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BLOOD STAIN CHILD ~live on the moon~

作者: momo

 ツアーの帰途はいつも安堵感と疲労感と、それから燻った興奮と反省と次回への期待感とが全て綯交ぜになった、何とも不可思議な感情に襲われる。

 地方のライブハウスから東京へと帰還する、その車中はだから常に大抵言葉少なであった。

 やたらエンジン音が大きくなった年季の入ったバンを駆り、所々のサービスエリアで休憩を取りながら高速道路をひた走る。運転手はそのたびに交代する約束であったが、車を持っていないリョウはこの時ばかりに車を運転できるのが楽しみで、ここぞとばかり勝手にサービスエリアをいくつも通過し、一人何時間も運転した。

 いつもはバイクのドラッグスターを脚とし、後ろにミリアを乗せるのは良いものの、出発前には必ず「寝たら死ぬかんな。」と散々脅しつけ、しかも赤信号のたびに後ろを振り返り、その両眼がしっかり見開かれていることを確認しないでは出発しないのであるから、後ろで寝かしつけたまま延々走れる車とは素晴らしいことこの上ない。リョウはにやりと口の端を上げながら、さらにアクセルを踏みだした。

 真夜中の高速道路はどこまでも真っすぐで暗く、等間隔に設置された人工的だけれど暖かなオレンジ色のライトだけがぼんやりと車内を照らす。それは一体どこへたどり到着させるつもりなのかとふと考えさせてしまうくらいに、非日常的な感覚であった。宇宙の彼方へ、次の生へ、あるいは?  

 「……あ、おい!」 突如リョウに呼びかけられ、助手席で眠りに落ちていたシュンがはっとまぶたを開けて涎を拭った。

 「どうした?」

 「いや、別になんでもねーんだけど、ちっとな、今曲が浮かんできたから、次代われ。ケータイに吹き込む。」

 そんなことは今までにも幾度となくあったものだから、シュンは今しがたまで見ていたツアーの続きの夢を振り払うように、「ああ、わかった。……てか、今どこだ?」と、全く代わり映えのない風景を凝視した。

 「なんだ、マジで寝腐ってたんか。さっきEサービスエリアを過ぎたところだろ。」

 「え、お前どんだけ運転してんだよ。ちゃんと起こせって。」

 「だから起こしたじゃねえか。」腑に落ちない、とばかりにリョウは口をとがらせる。

 「違ぇよ、ちゃんと順当なとこで起こせってことだよ。」

 「過去にどんだけ文句言っても変えられねえよ。」

 にやり、と笑ってリョウは脳裏に浮かんだメロディーと詩とを忘れぬよう反芻しながら、ウィンカーを出しサービスエリアに入っていった。

 

 リョウは駐車場に降り立つや否やスマホにふんふん言いながら歌を吹き込み、それを尻目にシュンは「コーヒー買いに行ってくる。」と告げた。

 リョウはお構いなしに、静まり返ったサービスエリアを歩き回りながら、内心「こりゃあ、キラーチューンじゃねえか?」とホクホクしながらケータイに鼻歌を入れ続けた。

 ふと見上げた頭上には、無数の星々が今にも落ちてきそうに輝いている。思わずミリアにも見せたい、と思い、アキが眠る後部座席の隣に乗り込み、後ろに積んだ機材の隙間で毛布にくるまって寝ているミリアをそっと覗き込んだ。案の定眠りこけているのが残念でもあり、安堵感ももたらす。

 「……おい、おい。」

 ミリアを揺すると、睫毛がひくひくと蠢いた。

 「おうち、着いたの?」

 「いや、まだまだだ。それよりさ、お前、見てみろよ。空。ほら、こんな星いっぱい。」

 ミリアは従順にもぞもぞと機材の隙間から抜け出て、半身が出たところリョウに抱き上げられた。

 「あ、ああ!」ミリアは感嘆の声を上げる。

 「な、凄ぇだろ?」

 「お月さま!」

 「あ?」リョウは上空を見上げ、「ああ、月もあんな。」特に代わり映えはない。

 「リョウ! 大変!」

 「何が?」

 「あのね、お月さま、ずっとミリアたちのこと付いてきてる!」

 「付いてきてる?」

 「そう! ミリア、大阪でお空見ながら車乗ってた。その時からずっと窓の中にお月さまがいて、ここでもいるの! ずっと付いてきちゃってる! どうしよう!」

 「そうなんか……。」それはたいして珍しくもない風景な気がする。どこにいても月は見えるのである。しかしそれをどう説明すべきか、リョウは口ごもった。

 「……あれだな。かわいい嬢ちゃんがいるなっつって、付いてきてんだろ、大方。」

 「ええ!」ミリアは寝起きと思えぬ程に驚きまくる。「かわいい……?」

 「そうだな。ど偉いキラーチューンをバリバリ弾けるかわいい嬢ちゃんがいるっつって、眼を離せねえでいるんだろ。」

 「お月さま、ミリアたちのこと見えてんの?」

 「ああ、見えてる見えてる。」段々饒舌になってくる。「だってよお、十五夜っつう日には、うさぎがぺったんぺったん餅つきしてんのがこっから見えるらしいぜ。」

 「ええ! うさぎ! うさちゃんがお月さまにいるの?」

 うさぎ、と言えば聞き捨てならぬ。学校で飼育するうさぎの一家は、給食を毎日お裾分けするぐらいにはミリアの大のお気に入りであるし、日頃から持ち歩いている宝物の入ったリュックには、いつだってシルバニアファミリーのうさぎの一家が丁寧にハンカチにくるまれて押し込まれているのだ。

 「ああ、いるいる。」

 「お月さまのうさちゃん、人参じゃあなくってお餅を食べるの? 学校のうさちゃんは人参が好きなの。もぐもぐもぐって、食べる。」

 「ま、いろんな種類がいんだろ。人間だってほら、俺はラーメンが好きだし、ミリアはお子様ランチが好きじゃねえか。嗜好は色々だろ。」

 「適当なこと教えてんじゃねえ。」眠っていたとばかり思っていたアキが、顔をしかめながら車を降り、伸びしながら言った。

 「月が付いてきてるように見えんのは、錯覚だよ、錯覚。」

 「え、さんかく? 丸いお月さまがさんかく?」

 「そうじゃねえ、錯覚。地球から月までは38万キロあるからな、こっちが大阪から東京に移動したっつったって、それに比べりゃ誤差みてえなもんだ。だから、全然動いていないように見える。どっからでも同じところに見えるから、付いてきているように見える。それが錯覚。」

 「付いてきてないの?」ミリアは悲しげに問うた。

 「たりめえだ。むしろ大昔はもっと地球に近いところにあったんが、遠ざかって今や38万キロだ。そんぐれえこっからずーっとずーっと遠いところにあるから、どこから見てもおんなじ位置にあるように見えるんだ。」

 「お月さま、そんなにすっごい遠くにあるの? うさちゃんも?」

 「うさぎはいねえ。それはアジア人が作ったただの伝説だ。」

 ミリアは目を丸くする。

 「んで、月と地球の距離はな、ああ、そうだな……、今の高速乗ってきた時のスピードで、朝夕構わず約半年間ぶっ飛ばし続けりゃあ、着くぐれえの距離だな。」

 「ええっと、半年は6個だから、4月に出発するとして、4月、5月,6月,7月,8月,9月」指折り終えて、「……1学期が終わって2学期になっちゃう。」ミリアはため息をついた。

 コーヒー片手に戻ってきたシュンが、「おお、アキもミリアも起きたんか。出発するぞ。」と言って運転席のドアを開けた。アキはもう一度伸びをしてから再び後部座席に乗り込む。リョウも月をじっと見上げるミリアを後部座席に乗せ、その隣に座り込んだ。

 「リョウ、ちゃんと曲のメモ録ったんか?」

 「ああ、録った録った。」そう言いながら、たった今思い浮かんだばかりの歌詞の芽を再びスマホに入力し始める。

 ーー悠久の彼方に輝きが見える。それはあまりにも遠すぎて、近づいているのか遠ざかっているのかもわからない。闇を切り裂くその輝きがあまりにも尊くて、必死に近づこうともがき苦しむ。その苦しみだけが近づいていることの証。実態は何も変わらないけれども、それでもきっと近づいていると確信することでしか、存在できない。--

 バンがぶるり、と震えながら動き出した。

 リョウはケータイを置いて、ミリアを片手で抱きながら静かに目を閉じる。

 「ねえ、アキ、お月さまにうさちゃんいなくってもいいけど、リョウの曲聴きたい人がいるといいな。」

 アキはちら、とミリアを横目に見た。

 「半年車で走ってライブ行こ。」ミリアは我ながら素晴らしい思い付きに、うふふ、と微笑んだ。

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