13弾き目.美しき我が師匠
遅れてしまい、申し訳ございません。
明日からは夕方投稿と致します
「ここまで長かった......ついにあと一層」
眼前に広がる、大理石で作られた美しい階段。途中とりあえず置いてありました、みたいなランプとは違い、しっかりと階段を照らす青い炎の壁掛け松明。その全てが俺たちにゴールだと告げてくれる。俺が涙を浮かべながら、そう呟いたが、横槍が入った。
「そこまで長くないだろう、我が弟子。オムレツ食べてから一日も経っていないぞ。」
まぁ確かにそうですけど、情緒ってもんが......。しょぼんのアクションみたいな顔をする俺に師匠は軽く咳払いをしてからフォローを入れてくれた。
「まぁ君がこの世界に来てから約半年ほどか?地下に来てからも三ヶ月余り、確かに君はよくやったよ。我が弟子。」
そう言いながら、背伸びして俺の頭を撫でてくれる師匠。
はぁ、女神。
だがこんなお気楽でいられるのも、多分今だけだろう。それは師匠も分かっているみたいで、直ぐに姿勢をただし、真剣な眼差しに戻る。
「分かるか、我が弟子。」
「はい」
魔力眼で見なくても分かる、肌がひりつくような莫大な魔力。そりゃそうだ。結界を貼ってまで、そして騙し討ちのような形で師匠を封印した奴らが、出口に門番を敷かないわけが無い。
俺達はゆっくりと階段をのぼった。その先にあったのは―。
巨大な神殿。大理石とも思えるような綺麗な石で作られたのだろう。
広大に広がり、所々に施された魔物をモチーフとした絵画。どこに光源があるのかも分からないが、優しく包み込みその光とは対照的に、入口のような門の前には数千体にも及ぶ騎士が立っていた。
黒い甲冑に包まれた様々な武器を持ったその騎士たち。だが、どれからも生気は感じられない。そしてその真ん中にニヤリと口元の歪んだ女が一人。
背が高く、露出の多いその女は高らかに笑った。
「ハハハハハハ、本当に来たのね! ここで数百年待って甲斐があったわ! 」
「久しいなぁ。モルガン、いやモルガン・ディ・ファミレよ。」
モルガンと呼ばれた女は師匠の言葉に、その顔を醜く歪ませ、持っていた人の身を優に超える槍を優しく撫でた。
「本当に久しぶりだわ、我が王。いや、元王とでも言おうかしら?」
「この数百年で、臆病は直ったか?」
ふふふ、とお互いに笑いあうが、勿論そこに親しみなどない。あるのはお互いの凄まじいほどの濃縮された殺意だけ。
そして恐ろしいことにモルガンと呼ばれたこの女、そう師匠の口ぶりから恐らく裏切ったとされる臣下のひとりだろうこの女は、凶悪なものを持っていた。
「おい、我が弟子。そんなにあいつの胸ばかり見るな」
「くそ、なんて凶悪な魔法だ! 」
蹴られる俺。そう、そこには綺麗な形の胸がこれみよがしかと、胸元の空いた服から覗いていた。モルガンは愉快そうに笑いながら、自分の武器をおれにチラつかせてきた。
「なぁ〜に〜坊や?私の胸がそんなに気になるの〜?」
「くっ、俺は屈しないぞ!」
「いや、我が弟子。あれは偽乳だぞ。」
「「なっ! 」」
異なる場所から同じ言葉が出てきた。な、なんだと。あれが偽乳?本当に魔法じゃねぇか!
でも俺は嫌わないさ。胸が胸たらしめるから好きなのだ。当の指摘された本人は顔を赤らめ、憤慨しながら何やらギャーギャーと言っている。
「ふむ、君は何やらあのような大きなものが好きなのか。なら私もそう体を変えて見せようか?」
隣でそんな事を自信なさげに話す師匠。確かに師匠は別に大きくない。だが小さくもないし、そのあまりある協調性のあるボディラインが、師匠の魅力を底上げしている。
「いや、師匠。師匠は今の師匠が完璧なんだ。師匠のその素敵なボディラインを比べるんだったら、あんなのただの脂肪袋だ!」
お、お若干引き気味の師匠。そうだ、俺の師匠は最強なんだ。だが、前方のモルガンはそう感じていないらしい。青筋を幾重にも浮かべた顔で大声で宣戦布告した。
「てめぇら、ぶっ殺す! 」
そんなこんなで戦闘の火蓋は切って落とされた。
数千にも及ぶ騎士が、隊列を組みながら俺達への距離を詰める。甲冑を着ているからと思ったが、存外足は早いらしい。そして俺の魔力眼には騎士の一体のステータスが出てくる。
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レベル750
種族名 ゴーレム
個体名 黒騎士
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んー、そうね。そう来たか。
そんな俺の横で師匠が虚空に円を描き、言葉を吐く。
「射殺せ、『緋槍』」
その一本でも恐らくほとんどの魔物を殺し尽くすのは容易いだろう。
殺意の槍。焔をまとった紅蓮の一撃が前方の一体の騎士にぶち当たる。
溶けて死ぬか、八つ裂きになって死ぬか、そのどちらかの結末しかないだろう。
だが、その予想を超え、槍を真正面から受けた騎士は持っていた盾で防いだだけだった。
「ほう」
師匠が短く簡単の声をあげる。このダンジョンを上がる道中で、この槍を受けたものが無事であった試しがない。だが、現在目の前の騎士は盾が焼き焦げただけであった。
「ハハハハハハハハハハハハハハ! バカね!あんたの魔法なんて、対処済みよ! 」
勝ちを確信したモルガンは笑いあげ、攻撃を受けた騎士は師匠へと切りつける。
鮮血が巻い、師匠が地面に倒れる―。
そうモルガンはそう思っていたのだろう。だが、現実はそう上手くいかない。
「な......!?」
驚くのも無理はない。レベルがインフレし、魔法をも防ぐ最強の騎士。
黒に揃えられたその剣で師匠を止めるはずだったのだろうが、考えが甘い。師匠が魔法しか使えないと考えた時点で詰みだ。
「確かに私の魔法を防ぐ術式をこいつらに施しているのは褒めてやろう。だがな、なら物理にも対応しておけ」
そう言いながら師匠は素手で受け止めた剣をへし曲げ、黒騎士を引き裂いた。
そう師匠は魔法も最強だが、腕力とか身体能力も化け物なのだ。
指の力が化け物クラスになった俺が指相撲で勝てない訳。それは魔力を身体能力に変換させる事で、実現できる。
もちろん魔力を変換すれば、誰でも強くなれる訳ではない。効率がかなり悪い。だが、師匠は余りある、そこすら見えない魔力でそれを実現している。
さすが俺の師匠。愛してる。
引き裂いた騎士をそこらに捨て、師匠は大きな声で叫ぶ。
「お前は三つ勘違いしている」
「クソが! なら男の方よ!騎士、そいつを人質に取りなさい! 」
行き先を変更した数十の騎士たちが俺目掛けて走ってくる。すごい迫力。まぁ準備運動ぐらいならしようかな。俺は軽く指パッチンを数回行った。本当に簡単に、ただ音を出す程度の本当に軽く。
「穿つ音の破壊」
俺に向かってきた騎士、その全てが消し飛ぶ、砕け散る、ひしゃげて体を歪ませる。
「う、嘘よ......。魔法が、だって、そんな......!」
「音はどこにでも浸透する。俺の攻撃を無力化したいなら、防音部屋かカラオケもってこい。」
つかつかと歩きながら、そりゃもう文字通り騎士をちぎりながら、師匠は不敵に語りかける。
「まず一つ、最強の私を封じ込める程の、それこそ最恐の結界を壊して、どうして魔法無力化程度の魔法で止められると?」
目の前の現実がわからないようにデタラメに騎士を動かすモルガン。ただそんな騎士も師匠がぶん殴り、俺が指パッチンで破壊し、デコピンで壊す。
「二つ、確かにこの騎士は強いが、なら数が足りないだろう?私達を止めたいならこの百倍は持ってこい。」
つかつかとモルガンに歩み寄る。数千もいた騎士はもうほとんどが居ない。破壊され尽くした残骸しかこの神殿にはほぼ残っていない。まぁ師匠がちぎったのもそうなんだが、あまりに脆くて、俺の指パッチンでだいぶ纏めて片付けちゃったんだよね。
そして腰を抜かしたモルガンに近寄り、その首を師匠が持つ。苦しそうな声を上げながら、モルガンはもがくが、師匠には傷一つつかない。
「最後に」
化け物のように口元を歪めさせる。錯覚は分からないが師匠の紅の瞳が赤く燃え上がる。この時をずっと待っていたように。
「貴様程度が私を止められると本気で思っていたのか?この小娘が」
あーあ。多分このまま師匠が美味しいとこ持って行って終わるんだろうな。俺はそんな気の抜けたことを考えた。考えてしまっていた。そう油断していたのだ。
「ぎ、偽装解除。この、呪いを受けよ! 呪われた神の槍! 」
「なっこれは貴様! 」
それは一瞬の出来事だった。呪いと呼ぶには、あまりに光り輝き、幻想的で、神の武器と呼べるに相応しい黄金の槍。
それが俺を目掛けて飛んできた。綺麗な放物線、流星にも似た軌跡描きながらまっすぐ俺の元へ―。
裏切られ、殺されかけ、殺意の波に飲まれかけ、何度も死にかけたけど、そんな経験すらこの神槍の前で些細なことだ。足が動かない。確定した死。
あまりの事に俺は目を瞑るしかできない。ああ、怖いな、やっとここまで来たのに―。
鼓膜を破くような衝撃音。そして神殿が地鳴りのような震えを起こし、そしてそれが鳴りやんだ。
あれ、生きてる?なんで?恐る恐る俺が目を開けると、そこには―。
血に濡れた愛しき我が師匠が微笑んでいた。