ直ぐな視線でリプカを見つめると、勝気というにもあまりに荒々しく口角を上げた。
「俺は確かに婿候補に立候補したよ。上の爺様方を無理矢理収めてな。――だが俺に同性愛の趣味はない。縁談なんて興味ねぇよ」
「え……? で、では、どうして……?」
「だがなあ」
話を聞かず、どこまでも自分本位なままに、ティアドラはリプカの耳に顔を近付け、言い放った。
「私に勝てたら、結婚でもなんでもしてやるよ」
硬直するリプカ。
ついと視線だけを動かし、横にあるティアドラの瞳を見やる。――灼熱の獰猛が奥底で躍るも、表面は氷のように冷たい灰色。狂気と、恐ろしいほどの静寂。およそ、人間の瞳ではなかった。
フッと一つ、小さな笑いを残し。
ティアドラはゆったり身を起こすと、別れの言葉もなしに、用は済んだとばかりに背を向けた。
「――――なッ」
ぞんざいに扱われることに慣れていたはずのリプカだったが、そのときばかりは気を立て、絶叫した。
「あ、貴方なんかにそんなこと、頼むわけないでしょうっ! 誰に頼まれての無理矢理だってお断りよ、この、変人な人!」
――小声で。
周囲二メートル以内に人がいれば、その絶叫を聞き届けることができたかもしれない。
リプカはティアドラの背を見送ると、気分を害しながらも、それでも尚薄れぬ衝動に従って、再び走り出そうとした。
そのとき。
「あーそうそう。一応の婿候補として、一つ助言だぁー」
遠くから、ティアドラの大声が轟いてきた。
ビクリと身を撥ねさせながら、リプカは声のした方向へ向いた。
「な、なぁに……?」
蚊の鳴くような声で返答したそのとき、再び声が轟いてきた。
「婿は安易に決めるなよー。個人的な都合って意味じゃなく後悔するぞー」
「な、なんでよー……?」
とても届かない音量の声に応えたわけでもあるまいが、ティアドラは続けて、リプカにとって衝撃的な答えを轟かせてきた。
「戦争が起こるからなー」
「はぁ!?」
「あのフランシス・エルゴールと関係を結ぶ争奪戦だからなー。そうなってもおかしくないって話だー。実際、それで儲かるかもしれんと爺様方が話をしてたからなー。まあ俺はそっちのほうがいいけどなー」
「そんな――そんな馬鹿な!?」
「安易に決めるなよー。戦争が起こるぞー……」
遠ざかってゆく声を聞きながら、リプカはへにゃりとその場にへたり込んでしまった。
どうやら、この度複数寄せられた縁談の事は、想像以上に複雑で危険を孕んだ、政治事らしい。
クララと幸せな家庭を築く妄想は、ここで一度、まるでパズルのように形を保ったままバラバラになってしまった。
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